第4話 食人鬼に計画あり

 コツコツと、無骨な廊下に足音を響かせ監獄を進んでいく。右手には罪人を閉じ込める牢屋が並んでいる。鉄格子の中は丸見えで、薄汚れたベッドと便器があるだけの空間に、囚人が眠っている。


「囚人たちは、日中は労働に従事しているので、夜は静かなもんですよ。まあ、中には良からぬことを企む馬鹿もいるので、我々が目を光らせています」


 誇らしそうに看守は言う。それよりも、聞かなければならないことがある。


「ところで、ここの囚人たちは、どこから送られてくるのかな?」


 従者のアンデッドたちは気が回らないので、囚人がどこから来ているかまでは知らなかった。


「ソドムニア本国からですよ。あっちにも監獄は十分あるんですが、ここは特別でね……本国にいると都合の悪い連中が送られてくるんですよ」


 へへ、と看守は気味の悪い笑みを浮かべる。


「どんな連中かわからないって顔をしてますね。いや、無理もない。こんな僻地にまで飛ばされるんだ、相当のことをしでかしたとお思いでしょう?」


「まあ、そうじゃないか?」


「ところが、ここの囚人は殺しどころか盗みすらしちゃいない。やっちまったのは王様に楯突いたこと、それだけでさあ」


 いわゆる政治犯というやつか。随分と傲慢な王が玉座に座っているようだ。ここにいる看守共は、そんな王の言いつけを忠実に守っている。


 ……私も元は人間であったからか、つい嫌悪感を抱いてしまう。人食いが道徳など気にしても仕様がないというのに。


「つきましたぜ」


 分厚い観音開きの扉が、看守によって開かれる。入ってみると、殺風景から打って変わって、調度品が揃った部屋だった。香水の匂いもする。


「失礼します。所長、ご客人です」


 部屋の奥に、白い肌に金髪の、他の看守とは雰囲気が違う男がいた。理知的な顔立ちではあるが、常に困り眉をした表情は、男の陰険さを感じさせる。肉体労働は管轄外のようで、汗一つかいていない。


「おい、私は客を呼んだ覚えはないぞ」


「そうなのですが、なんでも名のある城主だそうで……」


「城主だって? あのな、この監獄の主人は俺だ。俺が通さないと決めたら、たとえ貴族でも王様でも通さない。なのに、どうしてお前がその城主とやらをここに連れてきた?」


 所長は席に座ったまま、看守を責める。嫌なヤツという印象は当たっていた。監獄の所長には相応しいタイプの人間だな。


「……申し訳ありません」


「お前はもう下がれ。……で、城主のアンタは何しに来たんだ?」


「私はグアストロだ。ここからそう遠くないところで城主をやっているのだが、なぜか城下町の民がいなくなってしまってね。行方を知らないか尋ねに来たんだ」


「はあ? そんなことの為に来たのか?」


 所長の男は呆れた顔でこちらを見ている。


「礼はするよ」


 金貨を一枚放る。所長はそれを受取り、眺める。


「……何がしたいのかわからんが、あの城の近くに住んでた連中なら、とっくの昔に逃げたんだろうよ」


「逃げた? どこに?」


「さあな、そんなの知ったことじゃない。監獄を建てようって時には、ここらは無人の僻地だったさ。だから流刑地なんだ」


 そんなに前からいなくなっていたのか。今まで山に捨てられた老人や、盗賊なんかを夕餉ゆうげにしていたから、さぞ快適に暮らしていると思っていたんだがな。逃げた先が分からないんじゃ、連れ戻しようもない。


 目的の一つは諦めよう。だが、もう一つの目的はこれから達せられる。


「為になる話をありがとう。……ところで、もしもの話なんだがね。もしも脱獄騒ぎが起きたら、ここの囚人たちはどうなるのかな?」


 私の問いかけに、所長はギロリと睨めつけてから答えた。


「もしも、そんなことをしでかす奴がいたら、滅多打ちにして見せしめさ。王様の最後の温情すらいらねえってんだから、もう死刑しか残ってねえわな。……無論、脱獄に手を貸すやつも同罪だ」


 所長は口角を吊り上げる。彼の脳内では、私が磔にでもされているのだろう。

 

「それは恐ろしい。……でもよかった」


「なにが?」


「お前みたいなのは、遠慮なく食えるからな」


 苦笑いを浮かべた所長の顔が、徐々に怒りに染まっていく。彼は立ち上がり、腰にあった棍棒を構えた。


 ――ザクッ

 

 鋭い音が響く。わずかに、二人の間に沈黙が流れるも、彼の首が床に転がるまでのことだった。主人を亡くし、立ち尽くした首無しの体から、シャンパンのように血が噴き出す。鮮血が部屋を紅く染め上げていく。


 私は転がる彼のかおを拾い上げる。知恵を悪意の糧とした男は、珍妙なオーナメントに様変わりした。


「久しぶりの我が魔術、切れ味は申し分ないようだ。幸先がいい」


 頸部の切断面は、抵抗なく寸断されたことを証明するように、綺麗な平面をしている。


「さあ、我が計画。名付けて"人間牧場計画"の始まりだ!」


 頭の中に描いた、大きな夢の第一歩を踏み出した。新鮮な人間にくが私を待っている!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る