夕方五時のリズム

藤泉都理

夕方五時のリズム




 キィパタンカタンコトンゴロゴロゴロ。

 あいつが扉を開けた音がする。

 あいつが扉を閉めた音がする。

 あいつが物置から掃除道具を取り出す音がする。

 あいつが掃除をする音がする。


 夕方五時。

 まったく融通が利かないやつだ。

 まだ起きるのは早いだろうに。

 冬ならばもう日が沈む頃だからいいだろうが、初夏を迎えんとする今はまだ早い早い早過ぎる。

 日がまだ沈んでいないだろう。

 燦々の輝きを失っていないだろう。

 あと一時間、いや、二時間は優に眠っていてもいいだろうに。

 あいつは一年三百六十五日、欠かさずに夕方五時に起きる。


 キィパタンゴロゴロゴロ。

 部屋の扉をあけながら掃除をする音がする。

 キィパタンカタンコトン。

 掃除道具を物置に収める音がする。

 そうして暫く無音が続いたのち。

 カチャンカチャンゴトン。

 食器棚から食器を取り出す音がする。

 チーィーン。

 パンが焼けた音がする。

 電子レンジの音が聞こえないのだが、きっとトマトジュースを温めているに違いない。

 冷たいものは身体に悪いと祖母に言われているので、朝は取らないようにしているようだ。

 そうしてまた暫く無音が続く。

 そうして私の意識はまた深く沈んでいく。


 毎夕毎夕、変わらぬリズム。

 融通が利ないんだ、あいつはまったく。

 偶には、寝坊すればいいのに。

 偶には、掃除などさぼればいいのに。

 偶には、朝食のメニューを変えればいいのに。

 一緒に暮らし始めてからこっち、全然あいつはリズムを変えない。


 日が沈んだ頃を狙って、カーテンと窓を開ける音も。

 日が沈んだ頃を狙って、庭掃除に行く音も。

 日が沈んだ頃を狙って、私の朝食を準備する音も。

 全部を整えてから。


「ごきげんよう。夕方。じゃない。夜の時間だ。起きろ」


 不愛想にぶっきらぼうに私を起こす声も。

 全然こいつはリズムを変えない。


「ほらさっさとしろ」

「そんなに急かさないでください。もっとゆったりまったりおっとり過ごしましょうよ。私たち吸血鬼には時間はたくさんあるんですから」

「………おまえは寝過ぎだ」

「成長期なもので」

「いつまで成長する気だ」

「それはもう、死ぬまでずっと」


 にこり、笑顔を向ければ、ひんやりとした眼差しが返ってきて、漸く目が、脳が、身体が、シャキッと覚醒するのである。










(2024.6.3)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕方五時のリズム 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ