願わくば、本気で好きになった人と『雨の化石』をもう一度見たい

榊琉那@屋根の上の猫部

季節のない異世界は、ちょっと寂しい

「俺もここに来て結構な日数が経つけれど、この国は全然雨が降らないな」

 馬車に乗り続けて1時間余り。その間は何の楽しみもない。アキラは退屈で仕方なかった。目的地までには、まだかなりの時間がかかりそうだ。


「他の国はどうかわからないけれど、この辺りの地域は一年中こんな感じよ。雨なんてたまにしか降らないわ。それで困る人もいるんじゃないし、別にいいんじゃない?」


 見る限りでは、サキュバスの容姿をしているマリーが呟く。魔王との戦いに敗れ、サキュバスの姿にされてしまって結構な日数が経つ。本来なら魔王にサキュバスにされて無理やり部下にされるはずだったが、どういうわけか人格まで支配される事はなかった。そしてマリーは、隙をみて魔王から逃げ出したのだった。一体、どうすれば元の姿に戻れるのだろう?その方法は誰にもわからないだろうし、術を掛けた魔王自身でさえ、わからないと言っていた。やはり魔王を倒すしかないだろうけれど、嘗てギルド一同で一緒に魔王と戦った時は、全く相手にされず敗北している。だから魔王に対抗出来るヒントを探すための旅に出ている。困難を極めそうな旅だとわかっていたが、最初から躓いている。仲間にする予定の賢者とはすれ違って会えないのだ。これでは行方を晦ましている勇者を見つけ出すまでには、どれくらいの時間がかかる事だろうかと。


「やっぱり俺は、住んでいたニホンのように季節がある方が好きだな。巡る四つの季節、時に暑かったり寒かったりするけれど、季節ごとに楽しみがあるから退屈はしないよ」


 この国の勝手な都合で勝手に召喚されたアキラが、住んでいたニホンの事を懐かしんでいる。本来は、サキュバスとなったマリーが定期的に欲する事となる『精』の供給係と言うか、食事係と言うか、兎に角、『精』を提供する亜人若しくは獣人を召喚するはずだった。しかし何がどう間違ったのか、召喚されたのは只の人間であるアキラだった。間の悪い事に、アキラが行為の最中に召喚されたため、召喚された時は素っ裸だった。パニックになったアキラが大暴れしたのは、今となってはいい思い出だ。普通の人間のアキラだが、今ではマリーの『食事係』を立派に務めている。難点なのは無類の女好きという事だろうか。


「そういえば、アキラが住んでいた世界の事って、あんまり聞いた事なかったわね。よかったら話してくれない?」

「ああ、じゃあ今まで付き合ってきた女の子の話でも……」

「何でアンタの乳繰り合いの話を聞かなきゃならないのよ!!」

 マリーは見かけはサキュバスだが、元々勇者パーティにも属していた事もある魔法使いだ。魔力だけでなく、腕力も並みの男など比べ物にならない程だ。そんなマリーのボディーブローを喰らい、思わずアキラも悶絶する。並の人間なら病院送りに成り兼ねないが、生憎とアキラの体は丈夫なのだった。

(〇かやまきんに君を目標に体を鍛えていてよかった)

 勿論、自分の為ではなく、女の子にモテたいとの思いからの行動だったのは言うまでもないが……。


「相変わらずの二人だね……」

 こちらも相変わらず影が薄い状態の、マリーとアキラのお目付け役兼監視役のジュディがいつもの事だと呆れていた。ジュディはこれでも国王の親衛隊の幹部でもあり、女性の戦士の中でもトップクラスの実力を持っている。曲がった事が嫌いで融通が利かない性格なのが難点だったりするのだが。そして未だに女好きで軽薄なアキラの事は、嫌っている感がある。しかしながら、アキラのいた異世界の事に興味があるのもまた事実だ。



 ……………………………………


「じゃあ、さっき言っていた季節の話をしようか」

 アキラは、日本に住んでいた事を思い浮かべながら話し始めた。


「俺が住んでいたニホンという国は、大まかに言って1年を通じて4つの季節があるんだ。暖かい春、暑い夏、涼しい秋、寒い冬、だ。それぞれの季節にはそれぞれいい所もあるし悪い所もある。季節によって咲く花も違うし、出来る作物も違ってくる。実はこれだけはっきりと季節が移り替わるのは、自分の住んでいた世界の中でも珍しいんだよ」

「別に季節なんて変わらなくても、1年中過ごしやすい温度の方がいいんじゃないの?暑いのも寒いのも好きじゃないし」

「いや、季節の変化があるからこそ、作物の味も良くなるものだ。ニホン人にとって欠かす事の出来ない米も、稲を季節をまたいで育てるからこそ美味しいものが出来るんだ」

「やっぱりアキラの言ってることがよくわからない。ここの世界にないものだから想像出来ないし」

「う~ん……」

 確かにマリーの言う事はごもっともだ。見ていないもの、体験した事の無いものを上手く説明するのは難しい。


 マリーたちが暮らしている国は、アキラが暮らしていたニホンと比べたら、文化に関しては雲泥の差だ。確かに魔法の力が満ちているからか、文化は発展しないのかもしれない。今移動している馬車から見える風景は、どこまでも田舎だ。

 そして特に食文化に関しては絶望的だ。収穫される作物の種類は少なく、主食はまるでイモのようなもので、お世辞にも美味しいとは言えない。料理も単調な感じでつまらないと言える。アキラは今更になって、つやつやとした炊き立てのご飯が如何に美味しかったのかと懐かしむのだった。見た事もなく想像すら出来ないようなものの美味しさをどのように伝えればいいのだろうか?なかなか説明するのは難儀なものだ。

 アキラは気を取り直して話を続ける。


「米の事は置いといて、季節の話に戻ろう。季節の変わり目には長い雨の日が続くんだ。特に春から夏へと移る時の梅雨は、鬱陶しいと思いがちだけど、生活の為には必須なものだ。何日も雨が続くけれど、それがあるからこそ、生活に必要な水が確保出来るんだ」

「え?水の精霊の分身にお供えをして祈れば、水を確保出来るんじゃないの?」

 マリーの言葉にアキラは衝撃を受けた。そうだ、今住んでいるこの世界には魔法の力が存在している。そういえば、人間以外にも獣人もいるし、ドワーフのような種族とも共存している。滅多に見ないけれど、エルフも住んでいるようだ。アキラが今まで暮らしていたニホンと、常識からして違うのだった。そして近い将来、いつになるかはわからないが、魔王と対峙する運命なのだ。無理やり召喚された身ではあるが、与えられたこの現実、受け入れるしかないのであった。

  

「アキラの話は、時々訳のわからない事も出てくるけど異世界の事に関しては興味がある。もう少し聞かせてくれないか」

 静観していたジュディが声をかけてきた。普段はウマの合わないアキラとは、顔を合わせる度に言い争いになっているわけだが、ジュディから声をかけてくるのは珍しい。

(うーむ、どんな話をすればいいか)

 アキラは少々思い悩んだ。どんな話なら興味を持ってくれるのかと。そして悩んだ末にアキラが話そうとしたのは、自分が唯一、どんな手段を使っても付き合いたいと思った女性に関する思い出だった。


「俺は確かに女の人が好きで、どうしようもない男だという事は自覚している。そんな俺でも、本気で好きになった女の人がいる。その人に関する事だ」


 アキラがいい加減な気持ちではなく、本当に好きになった人は、不思議な雰囲気を持っていた。あるキャバクラに勤めている嬢なのだが、どう見ても場違いに思えていた。時には、まるで女王様の様な威厳を感じさせるのだ。それでいて指名をして話をしてみると、打って変わって気さくさを感じさせる。会話には知性も感じさせた。どう考えても住む世界が違う人だ。上流階級の育ちなのか、それとも女優なのか。初めは好奇心からだったのだが、何時しか彼女の魅力に夢中になっていた。もう他の女の人は見えない。彼女しか見えなかった。今までの自分では考えられない事であった。


 そんな中、彼女は興味深い話をした。『雨の化石』というものが存在すると。よかったら一緒に見に行かないかとの誘いだった。今まで散々アプローチしてもどこ吹く風だったのに、これはどういう変化だろうか?アキラは喜んで承諾した。



「世の中には変わった博物館があるものだな」

 アキラにとっての率直な感想だった。変わった石ばかりを集めた博物館。まるで饅頭を割ったような外見の石や、花びらのような形をした石など、面白い形状の石が集められている。そんな中に『雨の化石』があった。


「これが『雨の化石』?」

 アキラは現物を見て、少々拍子抜けをしていた。『雨の化石』は、厳密には化石ではない。解説を読むと、火山噴火の際に生じた水滴が、火山灰を付着させて出来た球状のものだという。一応、豆粒のようなものが確認出来るが、他の展示物と比べると地味過ぎる。因みに正式な名称は、『火山豆石』というらしい。でも彼女は、やっぱり『雨の化石』の名称の方が浪漫を感じさせて好きなのだと言っていた。それに関しては同意だ。気持ちはよくわかる。


「やっぱり、こんな地味な展示、面白くないわよね?」

「いえ、何か少年時代に戻ったみたいで、ワクワクしてます。冗談抜きで来てよかったと思いますよ」

 アキラのこの言葉は、嘘偽りなどなかった。本当に正直な気持ちなのだ。

 外で遊び回っていた、何にでも興味を持っていた少年時代を思い出していた。

「ところで、『雨』に拘りを持っているのには何か理由でも?」

「昔から雨が好きなの。理由はわからないけれど。確かに雨音を聞くのも好きだけど、それだけが理由じゃないはず。だから何故好きなのか彷徨っているの。まぁ深い理由なんかないかもしれないけどね」

 彼女は、いつもは見せる事のない表情をしていた。もしかしたら自分に心を許している?いやそんな事はない。それは己惚れだろう。


「自分は雨は好きじゃないんです。突然の大雨でずぶ濡れになったり、記録的な雨で川が氾濫しそうになったり、いい思い出はないんです。でも、貴方と一緒に思い出を探して、苦いものを流す事が出来ればと。今日で全てが終わりなんて言わないで、もっと一緒に過ごしたいなんて言ったらダメですか?」

 アキラの中から、こんな言葉が出てこようとは、自分でも全く思っていなかった。これが純粋な気持ちなのだろうか?


「思っていた通り、貴方は不思議な人ね。欲望の塊だとばかり思っていたら、純粋過ぎる物も持っているし。いいわ、また今度出かけましょう」



 しかしながら思わぬトラブルが起きてしまった。後日、アキラは彼女を巡って他の客とトラブルとなり、大暴れした結果、店を出入り禁止になってしまったのだ。もう逢えないのだろうかと、アキラは落胆した。しかしながら店を出ていく直前、彼女に声をかけられたのだ。

「もし私の事を思い続けるなら、7月7日の午後7時、そこの駅前で待っていて。雨が降らなかったら、出会えるかもね」

 そう言い残して彼女は去っていった。これはどう判断すればいいのだろう。

(織姫と彦星のつもり、か……)


 話半分のつもりだった。彼女なりの別れの言葉だと思っていた。もしそこに彼女が待っていたら、一生離したくないと思うだろうなと。そう思っていた。


……………………………



 運命の7月7日の午後7時。駅前に彼女は居るわけなかった。まぁ当然だろうな。

 運良く雨は降っていなかったが、もう少ししたら涙雨が流れるだろう。彼女の事は、ほろ苦い思い出として、アキラの心に残るだろう。


「まさか諦めずに彦星が待っているとは思わなかった」


 気がつけば、そこには織姫が待っていた。悲しみではない。喜びの涙雨が流れたのだった。

「七が三つ重なると喜びになるのよ」

 その時は、『㐂』という字が存在する事すら知らなかったから意味が分からなかった。彼女は本当に博学で物知りで色々な事を知っている。

 どうして自分なんかを気にかけていたんだろう?と思いながら、二人は夜の街へ消えていった。

 そして二人は結ばれるはずであったが、誰も予想出来ないような、まるで悪意の塊のような妨害が起こったのだった。そう、その最高の瞬間の直前に異世界へと召喚されたのだった。だからアキラはパニックになり、大暴れしたのだ。



「折角のいい話だったのに、最後の最後で台無しね。アキラらしいわ」

「うるさい、ほっとけ」

 無理やり召喚された時は、アキラは自暴自棄となっていたが、今はそんな気持ちにはなっていない。新たな目標が出来たからだ。

「元の世界に戻れないなら、この世界であの人に匹敵する人を見つけたい。だから世界中を旅するんだ。これぞ男の浪漫!」

「アンタの女を見つけるのが目的じゃないでしょ!このバカアキラ!」

 バカな事を言うアキラをマリーは蹴っ飛ばす。やっぱり最後にはこうなってしまう二人だった。


(でも本当は、もしニホンに戻れたら、あの人と他の『雨の化石』を見つけに行きたいな。もっと奇麗なものがどこかにあるはずだ。もう叶わぬ夢かもしれないけれど……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願わくば、本気で好きになった人と『雨の化石』をもう一度見たい 榊琉那@屋根の上の猫部 @4574

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画