ぼっちゃんとブタの貯金箱
《夏海ちゃんの場合》
どうしたのでしょうね。小さなぼっちゃんがブタさんの貯金箱を手のひらに乗せながら、お屋敷の廊下をほっつき歩いていますよ。お月さまのように丸いお顔はニコニコと笑っています。そして、夏海ちゃんのお部屋の前でぴたっと止まりました。
「なつみぃぃ」
夏海ちゃんはぼっちゃんがいつでも遊びに来られるように、いつも扉の鍵を開けておいてくれているんです。でも今日はブタの野郎に両手を塞がれてますからね。だから呼んだのです。もっとも貯金箱を片手で持つこともできました。でもぼっちゃんにはそんな発想はありません。なぜって、大切なものは両手で持ちたくなるものなのです。ぼっちゃんはこのブタさんをとても大切にしていました。
「ぼっちゃんどうしたの?」
夏海ちゃんがひょっこりと顔を出しました。夏海ちゃんの視線はぼっちゃんの愛くるしいお顔からブタの貯金箱に向います。ブタさんの存在に気づくや夏海ちゃんはくすっと笑いました。
「またやってるのね」
と言うのは、ブタさんの貯金箱をお腹いっぱいに育ててあげることがぼっちゃんのマイブームだったからです。
「いいわよ、待ってて」
夏海ちゃんは部屋からお財布を手に戻りました。
「はいどうぞ」
夏海ちゃんはブタさんに銅貨を与えました。ブタさんはちゃりんと鳴きました。
ぼっちゃんはにっこりと笑いました。
「よかったわね、ぼっちゃん」
「あいっ」
ぼっちゃんはタタッと廊下を駆けました。モモちゃんの部屋に向かったのです。
《モモちゃんの場合》
「ももこっ、ももこおおぉぉぉっっおおっ、ももおおぉぉぉっっ」
大変迷惑なことに、ぼっちゃんはモモちゃんの部屋の前で気でも狂ったように叫びまくってました。ぼっちゃんは桃子ちゃんの名前を大声で叫ぶことが大好きなのです。
「な…なに……? なんなの?」
モモちゃんは半ば混乱しながら尋ねました。このぼっちゃんの奇行には中々慣れるものではありません。でも貯金箱に気づき、ようやく得心しました。
「あ、これね」
こう見えてモモちゃんはぼっちゃんガチ勢です。ぼっちゃんのことが大好きなんです。ですから、少しでもぼっちゃんから好かれたくて、たんまりと金貨を用意してしまいました。
「あ、あげるっ」
もうぼっちゃん大感激です。喜びのあまりモモちゃんに抱きつきました。モモちゃんは幸せいっぱいの気持ちになりました。ぼっちゃんはモモちゃんの隣に座り、さっそくブタの貯金箱に金貨を与えました。ブタさんのちゃりんちゃりんと嬉しそうな鳴き声にぼっちゃんもにっこりと笑いました。
「モモちゃんありがとう」
ぼっちゃんは感謝の言葉を述べると青ちゃんのところに向いました。
《青ちゃんの場合》
「青ちゃん」
ぼっちゃんは書斎の扉を開け、幽霊娘の青ちゃんを呼びました。青ちゃんと言うのはメイド服の色からそう呼ばれています。ほんとうはなすびちゃんという可愛らしい名前があるんですよ。
「ちびぃ?」
本棚をすり抜け、青ちゃんがひょっこりと顔を出しました。ぼっちゃんはブタの貯金箱をずいっと青ちゃんの前に差し出しました。
「ふん?」
でも当の青ちゃんは可愛らしく首を傾げてました。と言うのは、青ちゃんの生活リズムはバラバラで、朝起きていることもあれば眠っていることもあり、つまるところぼっちゃんのマイブームを知らなかったのです。
「このブタお金をせびって回ってるのよ」
わぁびっくりした。いつの間に呪いの人形がぼっちゃんの足元に立ってたんですよ。この人形は青ちゃんのお友達でした。
「祭ちゃんからの贈りものだからって、いいご身分よね」
呪いの人形は嫌味っぽく言いました。
祭ちゃんはこのお屋敷の主であり、最強の魔術師であり、ぼっちゃんの世界でいちばん大好きな女の子です。ブタの貯金箱はそんな女の子からの贈りものなんですから、呪い人形が嫉妬するのは仕方のないことなんです。
「ちびぃ、待ってろ」
全てを理解した青ちゃんは机の引き出しを開け、幽霊だけの通れる不思議な通路を通り、ボロボロの銅貨を手に戻って来ました。
「やるっ」
青ちゃんはぼっちゃんの手のひらにボロボロの銅貨を乗せました。ぼっちゃんはその銅貨を繁々と眺めました。とても古く、今は使われていない通貨だったのです。でもぼっちゃんの楽しみはブタさんのお腹を膨らませることでしたから、気にせずブタさんのお腹に収めまてしまいました。ブタさんはじゃりんと苦しげに鳴きました。でもぼっちゃんはブタさんの変化に全然気づいてあげられませんでした。
「青ちゃんありがとう」
ぼっちゃんは感謝を述べると林檎ちゃんのところに向いました。ぼっちゃんが居なくなると呪いの人形はケタケタと笑い始めました。あの通貨が呪われていることを知ってたのです。でも青ちゃんに悪気があったと思ってはなりません。確かに青ちゃんはぼっちゃんのことが大好きです。それは間違い用のない事実です。ただ、この娘の持ちものは大概呪われているだけなのです。
《Qブタの貯金箱は呪いの通貨でも食べられますか? A食べられるけど命の保証はありません》
ひまわりちゃんは見てるだけで頭の悪くなりそうな雑誌のページを捲る手を止めて、ポテチを口に運ぶことも止めて、はっと顔をあげました。
大好きなぼっちゃんの悲鳴が聞こえたからです。ひまわりちゃんはソファから飛び起き、声のする方に向いました。
「おぼっちゃま、どうか泣き止んで下さいまし」
ぼっちゃんのところにはすでに林檎ちゃんがいました。林檎ちゃんは廊下の床に這いつくばって泣いているぼっちゃんを慰めてるところでした。
ひまわりちゃんはその光景を目にし、「あっ」と口元を押えたました。床にあのぼっちゃんの大切にしてたブタさんの貯金箱の残骸があったからです。
それから夏海ちゃんやモモちゃん、緑ちゃん、最後に諸悪の根源である青ちゃんも駆けつけました。
「どうしたの?」
夏海ちゃんは尋ねました。
「あの貯金箱床に落としちゃったんだって」
ひまわりちゃんは教えてあげました。
「あー」これは納得のあーでした。
「金貨だ」
ひまわりちゃんはそれを拾いました。
「きっとモモちゃんがあげたのよ」
夏海ちゃんは得意気に答えました。モモちゃんはとても立派な家柄の女の子だったからです。
「このボロいのは?」
ひまわりちゃんは呪いの通貨を拾いました。
「青ちゃんじゃない? あの子変なのいっぱい持ってるもの」
「まずは床に散らばった破片を箒で掃き、チリトリで集めるのです」
緑ちゃん(メロンちゃん)はメイドちゃんたちのリーダー的な役割を担ってました。的と言ったのは、得に決まってるわけでもないからです。
「はーい」
でもメイドちゃんたちはその声を合図にきびきびと動き始めました。
「でもこの破片どうするのかしら? ぼっちゃんは捨てるの嫌がると思うわ」
夏海ちゃんが疑問を唱えると、玄関のベルを鳴らす音がしました。
「誰かな?」黄色ちゃんは言いました。
「まにまにじゃない?」
「青ちゃん、玄関を確かめにゆくのです」
緑ちゃんは的確な指示を出しました。青ちゃんはピューッと玄関に飛んでいきました。そして、またピューッと接着剤を手に戻って来ました。
「誰だった?」
「まにまに」
「ほらね」
夏海ちゃんは得意気です。
「ぼっちゃん、あれで直そう」
黄色ちゃんが提案するとぼっちゃんははっと顔をあげ、いそいそと破片を繋ぎ始めました。この作業はメイドちゃんたちも手伝ってあげました。そのおかげで途中までは順調に進みました。ただどうしても見当たらない小さな破片があり、また繋がった部分も継接ぎだらけでした。この痛ましい姿に、またぼっちゃんは泣き出してしまいました。
「可愛そうなおぼっちゃまですわ」
林檎ちゃんはぼっちゃんを抱きしめました。でもぼっちゃんは泣き止みませんでした。
「また祭ちゃんの魔法で直してもらえば――」
ひまわりちゃんがそう言いかけたとき、青ちゃんが『口止め料』と書かれた封筒を差し出しました。この達筆は明らかにまにまにの文字でした。中を確認してみるとけっこうな額の札束と手紙が入ってました。手紙にはぼっちゃんに対し、「また祭ちゃんの魔法で直してもらえばいいじゃん」とは言わないで欲しい旨が書かれてました。
「なんで?」
ひまわりちゃんは訳が分かりませんでした。ひまわりちゃんの横から手紙を覗いてた青ちゃんも首を傾げました。青ちゃんの反対からは夏海ちゃんも手紙を眺めていましたけれど、納得のいかない様子でした。
「でもまにまにのことだから、きっとなにかぼっちゃんのためになることを考えているいるのよね」
夏海ちゃんは言いました。でもそれがどんな考えであるかは分かりませんでした。でもメロンちゃんだけは気づいていました。
「ぼっちゃん、お庭にこのブタのお墓を作ってあげましょう」
ぼっちゃんはまだめそめそと泣きながらも、ブタさんの成れの果てを抱えて立ちあがりました。途中物置小屋からシャベルを取り、ぼっちゃんとメイドちゃんたちはお庭に行きました。このお庭にはメロンちゃんの育てた可愛らしいお花たちが暮らしていました。お墓はぼっちゃんが堀りました。その間黄色ちゃんは木の板と金槌でブタさんの棺を作っていました。器用な女の子なのです。林檎ちゃんはその棺に絹を敷き、ぼっちゃんはブタさんを置きました。最後に緑ちゃんは決して枯れない魔法の葉っぱを添えました。
「ぼっちゃん、ブタさんにバイバイしよ」
夏海ちゃんは呼びかけました。ブタさんのからだにぼっちゃんの涙が落ちました。
「天国でも元気でくらして下さい」
ぼっちゃんは別れの言葉を告げ、ひまわりちゃんはそっと棺の蓋を閉めました。ぼっちゃんは再び柔らかな土で棺を埋めました。その上にひまわりちゃんお手製の墓標立てました。ぼっちゃんはしばらくお墓の前にいました。
「ぼっちゃん、お昼作るからお屋敷に戻ろ」
夏海ちゃんに手を引かれてようやくぼっちゃんはお屋敷に戻りました。
「ね、緑ちゃん。この手紙どういう意味かわかる?」
黄色ちゃんはまにまにからの手紙を見せました。
「簡単なことです。もしぼっちゃんが壊れてもなんでも元通りになると覚えてしまったら、ぼっちゃんはものを大切にしなくなってしまうでしょう?」
なるほど、そういうことだったんですね。
次の更新予定
魔法師の国〜小さなぼっちゃんと可愛いメイドちゃん〜 @4310002024
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