魔法貴族はココロここにあらず

@yae144

第1話 父の怒りは突然

今日の夕食は少し静かだ。いつもは父と母と俺で楽しく食事をするのだが、今ひとつ今日はそんな楽しそうな雰囲気でもない。


カチャカチャと食器の音だけが妙に今日は耳に入る。


「父上、今日は良い天気でしたね。」


「あぁ、そうだな。」


父のルドルフ・フィルブルクは一言だけ言い、また黙々と食事を進める。


まさに、なしに礫、俺は何かしでかしたのだろうか?問題を起こした心当たりはないのだが、逆に褒められるようなこともしてない。


「カルルフ。夕食が終わったら、私の書斎に来なさい。」


やばい!いつもは優しい父上が珍しくお怒りの様子だ。俺は一人っ子の男だからなのか、父上は俺を甘やかしてくれるが、ここまで緊迫した空気になるのは父上の前では初めてだ。


「はい。父上。」


---------


俺の名前はカルルフ・フィルブルク。幼少期に突然頭が痛くなり、酷い高熱を出して寝込み生死をさまよった。なんとか熱は下がり死の淵から生還できた。そのせいなのか解らないが目覚めると前世の記憶を思い出していた。


俺は21世紀の日本で生まれたごく普通の男子学生だ。親の関係で引っ越しがちだった為に学校に馴染めず仕方なく陰キャとして波を立てず穏やかに過ごしていた。


だがある日突然、学校の帰り道に犬に追いかけ回された、犬は目が充血していてまるで親でも殺されたみたいに怒り狂っていた。


俺は考えもなしに走った。よく見なくても分かるくらいでかい犬だ。きっと追いつかれたら腕の一本ぐらいは食い千切る。それ程の迫力があの犬にはあった。


全速力で走っているとふいに俺は人間の速さの限界を超えた気がした。意識が加速して身体と脳がふわふわとする感覚。


そうトラックに撥ねられたのだ。


俺は気づかなかった。犬からただ逃げるのに夢中で前しか見ていなかった故に起こった不運。いま更、嘆いても仕方ないがもっと周りを見ればよかった。


その記憶を思い出してからは、特に変わったこともなく日常生活に戻った。これが漫画や小説の中なら、たとえばチートを神から授かっていたり、何かしらの才能に恵まれていたりするのだがそんなことはない。


剣の技術や身体能力は人並み以下、魔法の才能もたいしてない。ここまで取り柄がないと後は現代知識で無双といきたい所なのだが、平凡に生きてきた俺はその知識もない。


だいたい、拳銃の作り方がわかるとかペニシリンが作れるとか石鹸が作れるとかそんな学生早々いないだろ!


だが幸いなことに生まれだけは良かった。いや、良すぎた。俺は貴族の一人息子だ!兄弟間のいざこざに巻き込まれることもなし。さらに父上が魔法学校の理事をしていて、尚且つ魔法学の権威らしいからな、そんじょそこらの家とは理由が違う。


だから思ったよりは全然、最初からイージーゲーム。ボンボンの一人息子としてハッピーライフを満喫していた。


「カルルフ、今度からお前は私が理事を務める。魔法学校に通ってもらう。」


「なっ?なぜです父上?」


「カルルフ。ここ数年のお前はどうだ?1日中怠けてばかり、魔法の勉強もろくにしてないそうではないか。私と違ってお前には魔法の才能はあまり無いのかもしれん。だがそれでも努力はするべきだろう。父である私も努力無しでここまでやってきた訳では無い。」


(くそ、耳が痛いぜ)


「本当はお前に立派な魔術士になってもらいたいのだが。仮に別の、例えば剣術や政治の実力があるならまだ私も安心できようがそれもない。このままではお前の将来が心配だ。」


「父上………。意外と政治の政の字も知らない奴が領主をやっていたりしますし案外大丈夫だと思うのですが?」


「バカモノ!なんと短絡的な考えなのだ!確かに貴族、それも我が家系ぐらいの地位になればよほどのことがない限りは安泰かもしれん。だがそれは一部の街単位での話だ。我が家系も国単位の、その中でも上流のさらに上の層と比べるならば我が家はそれ程強い家系ではないのだ。特に王族関係の血は私達には入っていないのだから。」


父上は興奮しすぎたためか少し落ち着きを取り戻すため呼吸を整える。


「貴族というものは是非に関わらず物事を決める権力がある。それを分かっているから先の言葉が出たと思うが、これからはもっと気をつけろ!そしてよく理解しろ。その力は私たち以外も持っていることを、自分より上の物がいる時、容易く同じことをされる事を。」


軽い、ジョークの様なものだったのだが逆に神経を逆なでしてしまった。


「すみません父上。軽率な発言をお許しください。」


「全く、先が思いやられるな。いずれにしてもこれが父からの最後の情だと思え。おまえは入学の際には寮に入れる。この際、家の使用人も禁止にする。まずは独り立ちしてみなさい。そしてもしも学年で平均より下を取るようなら今度は軍学校へ編入させるからな、そこで今一度、一からやり直せ。嫌ならそれ相応の努力をせよ。」


「そんなっ!」


「今日はもう下がれ。明日からは入学のための準備をしろ。」


父の書斎を出て、自分の部屋に入りベットへ仰向けに倒れる。


「チクショー、なんでこんな事に。」


大体、父上も悪くないか?年頃の男に権力と金を与えたら自由に遊び呆けるに決まっているだろ。


「なんとかしなきゃな~。軍学校に入るのだけは阻止しないと。」


軍学校は学校と名がついているが、あんなのは刑務所のようなものだ。毎日奴隷のように命令されて特訓させられる。まさに生き地獄のようなところだ。


前に一度、父が軍の高官と仕事で一緒だった時にたまたま俺も父に付いてきており、そのまま流れで軍学校を見学して回ったのだがあんなのは俺には無理だ。3日で逃げ出す自信がある。


「とりあえず明日は制服とか身近な物を揃えに街に行くか。」


バタバタとベットの上で転がりながら考えを巡らす。


「こんな日はメイドに癒してもらいたいがまた怒られるのも嫌だしな~。」


その後もモンモンとした気持ちを抱えつつ静かに眠りにつくカルルフなのであった。



ーーーーーーー



「どうですか?あの子は?」


マリー・フィルブルクは父と子が心配になりルドルフの書斎に足を踏み込む。


「今は見守るしかないが、大丈夫であろう。お前と私の子なのだから。」


「ですが、今までのあの子を見ていると不安です。」


マリーはそっとルドルフの手に自分の手を重ねて握りしめる。


「昔な、あいつが普通に歩けるぐらいの年になった時のことだが、私は火の不注意で手に火傷を負ってしまったのだ。私が火傷した所を手で押さえていると、あいつは私を心配して駆けつけてきた。そして、おもむろに魔法で手から水を出して冷やしてくれたのだ。」


ルドルフは目をつむり当時の記憶に浸る。


「あいつは、本当は魔法の才能があるのだ。親バカかもしれんが、真剣に取り組めさえすればそこらの魔法使いよりは、立派な魔法使いになれる。」


「そうですか、ならば心配はいらないのかもしれませんね。」


マリーが強く手を握るとルドルフもそれに堅く応える。

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