エルフの森野さんは魔女委員

チクチクネズミ

1話 私は魔女になりたい

 放課後のチャイムが鳴ると教室のみんながいっせいに飛び出す。

 早苗は掃除当番。あこは放送委員。そして私は美化委員。美化委員会の仕事は朝と放課後に花壇に水やりと雑草取りが大事。大変な仕事だから委員二人でやらないといけないんだけど。

「荒猪くん! 今日は委員の仕事手伝ってよね」

「悪い、友達にサッカーの試合のヘルプ頼まれているからまた次に」

「昨日も今朝もそう言って帰っているでしょ。同じ美会員なんだから、水やりだけでもしてよ」

「あーもー、サッカーの試合が近いからまた今度な!」

 ドアの前に立っていたのに、荒猪くんはするりと私の脇をすり抜けてまた委員の仕事から逃げられてしまった。

「べーっだ」

 サッカーに応援求められるだけあって、足が速いんだから。結局今日も私一人でやるのか。はぁ、とため息をはく。やんなるなぁ。


 結局私一人だけ学校の中庭に降りて、蛇口をひねるとジョウロの中いっぱいに水が溜まる。

 よっこい。重~い。花壇かだんから水道まで遠いし、いっぱいになったジョウロなんて持っただけで体がフラフラする。よしっ、こうなったら。

 袖をまくって、地面に落ちていた木の枝を拾うとその先に力を籠める。すると、ジョウロの中に入っていた水が丸い水玉になって空中に浮き上がった。

 実は私の家は魔法使いの家なの。ちょっとした魔法なら使えるんだ。と水のかたまりが花壇のレンガの前で水玉がゆらゆら形が不安定になってきた。

 あわわ。まずいまずい、もうちょっとなのに――パシャン。水玉が花壇の前で割れちゃった。はぁ、またくみ直しだ。トホホ。ちょっとした魔法というのはけんそんとかでなく、文字通りちょっとしたことしかできないの。杖の先から水が出てぴゅーってあっという間に水やり終わるというのに。

「今日はおしかったね」

 上からあこちゃんの声が降ってきた。顔を上げると、あこちゃんの長いポニーテールが窓からぷらんぷらん揺れていた。あこちゃんがいる放送室はちょうど中庭の真上にあって、よく私が美化委員の仕事をしているのを見ているんだ。

「今日は何秒持った?」

「五秒。昨日と変わらずだよ」

 うーんぜんぜんだなぁ。

 魔法使いというのは魔法が使える人のことなんだけど、その魔法は今の水を浮かせるとか小さな火を起こせるぐらいしかできない。それより上の魔女は、どんな魔法でも使える人という。魔女になるには、それ相当の魔法の修行と魔女として認められなければならない。でもそうなるにはどうすればいいのかわからないの。だから私もお母さんもずっと魔法使い止まり。お母さんが言うには、魔法は自然の力を借りるから、土いじりが大事になるらしい。だから美化委員になったけど、いまだに魔法が強くなる気配はない。

「また荒猪くんに逃げられたの?」

「そうなの。また私一人で水やりと雑草抜きだよ」

「あいかわらず自分勝手だね。もうすぐ放送委員の仕事が終わるから手伝いに行くよ」

「ごめんねありがとう」

 荒猪くんが手伝ってくれないからいつもあこが手伝ってくれる。でもあこちゃんも委員会の仕事があるから、いつも手伝ってくれるわけじゃない。結局私一人でほとんどやらないといけないの。

 もう一度ジョウロに水を貯めに水道の下へ向かう。この水くみが一番嫌い。水は重いし、この花壇の道、ツルだらけで足が引っかかりそうで危ないんだよね。

 そうそう、美化委員が管理している花壇にはいろんな植物が植えてあるんだ。例えば、この地面に広がっているツルは去年植えたヘチマ。花壇には毎年植えているカボチャにジャガイモにサツマイモ……やっぱり花がな~い。先生がきれいなだけじゃなくみんなの役に立つものを植えましょうって、食べれる植物ばっかり植えちゃって。食べれるのは嬉しいんだけど、せっかくの花壇がこのままだと野菜畑になっちゃうよ。

 三角帽子と杖じゃなく、麦わら帽子にクワを持って土を耕す私の姿を思い浮かんでしまった。花畑ならまだかっこうがつくけど、畑だなんてぜんぜん魔女らしくなーい。

 と考え込んでいると、ツルに足を引っかけてしまった。

 うわっとっと。か、壁に移動しないと。けどジョウロの中の水が重くてバランスが保てず、足が歌舞伎役者みたいにヨタヨタする。ますます魔女から離れていく。

 とついに、足が限界を迎えた。

 ポンっとジョウロが宙を舞う。このままジョウロの中の水を被ってぐちゃぐちゃのドロドロになるんだ。とあきらめた。

 …………あれ? 水が降ってこない? それだけでなく、私の体も固い地面に一向にたどり着かない。目を開けると体がヘチマのツタの上に乗っていた。

「間一髪ね。ほら手を取りなさい」

 目の前に現れたのは、麦わら帽子をかぶった金髪がまぶしい女の子だった。神染めしているような色合いではない、まるで糸のような金色そして青い目。もしかして外国人?

「ベリーサンキュー。アイアムア」

「日本語話せるから大丈夫。一年一組はどこにあるか知っている?」

「一年生の教室は一階の職員室の隣です」

「そう。ありがとう」

 ツンとした返事に落ち着いた態度で思わず丁寧な言い方になっちゃった。でもこんな目立つ人学校で見たことないし、転校生か別の学校の人なのかな。

「重い。こんな重いもの持って水やりだなんて、こんな広さの花壇だと往復するだけでしんどくない? 水道のホースとかないの?」

 金髪の女の子の手には私が空に投げ飛ばしてしまったはずのジョウロを手にしていた。そしてやっぱり重たいのか、足がよろよろしていた。

「ホースが入っている倉庫は先生が持っているカギがないと開けれないくて」

 いちいちカギを取り行ったら、先生を探すのに時間がかかって早く帰れないから、倉庫開けたくないんだよね。

「ほら、開いたわよ」

 いつの間にか金髪の子は倉庫の方に向かって、ドアを開けてしまった。あれれ? いつもカギがかかっていたはずなのに? 南京錠を見ると、カギは刺さっていなかった。先生が忘れちゃったのかな? でもあの子は開いたって言ってたし。

「かおり。手伝いに来たよ」

「あこ。よかった、さっそくで悪いんだけど花壇の雑草取ってくれる。私このホースで水をまくから」

「雑草? もうかおりが取ったでしょ。ほら、ひとつもない。水もまいているし」

 そんなはず。倉庫から出ると、あこちゃんの言うとおり小さな雑草は一本もなく、土のうねには水が染みこんだあとがきれいに沿ってできていた。そして、金髪の女の子の姿はなく、彼女が持っていたジョウロは花壇のふちにちょこんと置かれていた。

 その中にあった水は一滴残らず残ってなかった。

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