呪文で女男っ
@roman700521
第1話「別れと出会いは突然に」
カタカタとパソコンのキーボードの音が耳にこだまする今日この頃、坂本ちはる(25)は葛藤していた。
「ちはるぅ~!眠いの!?、休憩しちゃう?今日ね、お弁当作ってきたのよっ♡」
「椿…、甘やかすのはやめなさいって、あれ程言ったでしょ?。それでは、ちはるの為にならないのと、仕事の効率が下がる。」
私を間に挟んで睨み合うこの男性2名は、私の元「大親友」です。……いや、今も大親友なのは変わりないんだけど……
「か、楓ちゃん!椿さん!喧嘩はやめて~!……」
遠藤楓ちゃん(36)・寺澤椿さん(40)は、元は「女性」……でした。でも今は、誰もが振り返り羨むくらいの所謂「イケおじ」と言う奴で……。
(未だに信じられない……、楓ちゃんと椿さんが……───)
死んでしまったなんて────────
。
。
7年前─────
「さ、坂本ちはるです!よろしくお願いします!。」
高校を卒業してから私は直ぐに働き始めた。元々大学には進学するつもりはなかったけど、就職しようと思った決めてが両親の「死」だ。交通事故で呆気なく逝ってしまった。朝には普通に会話していたのに、別れは突然やってくるのだから。
気を紛らわすには丁度良かったのかもしれない───
寂しさを忙しなさで埋めたかった。
「坂本ちゃんさ、何歳?」
「え…、18です…」
ちはるにフレンドリーに話しかける女性社員は、ちはるのデスクに腰をかけた。
「お肌ピッチピチだよねぇ~……羨ましいぃ~!!」
(確かこの人は…同じ部署で先輩の───)
「……"寺澤さん"、業務中の私語は慎んでください。」
「…やだ、"遠藤さん"こーわーいー。坂本ちゃん気を付けてね、この人気難しい所あるからっ」
(そうか、このフレンドリーな人が寺澤さんって言うんだ……。ちょっと怖そうなこの人が遠藤さん……)
「…坂本さん」
「は、はい!」
「仕事はゆっくり1つずつ覚えて貰えれば結構です。焦らずやって下さい。」
遠藤はそう言うと、口角を少し上げて目を細めた。
(なんて綺麗な人なんだろう)
ちはるは不覚にも胸がときめいた。お手入れされた長い髪は後ろに綺麗に束ねられ、肌は白くとても透き通っていた。
「へぇ~~、遠藤さんってそんな風に笑う事出来るんだ?」
遠藤を挑発するような発言をしながら、後ろからちはるを抱き締める寺澤。ちはるはこちらにも不覚にときめいてしまった。
(寺澤さんはとてもフレンドリーでなんだか親しみ易い。あ、口元にホクロがある…)
「え、遠藤さん…寺澤さん…これからよろしくお願いします!」
遠藤楓と寺澤椿との出会い────
2人に出会ってからなんだか私の周りは賑やかになって、気付けば寂しいなんて気持ちは消えていて────
自然に名前で呼ぶようになり、沢山色んな場所へと出かけた。
(これからも……3人で仲良くずっと居られたら良いな……)
心からちはるは願った。姉のような、時には母のような2人の存在は、ちはるの中でとても大きい物となっていた。
────しかし、「その日」は突然やってきた。
ザァーーーー………………
酷く激しい雨が降る朝だった───
「遠藤楓さんと寺澤椿さんが事故で亡くなりました……。」
朝礼で部長が重々しく口を開いた。
車に轢かれそうになった学生を庇って2人は飲酒運転の車に思い切り轢かれた。即死だったらしい。
それぞれの通夜に参列した夜─────
2人の死に顔はまるで寝ているかのように綺麗だった。
(どうして──────)
「楓ちゃん……椿さん……」
曇天の空に向かって2人の名を呟いた。ちはるは憔悴しきり、現実を受け止めきれずにいた。通夜も葬儀も終えて、会社は初めから楓と椿の存在なんて最初から無かったかのようにいつも通りに業務に取り掛かる。そんな光景が異様にしか見えなくて、会社を暫く休む事にした。
(楓ちゃん……椿さん……何処にいるの?)
2人の笑顔が沢山浮かぶ。そうだ……3人で良く行った海が見える公園……あそこに行けば─────
「会えるかもしれない」
虚ろな目で、覚束無い足取りで、ちはるは思い出の海の見える公園へと足を運んだ。
夕方だからなのか、人は居ない。ちはるは柵に手をかけ、そのまま身を乗り出した─────
グイッ───────
しかし、両腕を誰かに掴まれ、そのまま思い切り引っ張られた。バランスを崩して地面に尻餅を着くと、頭上から、ちはるを叱咤する声が降り掛かる。
「馬鹿ッ!!!!!!何してんのよ!!?」
「危ない所だったわね……」
「え……と」
「もう少し遅かったらアンタ死んでたわよ!?。何考えてんのよ!!」
「"椿"、落ち着いて。ちはるが困惑してる。」
「"楓"は冷静すぎなのよ!!。」
「"椿"…"楓"って─────」
ちはるは困惑した。突如現れた謎の”おじさん”2名の名が、「楓」と「椿」──────
大切な親友と同じ名前だったのだ。目の前で各々の名を呼び合うやり取りは、かつての親友を彷彿とさせ、段々と視界がボヤけた。
「ちょ、ちょっと、ちはる…泣いてるの!?」
「っ……どうして……私の名前を?、あなた方は……─────」
「…そう、やっぱり解らないわよね……」
「無理もないわ……。だって、私達…今おじさんだし」
「やだ、おじさんって言わないで!。せめて、「イケおじ」と言ってちょうだい!。さっき鏡でチェックしたけど、あたしって男になってもス・テ・キ♡」
「ナルシスト……」
「そーゆう楓だって、満更でもない癖に」
「っ!わ、私は別に……。と、とにかく!!、ちはる……私は、"遠藤楓"なの。貴方と同じ会社で働いてて、……貴方の親友の」
「"寺澤椿"────アンタのお姉様を忘れたの?」
「は?──────」
おじさん2人は、そこらを歩いているおじさん達と比べ物にならないくらいにイケメンおじさんではある。芸能人でも通用するくらいのルックスだ。しかし───────私はこんなおじさん達を知らない。しかも、私の親友だと言い張るのは何故?。新手の嫌がらせ?──────
楓ちゃんの名を名乗るおじさんは落ち着いているけど、椿さんの名を名乗るおじさんはゴリゴリなオネェ臭が凄い。声が渋くて見た目もイケおじだから尚更。
「楓ちゃんと椿さんは女の子です!!!おじさんじゃないです!!!」
「だから!!おじさんってゆーなってーの!!怒」
「ちはる、私達は──────」
自称・楓と名乗るおじさんが、身を乗り出した瞬間だった──────
ぼふんっ───と、可愛らしい音ともにまたもや「おじさん」が現れる。
「なんや、ここに居てはりましたか。楓はん、椿はん。」
「あら、池上。」
「池上さん……、どうして此処に。」
「お二人さんの監視役に任命されたもんで。…おや、そこのお嬢ちゃんはもしかして───」
骸骨の仮面を頭の横に付け、黒いローブに包まれたハリセンを持った男は、ちはるの顔を見て嬉しそうな笑みを浮かべる。
「無事に逢えたんやなぁ~!。やー、良かった!良かったわぁ~!。」
「ひいいいぃぃぃ!!?変質者ーーーっ!??」
「あながち間違ってはない」
「右に同じく」
「ちょ!!せっかくオトコの「身体」あげたのにその言い草はあらへんやろ!!」
「どーせなら女の身体にして欲しかったわよ!」
「男の身体はどうも……その……」
「なんや楓はん、まだ慣れへんのか?。股にぶら下がってる─────」
「言わなくて良い!!てか、言うな!!変態死神!!」
「死神…?」
「坂本ちはるはんやったか?。お初にお目にかかりますぅ、オレは池上っちゅーもんで、派遣で死神やっとります。以後、よろしゅうに!」
御丁寧に名刺を差し出す池上に、ちはるも条件反射で自分の名刺を渡す。
「って、死神!?しかも派遣!?……い、一体どういう事!?」
「簡単に説明すると~、このおっさん等───基、遠藤楓はんと寺澤椿はんは、天に定められた寿命が来て、死んでもうた。そこで死神のオレは、事故現場で2人の魂を回収しに行ったんやけども……」
回想シーン
事故にあってから数時間後の事─────
魂だけとなった、楓と椿の前に池上が現れた。2人を天に導く為に。
『なんでアタシ達が死ななきゃいけないのよっ!?。あんた仮にも死神ならなんとかしなさいよね!!』
『んな無茶な?!』
『でも、こんな事…急すぎる……』
『そうよ……家族を……ちはるを置いて死ぬなんて───』
『ちはる…ってーのは?』
『目に入れても痛くない程可愛い可愛い、アタシのバ・ン・ビ♡』
『何をほざいているのか……、ちはるは誰のものでもないでしょう?怒』
『はぁん?…、死神!!コイツだけ早くあの世に連れてってちょーだい!!』
『死神さん────この煩いパーマを先にあの世へ……』
『まぁ、2人ともあの世へ連れてくので安心しぃーや…。……でも「未練」が残ったまま…あの世に行くのは危険やで。最悪、地縛霊になってまう』
『地縛霊~~~!?そんなの困るんだけど!!』
『死んだままこの世に……しかも事故現場をさ迷うのもちょっと……』
『───そんな2人に、オレから提案があるんやけど』
『『提案?』』と2人の声がハモる。
死神は口角を上げてこう言った。
『生き返って"男"にならへんか?』
『楓……、このふざけた死神を抹消する方法解る?』
『残念ながら解らないけど……』
『ふざけてへん!!オレはいつでも大真面目に本気や!!。』
『なんで男なのよ!?そこは女じゃないの!?』
『天寿をまっとうして生まれ変わるなら別やけど、あんさん等は今、中途半端な魂だけの存在や。1回終えた人生をもう一度リセットしてやり直すなんて、ゲームじゃない限り無理な話やで。せやから今の時点で、「女」になるのは無理や。』
『だからって男になれと?』
『まあ無理にとは言わんけど……。このままオレとしては、ちゃっちゃと魂回収して、上司に報告せなアカンし……。』
『男かあ……、イケメンにしてよねぇ?』
『なる気マンマンやん!!』
『私も……推しだったイケメン俳優に寄せて頂ければ問題ないわ』
『……意外に、注文が多いやっちゃ……』
『死神、アンタ良い奴ね?』
『どうして私達にこんな……』
『───……ただの、気紛れや』
『……アンタ、哀愁が1番似合わないわね』
『そこは「……何か辛い過去とかがあったのかしら……」とか思ったりする所やろ!!?』
『んじゃあ、さっさと男にして、生き返らせてよね?。ちはるが待ってんだから。』
『そうね』
『……もうちょっと感謝して欲しいもんや。』
死神は溜息を吐きながら、2人の魂に手をかざす。そのまま呪文のようなものを小さく唱え始めた。
『────!……呪文で女男!!』
死神が最後にハッキリとそう唱えると、2人の魂が青い光に包まれた。魂は軈て、人の姿へと変化し──────
「で、おじさんに……?」
「2人もそこそこ良い歳やからなぁ~……。これでも良い方やで?」
「せめて”イケおじ”と言ってくんない?」
「で、今に至るわけや」
「そんな事って、現実にあるんですね……」
「ってなわけでぇ、ちはる───暫く泊めてくんない?」
「はい!?」
「私達、こんな姿になってしまったでしょう?──家族の元へ帰る訳にはいかないのよ……」
「てか、帰れないわよね?」
「まあ、こんなおっさん等が急に家に帰って来られてもなぁ~~」
「なんですってぇ?」
死んだはずの楓ちゃんと椿さんが、姿を変えて帰ってきた──────
非現実的な現実を突きつけられ、ちはるはただただ困惑するだけだった。
これから始まる物語───────
私と奇妙なおじさん2人(親友)との三角関係が始まろうとしていた。
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