番外編

愛おしい宝物の為に強くなる・前編

 朝食を終え、人々が仕事に向かい始める時間に日の出を迎え、仕事が終わり帰り始める頃に日の入りを迎えて真っ暗になるこの頃。

 ナルフェック王国はすっかり冬を迎えていた。

 気候が穏やかなナルフェック王国もそれなりに寒く、更には日照時間が短い。太陽の光が恋しい季節である。

 おまけにこの年はちらほらと雪が降る日が数日あった。

 あまり雪が降らないナルフェック王国では珍しいことである。


 この日も雪が降っており、空にはどんよりと灰色の雲が広がっていた。

 しかし、雪が降る日の王宮は煌びやかさの中、雪によるフィルターの影響により少しの神々しさが感じられ、神秘的だった。

 王宮とは縁のない平民も、王宮に来たことがある貴族達もきっと見惚れてしまうだろう。

 実際、仕事などで王宮までやって来た貴族や、王宮の使用人は寒さを忘れてうっとりと見惚れていた。






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 それなりに寒い外とは違い、王宮のとある一室は暖炉の火のお陰で暖かい。

 まるですっかり春がやって来たかのようである。

 ナルフェック王国の女王であるルナは、柔らかいソファに腰を掛け、夫であるシャルルと子供達を見守るかのようにアメジストの目を優しく細めた。

 まるで慈愛の女神のような微笑みである。

 ルナにとっては愛おしい宝物だった。


 八歳になった息子ガブリエルは熱心に本を読んでいる。

 月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。顔立ちもルナに似て、どこか神々しい美貌の片鱗が垣間見える。

 王太子としての教育もしっかりされており、国や民を守る為に何が必要かを懸命に学んでいる。


 夫のシャルルからチェスのルールを教えてもらっているのは、七歳の娘ソフィー、五歳の息子レミ、三歳の娘イザベルの三人。


 二人目の子供であるソフィーは、太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。髪色は父親であるシャルル譲りだ。

 既にチェスのルールは覚えているが、今日初めてルールを聞くレミとイザベルの為に合わせてくれている。


 三人目の子供レミは、太陽の光に染まったようなブロンドの髪にサファイアのような青い目。完全にシャルル似である。

 レミはサファイアの目をキラキラと輝かせ、興味津々な様子でチェスのルールを聞いている。


 四人目の子供イザベルはチェスのルールよりもチェスの駒に興味がある様子だ。

 イザベルは白のクイーンを手に取る。アメジストのような紫の目をじっと白のクイーンに向けていた。髪色は、ルナと同じで月の光に染まったようなプラチナブロンドである。


「ははうえー」

 ルナの隣から、舌足らずな声が聞こえた。

 たどたどしく歩いて来た、一歳の息子アンドレである。

「あら、アンドレ、抱っこかしら?」

 ルナは品良く柔らかに微笑み、アンドレをそっと抱き上げて膝に乗せた。

 するとアンドレは満足そうな表情になる。


 一人目のガブリエルを妊娠中の時は、親になる不安で押し潰されそうだった。

 しかし、今となってはすっかり母親の顔である。


 五人目の子供アンドレは太陽の光に染まったようなブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。髪色はシャルル譲り、目の色はルナ譲りだ。

 アンドレは不思議そうにルナのお腹を触っている。

 ルナはそんなアンドレに対し、優しく表情を綻ばせる。

「アンドレも生まれて来るこの子が気になるのかしら?」

 ルナは自身の腹部に触れる。ルナの腹部は少しだけ大きくなっていた。


 現在ルナは六人目の子供を妊娠中なのだ。

 ガブリエル出産の時は初めてのことばかりだったので大変だったが、六人目になるとすっかり要領が分かり余裕が出て来た。

 おまけに医学が発達したヌムール公爵領で研究されている、出産の痛みを和らげる技術のお陰でそこまで痛みを感じることなく出産が出来ている。

 ルナは子供を産むことに関しての不安をあまり感じなくなっていた。


「おかあさまー!」

 そこへ、元気で鈴の音が鳴るような声が響く。

 イザベルだ。

「イザベル、チェスはもう良いのかしら?」

「ええ。ルールはかんたんでしたわ! こまのうごかしかたも、たんじゅんですの!」

 イザベルは自信満々な様子だ。チェスの駒に興味を持っていたが、ルールもしっかり聞いていたようである。

 そんなイザベルに対し、ルナはニヤリと何かを企むような悪い表情になる。

 しかし、そんな悪い表情のルナも神々しく誰もが見惚れる程である。

「イザベル、それならば今度わたくしとチェスをしましょう。貴女はわたくしに勝てるかしら?」

「わたくし、おかあさまにかってみせますわ!」

 満面の笑みでしたり顔のイザベルだ。アメジストの目はキラキラと輝いている。

「それは楽しみですわね」

 ルナはクスクスと笑っていた。

「ところでおかあさま、わたくしのおとうとかいもうとは、いつうまれますの?」

 イザベルはルナの膨らみ始めた腹部にアメジストの目を向けていた。

 興味津々な様子である。

 そんなイザベルの頭をルナは優しく撫でる。

「予定では、三ヶ月後、春になってからですわ」

「はるがたのしみですわ! はやくはるがこないかしら?」

 イザベルは嬉しそうに破顔した。

「そうね。さあ、イザベルもいらっしゃい」

 ルナは自分の隣をそっと叩き、イザベルに来るよう促す。

 アンドレを抱いているからイザベルを抱くのは難しいが、隣に座らせることなら出来る。

 ルナは自身の隣にちょこんと座ったイザベルもそっと優しく抱きしめた。

 イザベルは安心したようにルナに体重を預けた。

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