　習った型を一通り復習し終えたところで山田さんが声をかけてきた。

「あの、若宮くん。今少し見てたんですけど──あ、アドバイスみたいなことしてしまっても大丈夫ですか？」

「もちろん。助かるよ」

彼女のことはあまり知らなかったが、先程の動きを見るに間違いなく経験者だろう。ただ自分で振り返るつもりだったのに経験者の指導を受けられるなんて望外の成果だ。

「じゃあ遠慮なく。まず型と型の合間なんですけど力み過ぎです。あれだと次の動作に移るのが遅くなりますしすぐにバテます。これも全体的な問題ですが、切っ先がブレていましたね。腰が引けているのと踏み込みが浅いこと、腕の力に頼り過ぎなのも問題です。次に型ごとに話していくんですけど……」

思った以上に本格的な指導だった。全体に共通する問題のさらに原因は２つあるそうだ。１つは筋力の不足、これは僕も実感していた。そしてもう１つは筋力が不足していることを意識し過ぎていること。精一杯力を発揮しようとして空回り、無駄な力が入っているらしい。

「ありがとう。教えてもらったことを踏まえてもう一度やってみるよ」

なんとなく繰り返していては間違った動きが身についてしまうだけだ。山田さんのアドバイスを意識して再度練習してみる。するとどうだろう、一連の型をなぞっても先程より疲れていない。やはり正しい型を身につけることは重要だ。

「さっきよりはよくなってますね。まだ改善の余地は多いですけど。でも、そうやって練習を繰り返すうちによくなると思います」

「そうだよね。運動は苦手な分頑張らないと。ところで、経験者にしたって山田さんの動きってかなり速いと思うんだけど何年も続けたらそうなるものなの？」

彼女の動きはかなり速い。それでいて真剣であれば人体など容易く両断するだろうと思わせる重みがある。試合ならともかく、練習でこれほどの動きをするものだろうか。一体何年続ければこの領域に至れるのだろう。そう考えていると意外な答えが返ってきた。

「ああ、さっきのは少しズルをしていたんです」

「ズル？」

「ええ、魔力と呼ばれるものを使っていたんです」

「まだ教わってないのに？もしかして元から使えたとか」

「まさか。ただこちらに来てから前にはなかったものを自分のなかに感じたから使ってみただけです」

魔力で体を満たすことで身体能力の強化ができるとは聞いていたが、既にできる人がいたとは。使ってみただけなんて簡単そうに言ってくれる。いや、まさか本当に簡単なのだろうか。

「そうだったんだ。僕にも使い方を教えてもらうことってできるかな」

「ええ、いいですよ。まず心臓の辺りを意識してください。魔力はそこではなく、そこからつながっているどこかから湧き上がっています。次に、湧き上がる力を全身に広げていくんですが、イメージとしては熱の伝導です。心臓辺りから汲み上げるからといって血流のようなイメージを持つと上手くいきません。私はここで躓きました」

魔力は心臓ではなくそこからつながるどこかから湧き上がるもの、つまり魔力の生成は実体のある臓器ではなく非実体の何かしらが行っているということだろうか。虚空につながる穴から力を取り出すところを想像してみる。あった！万人にとってそうなのかはわからないが僕の魔力はどうやら靄のような形をとっているらしい。それを全身に伝導させるイメージ……これが難しい。できているかどうかすらよく分からない。

「すごい！できてますよ！臓器辺りまでですけど」

今日一感情の篭った声だ。クールで大人しいイメージだったけどこういうリアクションもするのか。それにしても何故臓器辺りまでなんて具体的にわかるのだろう。

「あ、私の祝福（構造理解《クリティカル）》っていってモノの構造や強度がわかるんです。それで内臓だけ強度が上がって見えたから、そこまでは魔力が届いているなと」

どうやら疑問が顔に出ていたらしい。こういうところは直していかなくては。

「山田さんの剣術とその祝福があれば怖いものなしだね。そっか、一部とはいえ魔力を届かせることはできてたんだ。ありがとう。こっちも練習続けてみるよ。」

モノの構造を理解する《構造理解（クリティカル）》は使い手の実力に大きく左右される祝福ではあるが、未知の存在である魔物に対してはかなり有効な手札になるだろう。

　翌朝。思い切り体を動かしたおかげかいつもよりよく眠れた。今日は魔導院による魔術講座の日だ。これはかなり楽しみにしていた。祝福がまるで攻撃向きでない僕にとってはメインウエポンになる見込みが高いからだ。朝目が覚めてから今に至るまで魔力で体を満たし続けて、多少魔力の扱いに慣れてきた気がする。これが今日の講座にも活きてくるといいのだが。僕達は今、魔術講座を受けにいくべく昨日と同じ訓練場に向かっている。訓練場を使うということは講座と言いながらも実技を交えて行うのだろう。期待が高まるというものだ。昨日と同じく真っ先に訓練場に着いた僕達は揃って息を飲んだ。宙を舞う色とりどりの光の球、おそらく魔術の産物だろう。それらが自由に動き周り訓練場全体を明るく照らしている。いきなり目に飛び込んできた未知の技術に目を奪われたがそれ以外の変化もあった。訓練場には大学の講義室じみた長机と長椅子、机の上に人数分揃えられた分厚い本が用意されていたのだ。初日だから座学が中心なのかもしれない。僕達より前に訓練場にいたのはただ一人、黒い髪を腰辺りまで伸ばした白ローブの女性。彼女が講師だろうかと考えていると視線に気付いたのかこちらへ近付いてきた。

「どうも、救世主の皆様。私はアザレア・レオンハート。ウォーテイル王国国立魔導院院長です。今回の講座を担当させていただきます。以後お見知りおきを」

淑女然とした所作でローブを裾をつまみ頭を下げる。妖艶さすら感じる容姿だが笑みからはどこか幼さを感じられる。

「あとで全員やるわけですが、貴方達は特別早かったですからねぇ。今のうちに済ませてしまいましょうか」

そういって僕達を一人ずつ凝視する。この場にいるのは朔と上田、白幽羅（つくもゆら）という男子と僕だ。ひととおり見終えた彼女は朔の方を見て口を開く。

「驚きました。貴方は全部ですね」

次に上田を見て。

「貴方は風と雷。いいですね、雷は強力ですよ」

今度は白に。

「うーん、闇ですか。癖はありますが、使いこなせたら素晴らしい戦力になります」

「貴方は水と空間ですね。いい組み合わせですね」

最後は当然僕に。おそらく今のは僕達が使える魔術の属性のことだろう。

「今のって俺らが使える魔術の種類ってことですか」

一応確認しようと思っていたら上田が聞いてくれた。

「ええ、適性のある魔術属性は魔力の質を見ればある程度わかるんですよ。とはいえ私ほど正確に見極められる者はそう多くありませんが」

「魔力の質を見れば、というと他人の魔力を感じとる技術があるんですね？」

これは大事なことだ。今の話からすると対人戦においては戦う前から手札の一部を知られている装丁で動く必要があることになる。対人戦なんてすることになるとは限らないが。

「その通りです。魔力の扱いに慣れて自分の魔力を当たり前に感じ取れるようになったら次は他人の魔力を感じ取れるようになります。さて、他の方々も揃ってきましたから続きはまた後ほどにしましょうか」

見ればぞろぞろと訓練場に人が入ってきていたため、アザレアさんに一礼して席につく。

　そして、魔術講座が始まる。

「これより、魔術講座を開始します。私はウォーテイル王国国立魔導院院長、アザレア・レオンハートです。よろしくお願いします。これからの講座では実践を中心に行っていきますが、まずは知識を身につけていきましょうどんな道具もそうですが知識が無ければ使い手自身を傷つけてしまうものです。と言いましても皆さんに身につけていただくのはほんの50ページ分の知識です。お手元の教本の冒頭50ページほどには魔力と魔術に関する基礎知識が記されています。それ以降の内容はより深い理解が必要になったときにご自分で読まれるとよいでしょう。それでは始めてまいりましょう──」