愛おしい宝物の為に強くなる・後編

(シャルル様、そしてガブリエル、ソフィー、レミ、イザベル、アンドレ……それから生まれて来るこの子……。大切な存在がこんなに増えるなんて、予想もしていなかったわ)

 夫のシャルルと子供達を見て、ルナは感慨深そうな表情になった。

 今のルナは、この上なく幸せで満ち足りている。

 しかし、同時に不安も感じていた。

(わたくしは……この子達の為に国を守れるかしら?)

 ルナはふと窓の外に目を向けた。

 空は灰色の雲に覆われ、雪が降っている。どんよりとした灰色の雲がどんどん迫って来るような気がした。

 ルナの表情は少し暗くなる。

 再びルナは子供達に目を向けた。

(いずれこの子達は他国に嫁入りや婿入りする日もやって来るわ。今のところ、他国との関係は良好。隣国であるニサップ王国との関係も改善してきているわ。だけど、この先この子達が嫁入りや婿入りをするであろう国と、この先も上手く関係を築けるかしら? 王族としての義務も大切だけれど、わたくしはこの子達を幸せに出来るかしら?)

 考え出したら不安はとめどなく溢れ出す。


 ふと、自身の腕の中から泣き声が聞こえ、ルナはハッとした。

 アンドレが泣いていた。

「おかあさま、くるしいですわ」

 隣に座っていたイザベルも眉間に皺を寄せている。

 いつの間にか、イザベルとアンドレを抱きしめる力が強くなっていたのだ。大人にとっては大した力ではなくても、まだ幼い子供にとっては苦しかったようだ。

 まだ一歳のアンドレは「苦しい」と言葉で上手く表現出来ず、泣いて訴えていた。

「あら、ごめんなさいね」

 ルナは困ったように眉を八の字にした。

 イザベルはするりとルナの腕をすり抜け、チェスを始めたソフィーとレミの元へ向かった。

 そこへシャルルがやって来る。

 ソフィーとレミがチェスを始めたので、手が空いたようだ。

「ルナ様、アンドレは僕に任せてください」

 シャルルはルナの膝の上で泣いているアンドレをひょいと軽々抱き上げてあやした。

 すると、アンドレは泣き止み上機嫌になる。

「ちちうえー!」

 たどたどしい声のアンドレだ。

 シャルルはルナの隣にそっと腰掛ける。

「ルナ様、少し暗い表情になっていますが、大丈夫ですか? ……まあ、大丈夫そうには見えないのですが」

 シャルルは心配そうにルナの顔を覗き込んでいた。

 そのサファイアの目は、真剣にルナを案じてくれているようだ。

 硬かったルナの表情がほんの少し和らぐ。

「そうですわね。……また、不安に押し潰されかけていましたわ。恐らく、マタニティブルーでしょうけれど……」

 ルナは自嘲気味にため息をついた。

 シャルルは何も言わず、空いた手でルナを抱きしめる。

 ルナは少し安心したように、シャルルに体重を預けた。


わたくしは子供達の為にきちんと国を守れるか、いずれ子供達が嫁入りや婿入りする国と友好関係を築けるか、この子達を幸せに出来るか……色々と不安になっておりますの」

 ルナは正直な気持ちを吐露する。

 シャルルは黙って耳を傾け、頷いていた。

「守るものが増えれば増える程……臆病で弱くなってしまう気がしますわ」

 ルナは俯き、ため息をつく。

 シャルルはルナを抱きしめる力を少しだけ強めた。同時にアンドレの頭を撫でる。

「確かに、ルナ様の考えは一理あります。守るものが増えると、弱くなる面もありますよ。ですが、逆も言えます。守るものが増えれば増える程、強くもなれます」

 シャルルの言葉はどこまでも真っ直ぐだった。

「それに、ルナ様、過去を振り返ってみてください。貴女が今までやってきた政策や外交関係で、この国が危機に陥ったことはありましたか?」

「……いいえ」

 ルナは俯いたままだが少し表情が柔らかくなっていた。

 しかし、自身が国の利益の為にやったことの中には、かなりえげつないものもあったので、思わず苦笑してしまう。

 それでも、シャルルが認めてくれたお陰でルナは前を向くことが出来た。

「それならば、きっと大丈夫です。ルナ様には実績がありますし、国の未来や、僕達の子供達を思う気持ちがありますから。だけどもし、ルナ様が迷ったり不安になったりつらい時は、僕を頼ってください」

 シャルルは明るく頼もしい表情だ。力強いサファイアの目は、真っ直ぐルナに向けられている。

 ルナは、まるで眩しく輝く太陽を見ているような感覚になった。

 その眩さに、思わず引き込まれてしまう。


 その眩しいほどの光は、常にルナに寄り添ってくれて、ルナが迷い、暗闇に飲み込まれそうになった時は強く優しく照らして導いてくれる。


(本当に、シャルル様には一生敵わないわ)

 ルナは穏やかな表情だった。

「ありがとうございます、シャルル様」

 ルナはそっとシャルルの手を握った。

(わたくしは、弱くても強くても……シャルル様とこの子達がいたら、きっと大丈夫だわ。わたくし、愛おしい宝物だもの)

 アメジストの目は輝きを取り戻し、未来を向いていた。


 雪はすっかり止んで、灰色の雲の隙間からは太陽の光が差し込んでいた。

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貴方という光 @ren-lotus

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