第5話 初任務

 昨日の夜セットしておいた目覚まし時計が、けたたましく鳴り響く。

 今日は2023年6月2日、時刻は朝8時。

 いまだに昨日起きたことが信じられない。

 夢のようだ。

 ゆっくりと体を起こし、昨晩のことを振り返る。

 部屋に備え付けられているベッドは、これまで寝たどれよりも寝心地が良く、昨日の疲れもすっかり取れている。


 すべての始まりは昨日の深夜。

 いきなりここ、怪奇現象対策班に配属が決まって、早速の初仕事。

 といっても、僕が本当にここで働くことができるかの試験だった。

 なんとか試験に合格し、そのまま歓迎パーティーが開かれ、迎えられる。

 確かその後、事務所の説明を聞いたり、引っ越しの作業をしたりで、疲れて寝てしまったんだっけ。


 そんな感じで、昨日のことを思い出しつつ、身支度を始める。

 鏡を見ると、僕は人間の姿のままだった。

 人間に鬼の姿を見られるわけにはいかないので、絶対に変装術を解かないよう、班長に強く言われていたのだが、寝ている間も大丈夫だったようだ。

 班員のみんなも常に人間の姿を保っていて、人間から見れば彼らが妖怪だとは絶対にわからないだろう。


 僕たち班員の部屋は事務所内にあるので、集合時間の直前に部屋を出れば十分間に合う距離だが、まだ配属されて2日目と言うこともあって、念のため早めに支度をすませる。


 人間の姿での身支度などほとんどしたことがないので、随分と手間取ってしまった。

 特に寝癖がひどい。

 水を軽く付けておけば大丈夫だと聞いていたが、全くそんな様子はなく、頭からシャワーを浴び、ドライヤーで乾かした。

 寝癖のせいで、せっかく早起きしたのに、もう9時前だ。

 クローゼットに入れてあるスーツに着替え、部屋を出る。

 早起きしておいて良かった。

 階段を降り、事務所に向かうと、すでにユキさんと、さとりさんが机を囲んで座っていたので、挨拶をして席に着く。


 「おはようございます」


 「おっはー、ちゃんと起きれてるじゃん。ここのベッドふかふかだったでしょ。じゃあユキさん、そろそろ始めちゃいません?」


 「え、他の人たちは大丈夫なんですか?」


 「田沼さんは任務中、班長とポチは地獄に行ってるからパス、それにわらしさんは多分寝坊だから。ね、ユキさん、始めちゃいましょ!」


 懇願するような視線でユキさんに訴える。


 「そうね、先に始めちゃおうか」


 以前にも何度か寝坊や用事ですっぽかされたことがあるのだろう。

 ユキさんも、特に異を唱えることもなくさとりさんの提案に応じる。


 地図や資料が机に広げられ、今夜の任務についてのミーティングが始まる。






 その夜、僕はさとりさんと任務先の小学校へと赴いた。

 随分と田舎の小学校で、事務所から新幹線で数時間と、かなり距離がある。

 街灯や遠くの民家の明かりが薄く見える他は、月明かりくらいしか頼るものがなく、薄暗くて気味が悪い。

 校舎も100年以上前に建てられたもののようで、校門の前からでも、威圧感を感じる。

 もっとも、建物そのものの風貌にではなく、建物内から感じる物々しい妖気に対してだが。


 「朝話した任務の内容、ちゃんと覚えてる?」


 「さすがに忘れませんよ。ここの児童が立て続けに行方不明になったって言うんで、原因の調査をするんですよね?」


 今日の朝、さとりさんとユキさんを合わせた3人で、任務の概要を確認して、作戦を立てたのだ。

 寝坊したわらしさんには、ユキさんが昼頃に任務の内容を個別に説明したらしい。

 今頃、別の場所で1人で任務に取り掛かっているそうだ。


 「そうそう、学校の調査ね。ちゃんとわかってるじゃん。ユキさん、もう行っちゃってもいいですかー?」


 『そうね。さっさと終わらせちゃいましょ。カキ君も聞こえてる?』


 「はい!聞こえてます!」


 今回は、僕とさとりさんが現地に赴き、ユキさんがインカムを通してバックアップをしてくれる。

 さらに、ここに来る前、武器庫から太刀をいただいた。

 おかげで、今はスーツ姿に右耳にインカム、左腰に太刀を差し、おまけに胸のホルスターには拳銃も備えている。

 拳銃も太刀も、妖怪や霊にも攻撃が通じるように細工がされているようなので、心強い。

 今度、どうやって細工したのか聞いてみようかな。


 『さとりちゃん、近くの気配探ってくれる?』


 「了解です!」


 さとりさんは、人間や妖怪の心が読める。彼女がいる時は、任務の前に必ず周囲の人間の気配や、妖怪の気配を確認するようにしているそうだ。

 ソナーのように周囲を一気にサーチし、対象の心を読むことができると言う優れものだ。


 「近くに人間の気配はなし、妖怪の気配が校舎の中に1匹、多分西側の校舎だと思いますけど校舎内の妖気が強すぎて詳しくは分かんないです......」


『それだけ分かれば十分よ。人がいないなら正面から入っちゃっても大丈夫よね。校庭突っ切っちゃって!』


 「オッケーです!行くよ、カキくん!」


 さとりさんを追いかける形で、僕も校門を抜けて、校庭を突っ切る。

 校舎の鍵は昼にさとりさんが入手してきたそうだ。

 入手と言っても、多分こっそり盗んできたのだろうが。


 「よし、じゃあ入るよ」


 さとりさんがカギを開け、校舎へ踏み込む。

 校舎内は邪悪な妖気で満ちていて、酔ってしまいそうだ。

 おそらく相当の実力を持っている相手だろう。

 行方不明になっている子供たちも、もう無事な状態ではないかもしれない。


 『どう、さとりちゃん?何か気配感じる?』


 インカムからユキさんの声が聞こえる。

 この妖気の中でも通信は正常に行えるようだ。


 「2階の西側に1匹妖怪がいますね。この距離まで近づいてようやくわかりました」


 『2階の一番西なら、多分理科室ね。小学校だからおそらく人体模型が意思を持ったりした類いだと思うけど......校舎中に広がっている大きすぎる妖気も気になるわね。とりあえず理科室に向かってくれる?』


 「「了解です!」」


 僕たちは慎重に理科室へと足を運ぶ。

 2階西の理科室には、西に備え付けられている階段を使えば最短なのだが、西階段は現在改装工事中らしく、立ち入り禁止というテープが張られて封鎖されている。

 無理やり進むことも可能ではあるが、工事機材が散乱している地面を歩くのも危険なため、やむなく東階段を使用した。

 遠回りになるが、仕方ない。

 今回の陣形は、さとりさんが先頭を進み、僕が後ろを守る形だ。

 彼女は誰かが近づいてきたらわかるように、能力を使いながら進んでいる。

 僕と同じく、腰に刀を差していて、いつでも抜けるように手を添えながらゆっくり進む。

 彼女は細身だが、対人戦闘に関しては、エキスパートだ。

 実は、任務前に1戦だけ手合わせしてもらい派手に負けたのだ。





 

  「どこからでもかかってきていいよ~」


 訓練室で、さとりさんは剣を構え、いつもと同じのんびりした口調で僕に言う。

 彼女が思考を読めることは知っているので、おそらく普通に斬りかかるだけでは勝てない。

 とりあえず、フェイントを試してみる。

 右から斬りかかると見せかけて、直前に刀の軌道を変え、左から斬りかかる。

 しかし、彼女は僕が刀の軌道を変えると同時に、刀を構え直し、僕の斬撃は彼女の刀に吸い込まれるようにして、見事に受け流されてしまった。

 何度か試すも、全く同じで、彼女はその場からほとんど動かずに、僕の斬撃を完璧に受け流していた。

 これでは彼女にダメージを与えるどころか、動き回っている僕の方が先に疲れてしまいそうだ。


 「もー、考えてることバレバレだよ?もっと別の方法で来ないと」

 

 言われなくてもわかっている。

 僕の作戦が全て筒抜けになっている状態で戦いを挑んでいるのだ。

 普通にしているのでは勝てるはずがない。

 かと言って、作戦もなしに斬りかかると言うのは無理だ。

 何も考えまいとしても、頭のどこかでは、絶対にどこに斬りかかるかのイメージをしてしまう。


 「それじゃあ、次は私から行くよ?」


 そう言うなり距離を詰めて、斬りかかってくる。

 試験の時のわらしさんまでとはいかなくとも、集中していなければ防ぐ間もなく、体を両断されてしまうくらいのスピードだ。

 ヤマ勘で彼女が斬りかかるであろう場所に即座に刀を構える。

 そして、偶然にも彼女の斬撃を受け止めることができた。

 

 「え?」


 斬撃を受け止められた彼女は、驚きの声をあげ、即座に僕と距離を取る。


 「絶対勝ったと思ったのに」


 「偶然ですよ」 


 本当に偶然だ。先ほどの防御はヤマ勘でしかない。

 おそらく、頭で深く考えず、ただ手を動かした結果、僕がどこを防御するのか読めなかったのだろう。

 だが、おそらく次はない。

 次に斬りかかられたら、確実に負けるだろう。


 「次は僕から行きますよ」


 もう作戦なんぞ考えていられない。

 彼女に斬りかかる隙を与えないためにも、僕が攻撃するしかない。

 今まで、彼女が僕の攻撃にしてきた対処は、受け流しだけだ。

 細身の彼女のことだ、受け流せる攻撃量にも限度があるだろう。

 可能な限り頭を空っぽにし、全力の一撃を振るうべく、距離を詰める。

 刀を握る手に力を込め、思いっきり刀を振るう。

 さとりさんは既に、僕の攻撃を受け流す構えをしているが関係ない。

 最大威力で、斬る。


 が、そう上手くはいかなかった。

 刀身が彼女の刃に当たる直前、彼女の姿が僕の視界から消え、次の瞬間、僕の体は宙を舞っていた。


 「私の勝ちだね」


 仰向けに転がる僕を、笑顔で見下ろす。

 足に静かな痛みを感じる。

 どうやら気付かぬ間に足を払われ、派手に転んでしまったようだ。

 完敗だ。

 相手の考えが読めると言うのはこんなに厄介なのか。

 もちろん、剣術の熟練度は僕より遥かに高いのだが、それを考慮しても、ここまで手も足も出ないとは思っていなかった。






 こんなに力強い先輩が先頭を歩いてくれるのだ。

 緊張こそしているものの、正直少し安心すらしている。

 僕が任務に同行することで足手まといになっていないか心配にすらなってしまった。


 「校舎に広がっている妖気、ものすごい濃さですね」


 1階の廊下を進みながらさとりさんに話しかける。


 「これだけ強いのは久しぶりだよ。大丈夫?酔ってない?」


 「なんとか大丈夫です」


 「これだけ濃いと、私の能力も鈍っちゃうからね、後ろの安全は任せたよ」

 

 「わかりました」


 やっと階段にたどり着き、2階へ上がる。

 ほんの数分しか経っていないのだろうが、緊張のせいか何時間にも思えた。

 音を立てないよう、気配を殺して理科室へと足を進める。


 「止まって」


 ふいに、さとりさんが止まれのハンドサインを掲げる。


 「ちょっと待ってね。ここからなら理科室にいる妖怪の心、読めそうだから」


 そう言って、さとりさんは心を読み始める。

 ここまで近づかねば完璧に心を読めないほど、校舎内に満ちる容器は濃い。

 

 「おかしい」


 『どうしたの、さとりちゃん?』


 「理科室の妖怪から悪意が感じられないんです。むしろ悲しんでいるみたいで」


 「悪意がないってことは、行方不明事件の元凶は別にいるっていうことですか?」


 さとりさんが感知している妖怪の気配はこの1匹だけだ。

 それが元凶じゃないとすると、一体何が......


 『とりあえず、その妖怪に会ってみましょ。話を聞かせてくれるかもしれないし。2人共、警戒は怠らないでね』


 「「了解です」」


 恐る恐る理科室の扉を開け、中に入る。

 暗闇になれ、尚且つ月明かりもかすかに入り込んでいるので、電気をつける必要はない。

 むしろ、電気のせいで周りの人間に僕たちの存在がバレることの方が問題だ。


 「ねえ、誰かそこにいるんでしょ?」


 さとりさんが話しかける。


 「私たちも妖怪なんだ。ここの強い妖気が気になって来てみたんだけど、お話聞かせてくれない?」


 こういうのは、相手の心を読み、相手に応じて態度や発言内容を考えられる分、さとりさんが適任だ。


 さとりさんの発言に応じてか、部屋の奥からカランコロンと音が迫ってくる。

 姿を現したそれは、骨格模型だった。


 「えっ?」


 突然、さとりさんが拍子の抜けた声を出す。


 『どうしたの?さとりちゃん?』


 「彼から妖気がほとんど出てないんです。校舎中の妖気はこの骨格模型が出したものじゃないってことですよ!」


 さとりさんが焦った口調で答える。

 確かに、目の前にいる骨格模型からは強い妖気が出ていない。

 一般的な妖怪と同じ、むしろ少ないくらいだ。

 だとしたら校舎に満ちているこの妖気は誰が......?

 さとりさんが感知できていない妖怪がまだ校舎内に潜んでいるというのか?

 周囲の警戒を呼びかけようと彼女に声をかけようとするが、


 「花子さんを助けてください!!」


 骨格模型の声に遮られた。


 「花子さん?花子さんってトイレの花子さんのことだよね?何かあったの?」


 トイレの花子さんは、学校の怪談の1つとして古くから伝わっている。

 昔は各学校に1人はいたものだが、現在では、基本的に年季のある田舎の小学校にしか出没せず、日本全国合わせても100人にも及ばない程度である。

 伝承とは異なり、基本的に無害な妖怪で、怪奇現象対策班に協力してくれる友好的な妖怪らしい。

 

 周囲の安全を確認した後、骨格模型から話を聞く。


 「以前は僕たち、よく2人で遊んでたんです。あまり近くに妖怪もいなくて、友達がいないもの同士だったので。でも、いきなり凶暴になっちゃって」


 「なるほどね。いつから花子さん変わっちゃったの?」


 「ひと月前くらいからです。花子さんのところに遊びに行っても返事してくれなくなって。トイレに入った子供たちに襲いかかったりして......」


 「うーん。ユキさん、どう思います?」


 『いろいろとおかしいところはあるわね。温厚な花子さんがいきなり凶暴化するなんてありえないし、仮にそうなったとしても校舎に満ちる程の妖気は出せないはず』


 妖怪が突然凶暴化するというのは、ありえないというわけではないが、よほどのトリガーがない限り起こらない。

 元が温厚な妖怪なら尚更だ。

 さらに、今この小学校に満ちている妖気の濃さは、通常の妖怪の比ではない。


 『一度花子さんのところに行ってみるしかなさそうね』


 僕もユキさんの案に賛成だ。

 一度会ってみないことには真偽の確かめようがない。

 さとりさんもその考えらしく、顔を見合わせて頷き合う。


 「わかった。じゃあ私たちが花子さんのところに行ってみるよ。普段はどこのトイレにいるの?」


 「3階のトイレです。図工室の横の」


 「わかった。君は危ないだろうからここで待っててね」


 「わかりました」


 骨格模型に見送られ、理科室を出る。

 目指すは3階、女子トイレ。

 そこに今回の行方不明事件の元凶とされる花子さんがいるはずだ。

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怪奇現象対策班 いしるべーた @ishirube_ta

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