第5話 夢の器
「さて、探し物はあるかな……。お、これか?」
机の引き出しから、鍵の束を見つける。探し物が見つかったので、所長の部屋を出ると、案内役の看守が外で待っていた。その男は私の手にぶら下がるものを見ると、石のように固まる。
「なんだ外で待っていたのか。——ほら、首級だ。デュラハンのように綺麗な切り口だろう?」
所長の首を、看守に差し出す。ヒッ、と声を絞り出したあと、看守はその場に尻餅をついた。そして、お前は何者だと私に問う。私は所長の首から左の目玉を摘み、口に放る。歯を立てると、それは口の中で葡萄のようにはぜた。……まあまあだな。
「私は美食を愛する
ピーーー!!!
甲高い音が、固い壁に反響する。看守がホイッスルを咥えて鳴らしたのだ。
「これでお前はお終いだ。……たしかに、ソイツは嫌な奴だったよ。だけどな、上官を魔物に殺されて、見逃したなんて本国に知れたら、俺たちも首だけになっちまう。――そうならんように、お前の首を晒さないとなあ!」
そう言うと、看守は腰の剣を引き抜き、構える。周囲から足音が重なって、近づいてくる。他の看守共が集まってきているな。
「なるほど、どちらかが死なずには済まないようだ。……いいだろう、久方ぶりに我が研ぎ澄まされた奥義を……」
死にさらせーー!!
——ズバン!
「ぐはっ!?」
剣が私の肩から、いや胸から生えている。袈裟斬りに振り下ろされた鋼の凶器は、私の体を切り裂き、侵入していた。
「おい、人の話を最後まで……」
——グサッ!
今度は何だと思えば、胸から剣先がひょっこり覗いている。剣先はなおも土から芽を出すかのように、グングンと伸びている。首を後ろに向けると、別の看守が剣で私を突いていた。そして、さらに駆けつけた看守共も剣を振り下ろし、刺し貫く。
初めは怯え、強張っていた表情だった看守も、無抵抗に切り刻まれるグールを見てか、愉悦に顔を歪ませている。……これだ、これが人間だった。理性の皮が剥がれ、内なる残虐性が露わになる。私が人間であった頃に何度も見てきた、人間の本性だ。
「何だコイツ、弱えじゃねえか」
看守の1人が、ボロボロになったグールを指差して笑う。違う看守が剣を振り上げ、私の首を狙う。……私の首が落ちた後、彼らはまた理性の皮を被るのだろう。哀れな生き物だ、かつての……アルスターという男のように。グールとなった私にもうそんな
「“肉断ち”」
ただ、そう唱える。それは呪言であり、それこそが何年も暇を持て余した果てに編み出した、奥義の一つ。
振り上げられた剣が床に落ちる。両の腕は剣を握りしめたまま、しかし、再び振るわれることはない。何故なら、看守の腕は肘の先から、切断されている。
彼らの間に動揺が走る。腕だけではない、指、脚、頭、胴体……人間のパーツが転がっていることに気づく。そして、それが自身のものであったことを、遅れてきた痛みと共に理解する。
「い、痛えよおおお!!」
ある者は、脚を裂かれて喚き散らす。
「俺の腕、ああ……」
ある者は、離れた両腕を惜しんでいる。
「……何なんだこれ?」
ある者は、分かたれた下半身を見つめている。
看守共は"肉断ち"で呆気なく瀕死になった。じきに失血で皆死ぬだろう。一方で、私の受けた傷はすっかり塞がっていた。
床に落ちた腕を1本拾い上げる。根元の方を齧り、骨についた肉を咀嚼する。
「ひいっ……」
腕の持ち主が小さく悲鳴を上げて、床を這う。食感は柔らかいが、味は生臭く、このままではお世辞にも美味いとは言えない。食人鬼は基本、生食なのだがな……。
「まあいい、味の方は後でなんとかしよう」
先程、拝借した牢屋の鍵を指に掛けて、悠々と囚人たちのところへ向かう。途中、また看守と出くわしたので、挨拶をしておいた。悲鳴を上げて、血を吹き出しながら、バタバタと倒れていく。
悲鳴を聞いて、異変を察知したのだろう。囚人たちはベッドから飛び起きて、鉄格子にしがみついている。そのうちの1人に声をかける。
「君たち、ここから出たくはないか?」
「あんた何者だ? どこかの組織の人間か?」
痩せこけた壮年の男は戸惑いつつ問い返す。
「私の名はグアストロ。ここからそう遠くない地にある城の主だ。誰か、私の質問に答えてくれたなら、鍵を開けよう」
他の牢屋の中がざわめく。
「俺はジョッシュだ。……分かった、知る限りのことを答えると約束する」
「ありがとう。……先程も言った通り、私は城主をやっているのだが、城下町に住んでいた人間たちが姿を消してしまってね。何か心当たりはないだろうか?」
「難しい質問だな。私たちに土地勘はないから正確なことは言えんが……もしかすると、戦争が関係しているかもしれん」
「戦争?」
「この監獄は元はといえば、軍港として建てられる筈だったんだ。それを流刑地にしようと王が命じた。……それが原因だとすれば、とんだとばっちりだな。怖くなって逃げ出すのも無理ないさ」
戦争か、城に籠もっている間にそんなことがあったのだな。こんな辺鄙な場所にまで、戦火が及ぶとなると、私の計画に支障が出てしまう。
「その戦争は今も続いているのか?」
「どうだろうな。監獄では情報が遮断されていたから、分からない。悪いな」
「いいや、まともな情報を聞けてよかった」
牢屋の鍵の束を、礼としてジョッシュに渡す。
「他の者も出してやるといい。それから、監獄の外に港がある。船もあったろうから、それで国へ帰るもよしさ」
「……あんたの思惑は分からんが、恩に着るよ」
ジョッシュは牢屋から出ると、牢屋の鍵を開けて回る。
さて、これでこの監獄は空っぽの大きな箱になるだろう。それこそ、私の夢の器となりうるものだ。"人間牧場計画"……その全体像を思い浮かべる。監獄は飼育小屋として再利用するのがベストだと考えていた。だが、大切な要素が欠けていることに気づいたのだ。
私はこれまで、1人で美食を探求してきた。それは孤高の道であり、自己完結なのだ。時々、一人芝居をしているような虚しさを感じていた。だから、私は私の美食を知ってもらいたくなったのだ。食べるだけでなく、美食を提供したい。
この監獄は人間牧場の、未来のレストランになるのだ!
「フフ……」
どこからか湧いてきた看守を切り刻み、レストランのオーナーとなった自分を想像する。……悪くない、すごく悪くないぞ!
「フハハハハ!!」
願望と血の匂いに酔いが回る。それはどんな酒よりも心地よく、私を微酔わせた。
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偏食人鬼の食道楽 ワビサビ/07 @name_take
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