第4話 魔術の基礎知識と実践
魔術講座は魔力に関する説明から始まった。魔力とはこの世界の生物が有する不可思議な力であり、それ自体が物質の特性を強化する性質を持つほか魔法則と呼ばれる法則に従って運用することで何らかの現象を引き起こすための燃料にもなるものだ。前者は魔力充填などと呼ばれる技術であり、僕が山田さんに教わったのもこれだ。そして、後者こそが魔術である。魔術には属性魔術と呼ばれるものと汎用魔術と呼ばれるものが存在する。色々な説があるようだが、属性魔術と汎用魔術の理論的な違いは明確にはないようだ。ざっと説明を聞いた所感では、自然の概念に結びつけられるものが属性魔術、そうでないものが汎用魔術というところだろうか。実際、そういう説もあるらしい。属性魔術には大別して火、水、風、土、雷、聖、闇、時間、空間の9属性があるようだ。尤も、後半4つは希少であるため前半5つだけを指して五大属性と表現することも多々あるのだとか。汎用魔術は種類が膨大であり、その全てを把握している者はおそらくいないのことだ。それでも、よく使われるものは限られる。強化、障壁、通信などがその例だ。
次に、魔術の格付けについてだ。これは魔術の同一性を保つために最低限必要な詠唱の文節数が基準となっているようだ。最低限必要、というのが少し掴みにくいところだろうか。高位の魔術になるほど詠唱は長くなるのだが、どうやら文節を削って省略することが可能らしい。しかし、あるラインを越えると元の術からかけ離れてしまう。そうならない最少の文節数をとって、一小節、二小節などと格付けが行われている。ただし、零小節の魔術も存在する。即興で作り出した魔術や発動ごとに細かい条件が変わる魔術など、そもそも同一性に囚われる必要がないものが零小節になるようだ。詠唱に頼らず魔術を使えるのであれば既存の魔術でも詠唱なしでの発動ができそうなものだが、そういう話はビギナーである僕にはまだ早いのだろう。
「さてと、ここまで魔術の基礎的な知識について説明してきましたがこれからお楽しみの実践に入っていきましょう。ところで魔術講座は騎士団の訓練に比べて講師が少ないと思っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。ええ、魔導院は研究施設ですから私以外みーんな忙しいのです。ですが、質でも数でも騎士団には劣りません。私が増えますから」
説明が一段落ついたところで前に立つアザレアさんが教本を閉じ、にっこりと微笑んだ。彼女の言葉の意味はすぐにわかった。教室の至るところに彼女と全く同じ姿形の人物が現れる。分身を作り出す魔術だろうか。先程の説明にはなかったが属性魔術とは思えないから汎用魔術の一種なのだろう。
「それでは皆さん、教本を持ってお立ちください。まずはそれぞれの適性を見ていきます。それから実際に使ってみましょう」
パチン、とアザレアさんが指を鳴らした。すると訓練場に設置されていた机や椅子が忽然と姿を消す。これが空間魔術なのだろうか。訓練場を広々と使えるようになると広がるように指示があり、それぞれにアザレアさんがつく形になった。
「貴方は先程お伝えした通り水と空間の魔術に適性があります」
「その二つ、いい組み合わせだという話でしたけど具体的にどう相性がいいんでしょうか」
「それぞれの属性の説明もかねてお話しましょう。まず、水属性は液体を操作する魔術です。その特性上、その場に液体があることが使用の前提となります。この前提が水属性を扱いづらくしているのですが、空間属性が扱えれば話は変わってきます。空間属性はその名の通り空間に関する魔術です。空間上にあるものを把握する、ものの位置を変える、異空間を作り出し物体を出し入れする、などが空間魔術の基本的な活用法になります。つまり──」
「あらかじめ異空間に水を収納しておけばどこでも水属性を有効活用できると」
「その通りです。特に貴方は空間属性の適性も十分に高い。通常、空間属性は膨大な魔力を消費するため中途半端に適性のある者が扱おうとしてもすぐに消耗しきってしまうのですが貴方ならば大丈夫でしょう。ですが、まずは水属性の習得からですね。空間属性はその性質上詠唱による補助なしで使用することになります。多少魔術に慣れてからの方がいいでしょう」
空間属性は発動するたびに細かい条件が変わる零小節の魔術に当たるのだろう。僕はアザレアさんの言葉に頷いた。
「よろしい。それでは教本の最後の方にある呪文集のページを開いてください。最初は単純な二小節の魔術を省略なしで使ってみましょう」
僕が教本のページをめくっているうちに目の前には桶に入った水が用意されていた。
「魔術の使用は魔力充填とは異なります。魔力で体を満たすのではなく血液のように送り出し一点に集中させるのです。魔術に使う魔力を区別できればどこでもいいのですが、手に集中させることが多いですね。ちなみに、慣れてしまえば魔力充填したまま魔術を使うこともできますよ」
講座の間ずっと維持していた魔力充填を解いて指先に向かって魔力を送り出す。拡散させる練習ばかりしていたせいか集中させるのは結構難しい。それでもなんとか手の方に魔力を集中させて教本に書かれた文言を慎重に読み上げる。今使おうとしているのはただ水を空中に浮遊させるだけの術だ。一回目だというのに呆気なくそれは成功した。手のひらに収まるほどの水が球体になって宙に浮かぶ。
「初めてにしては上出来ですね。魔力のロスが多かった割には多くの水を浮遊させられています。使用する魔力をもっと集中させることができれば無駄も減って効率的に魔術を使えるようになりますから、今からその練習をしていきましょうか」
やはり、最初の工程は改善の余地があるようだ。今度は詠唱を行わず、魔力をただ送り出す。そして送り出した先で拡散してしまった魔力を集中させる。これを10回以上繰り返して魔力を集中させる感覚を身につけるように指示を受けた。指示の通り練習を繰り返す。10回繰り返してある程度魔力が拡散しないようになってきた。だが、もっとできるはずだ。送った魔力を欠片も逃さないように中指の先に凝縮させていく。指先に熱が篭るような感覚がある。これはかなり上手くいっているのではないかと思った矢先、アザレアさんが血相を変えて僕の手を掴んだ。
「やり過ぎです!」
指先の熱が痛みに変わった瞬間、集中させていた魔力が強制的に散らされて一部は彼女の方へと流れていった。
「あの、今のは?」
「あらゆる物体には魔力を許容できる限度があります。これは人体も含みます。先程は魔力を集中させ過ぎたせいで血管の魔力許容量を超過していたのです。血管だったから内出血程度で済んでいますが、運悪く骨の辺りに集中させていたら骨折していましたよ?まさかそこまで集中させられるとは思わず反応が遅れた私が悪いのですが」
赤紫に変わった指先を見て彼女はため息を吐いた。そして、掴んだ手に神々しい光を灯らせる。光が収まる頃には指の色は元に戻っていた。
「これで続けられますね。魔力を集中させる感覚は十分に掴めたでしょう。次は最初から集中させたまま手の先に送ってみてください。それができたらもう一度詠唱してみましょう」
3回試して納得ができたので詠唱を試みる。今度は桶の水がほとんど浮き上がった。
「素晴らしい!これほどの逸材が紛れ込んでいたとは!他にも優れた使い手はいくらかいそうですが、このタイプの才能は国内を見てもそれほど多くない。ふふふ、教えがいがありそうだ」
すごいテンションで褒め讃えた後、下を向いてブツブツと何か考え始めてしまった。少し見える表情からは最初の挨拶のときに垣間見えた幼さが色濃く覗いている。
「さぁて、次は三小節です。やってみましょう!」
やたらと高いテンションのアザレアさんに振り回されるまま、魔術講座の残り時間をギリギリまで使っていくつもの魔術を習得することになるのだった。
残念スキル「線を引く」で異世界を生き抜きます @raiha_amf
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