二日目(2)
今日のところはここで切り上げることにした。無駄に時間を浪費するのもナンセンスだ。
エルが見つけてくれた正規の地下室への入り口は古典的なもので、本棚の一部がダミーになっていてそれを押し込むことで本棚がずれて地下へのハッチが開くタイプだった。なぜか下からの開閉手段も同じように本棚の仕掛けになっているのが少し不思議だった。
一階に上がりさっそく現状修復に取り掛かる。とりあえず粉々になった玄関のドアは掃き捨てて、そっくりなドアを別の家からひっぺがしてはめなおす。景観を大事にする条例がここにきて役に立つとは思わなかった。なにせどこの家も似たようなデザインのドアが──。
「はいストーップだよりっくん!」
「なんだよ。とりあえず玄関は元通りになったし。あとはこのぶち抜いた床をどうするかって流れだったんだが」
「これで元通りってほんとに言ってるのっ? てっきり全部をなかったことにできる魔術とかがあるのかなって思ってたのに。なにこのぶさいくな玄関! こんなの家に帰ってきたら一発だよ一発! なんにも修復できてないよっ」
俺の目には来た時と同じように映っているのだけれど、どうやらエルは違うらしい。同じ眼を通しているから同じように見えているはずなのに。
「まあドアはこれで許してくれよ。問題は床だぜ」
「問題はまず人の家に勝手に入ったところからだよっ」
床では大きめの落とし穴が口を開いている。これは別のところから持ってくるわけにはいかない。なにせ下には地下室があるのだ。ただ床板をはめなおせば済む問題ではなかった。
「仕方ないか……」
手袋に光線が走る。足元でフラッシュのように光がはじけたかと思うと、その大口を開けていた落とし穴は完全に元のフローリングの床になっていた。ドアは鍵をかけた状態で同じように修復した。
「さ。行くぞ。次は人探しだ。それとも昼ご飯のついでに少し名所でも見て回るか?」
「えっ。いいの? 確か繁華街の近くは──って、できるじゃん!」
「何が」
「何がって。元通りに、だよっ! 何ならもともとよりちょっと新しい感じまでするよっ」
「魔術はそんなにほいほい使っていいもんじゃないんだよ」
これは本当。
特に魔術士の根城で使うなんてご法度だ。
魔術を使うとどうしても残渣が残ってしまう。その手の人間──今回は術士だが、が見れば一目瞭然だ。拳銃なんかと同じで、人を攻撃する手段で痕跡が残らないものなんてない。
魔術の使用を渋っていたのはそれが理由の八割だった。残りの二割はエルの反応への好奇心だ。
「それに『好奇』が今もここに住んでいることが分かったんだ。なおさら足跡は残したくない。だろ?」
「むう。それもそうかも……」
結局のところドアも床も破壊された家か、足跡だらけだがいつも通りの家のどちらかだ。二つに大差はない。強いて言うなら突入する時点で俺にもう少しやる気があればまた結果は違ったかもしれない。正直今回も当てが外れるのだろうと乱雑な方法をとってしまった。
謎や不審点はいくつか残ったままだったが一旦持ち帰ることにした。
ちょうどランチの時間だった。
町の中心部。ちょうど三日月の一番へこんでいる部分へ行くと、観光地らしく特産品を強調したフードやドリンクの屋台が道沿いにずらっと並び人垣を作っている。
「ねえ見てよりっくん。あそこカニのピザだって! あ! あっちにはカラフルなジェラートもあるよっ。どれにするか迷っちゃうねっ」
よりどりみどりな屋台の群れには目もくれず、人と人の隙間を縫うように進む。
「えっ。りっくんどこいくの? 屋台はあっちだよ?」
「こういう人が常に多いとこは外れにある店が一番おいしいんだよ」
それは内地での生活で身に着いた知恵の一つだった。
人であふれている街の特徴。飲食店なんかは特に顕著だが、駅や繁華街の中心に近すぎると観光客向けになりすぎてかえって店の質が落ちてしまう。ねらい目は繁華街の一番外側。住宅街との境目に門を構えている店だ。
自炊なんて一度もせずに過ごしてきたからこの経験則には自信があった。
そのまま行くと、人も次第に少なくなり飲食店もまばらになってきた。店先に盛られたトマトの瑞々しい赤色にひかれてその店に決めた。
メニューを開き真っ先に目に入った『本日のおすすめ』を注文する。
「お伺いいたします」
「この『本日のおすすめ』をお願いします」
「私はこの『カニとエビと季節の野菜ぜんぶ盛りパスタ』で!」
「ご注文を確認させていただきます。『本日のおすすめ』がおひとつ……以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
「よろしくないよー」
「かしこまりました。少々お待ちください」
えーん、と机に突っ伏して呻いているが、飲食店に入ればいつでも見られる光景だった。
しばらくして料理がサーブされた。
底の広いパスタ皿にのったオムライスにこれでもかとデミグラスソースがかかっている。スプーンを入れるまで気がつかなかったが、ライスの部分は街を型どったような三日月型で月の欠けた部分は大きなハンバーグが占領していた。
「いいないいな。私もそっちにすれば良かったかな」
そもそもお前の分は始めからない。
しかしいつになくしょげている顔に絆されてつい甘やかしてしまった。
卵とチキンライスにソースを絡めてスプーンですくう。そしてそれをそのままエルのほうにやる。
「えっ! ど、どうしたの急に。いつもはこんなことしてくれないじゃん。そんなことしてたら、ほら。変な人だと思われちゃうよ」
急かすようにスプーンをもっと近づけると、意図に気づいたようでぱくりと一口で平らげた。
当然スプーンの上からは何もなくなっていないし、俺はそれをそのまま口に運んだ。ソースにはトマトがたくさん使われているようで抜けるような酸味が特徴的だった。
「ふふ。とってもおいしいよ。ありがとう。りっくん」
その言葉だけでもうお腹がいっぱいになりそうだった。
百華の魔術師 宮入嫌味 @taitou
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