最終話 価値

俺が生きていた頃、星はこんなにも美しく見えていただろうか。霊となった今、五感のようなものがとても鋭くなっている気がする。いや、果たしてそれだけが原因だろうか。

「おい、玲くん、探したよ」

 今まで誰もいなかった横にいつの間にかアルスがいた。

「灯台下暗し。学校の屋上で何をしているの」

「別に、何も」

 今夜の月はとても白く綺麗に光っていた。

「お前の力が弱かったから、宮くん、下痢だけですんだけど、もう少し強く殴っていたら……」

「いいよ、どうでも。俺はあいつの事なんかどうでもええ」

 そう、宮は所詮他人だ。どうでもいい。ただ、現世に戻ってきてから問題という問題を解決していない気がする。今天界に戻っても何の意味もないだろう。

「玲くん、前にも言ったと思うけど、霊になったら人間時代の記憶はなくなるの」

「それがどうした」

「……やっぱり良い。今の君に何を言ったとしても受け流されそうだし」

 それにしても、星とっても美しいな。……静かだ。星に向けていた目を横にいたアルスの方へ移すと、彼は目を細めて上を仰いでいた。

「ふーん、天界から情報が入ってきた。お前生き返るぞ」

「え、俺? え? もう死んでいるのに? 赤子になって?」

「いや、そっちじゃなくて。お前まだ死んでなかったの」

 どういう事? ねぇ、おえし##&$

 次に目を開くと、白い天井が見えた。感じた事が無い空気感が広がっていた。

「玲」

 左の方から声が聞こえた。ゆっくり振り向くとそこには宮が立っていた。

「宮……」

「お前、お前……遅いぞ、起きるの」

 宮はそう吐き捨てるように、それでいて嬉しそうに言い、ボタンを押した。

「玲君!」

 数分後、白い白衣をきたおじさんがドアを豪快にあけ部屋に入ってきた。

「目覚めたのか! 良かった」

 起きて、しばらくは頭がボーとして混乱していたが、だんだん状況が掴めてきた。俺は事故にあってから昏睡状態になり病院で寝ていたんだ。そして今意識を取り戻した。そんな感じだろう。

「本当に目覚めてよかった。まぁ、しばらくはリハビリ頑張れよ。俺も毎日ここ通うから」

「宮くんはね、あなたが車に跳ねられここに入院してから毎日通ってくれたんだよ」

 宮が横で控えめに微笑んでいた。こいつ、ほんとは良いやつなのかな。

 宮から、現在の学校の事や、今までの俺がどんな様子だったかを事細かく教えてくれた。一時間後、宮が帰って、病室で一人になった。

 少し不思議に思っている事があって、俺は今、霊になっていたあの頃の記憶は残っているが、赤子となってから車に轢かれるまでの記憶がなかった。その旨を医者に伝えると、医者は、頭を強く打った後遺症と説明した。しかし、俺はまだ納得しきれていない。

「元気ですか、玲くん」

 一人になったかと思えば、アルスが姿を現した。俺の意識がまだ現実世界に完全に戻ったわけではない事は感じていた。まだあっちの世界に意識が残っているから、まだアルスと話す事ができるのだろう。

「なあアルス、俺このまま人生やり直すの」

「やり直すんじゃない。やり続けるんだ」

「でも、俺、ほんとにこの肉体を通して生活していた記憶が無いんだ」

「医者もさっき言っていただろう。ただの記憶障害だ」

 宮とどんな事をして遊んだり、宮とどんな事で話をして盛り上がったり、はたまたどこまで許されてどこから許されないのかの基準も全く分からない。そんな状態で俺の人生をコンテニューしろって言ってんのか。

「玲くん、気持ちは分かる。でも、きみにはこの世でやり残した事があるはずだ」

「話聞いていた? 何もかも覚えていないんだよ」

 イラついてきて声を荒げた。が、アルスの姿はいつの間にか雲散霧消していた。

 

「玲やったじゃん、退院おめでとう」

 一ヶ月間のリハビリを終え、久しぶりに病院の外に足を踏んだ。外の夕陽はとても真っ赤で綺麗で、空気も澄んでおり気持ち良かった。横には宮も一緒にいた。

 宮は、病院を出た後も俺の家まで一緒についていくと言ってくれた。とても優しい男だというのはこの一ヶ月間で分かった。しかし、俺は一つ引っ掛かっている事がある。俺が霊だった時に聞いた宮の発言の事だ。

「ねえ、宮、何で俺に対してそんなに優しくしてくれるの?」

「当たり前だろ。お前が俺の友達だからだ」

「そうだけど……いや、そうじゃなくて!」

 俺の語気の強さに宮は少したじろいだ。自分でもなんでこんなに熱くなっているのか分からなかった。

「俺さ、勉強もスポーツもからきし駄目でさ、人見知りでいつも暗いオーラ放って……」

 って俺今何を言っているんだ? 脳で考えている事じゃない。脊髄が勝手に俺の口へ司令を出している。やばい止まら……。

「それで宮は俺なんかと間反対の人間じゃん。学力学年一位、部活動ではキャプテン、おまけにクラスの中心人物」

「おい、玲、どうしちゃ……」

「うるさい。なんで何の価値もない俺とつるむの。なんで駄目人間に優しくする?」

 やばい、口が止まらない。次々と言葉が……。

 宮は両手で俺の口を覆った。

「それ以上言うな」

 俺と玲の間に数分間の沈黙ができた。こんなに状況はシリアスなのに、夕日は雅やかだ。

「お前、相変わらず、価値っていう言葉、好きだな」

俺は価値という言葉が好きだったのか……いや、違う、その逆だ。俺は価値という言葉が嫌いだった。小学生や中学生の時には気を止めなかったけど、高校生にもなってくると他人と比較して自分の存在価値について考えてしまう。自分は社会においてどれくらい「価値」がある男なのか。でも、俺は勉強もできないしスポーツもできない。それに加えて隠キャ。俺に存在価値なんかミリもなかった。だからこそ、宮の事は前から気に入らなかった。人目見ただけで嫌気がさした。宮が自分とは違って価値の塊のような存在だったから、彼が俺のそばにいる限り、「価値」という言葉を考えざるを得なかった。

そして、俺はずっと疑問に思っていた。

「なんで価値の塊みたいなお前が俺のそばに近寄ってくるの?」

宮ははぁーと息をはいて、俺の目を一直線に見た。宮の目に揺るぎはみじんも無かった。

「お前と一緒にいるとさ、変に気つかわなくて良いっていうか、自然体でいられるっていうか。学校ってさ、ちょっとキャラ作っちゃうじゃん」

「キャラ?」

「そう、キャラ。お前みたいに俺の一部分を見ただけで価値あるとか言い出して……そんな事言われたら、卒業するまでその優等生キャラを突き通さないといけないの。自分の黒い部分を他人には絶対に見せちゃいけないって。素でいられないわけ」

 「……」

何も言い返せない。俺は、こいつはストレスなく成功人生を謳歌しているのかと思っていたが、本当はそうじゃなかった。


  お前と一緒にいるとさ、変に気つかわなくて良いっていうか、自然体でいられるっていうか。


 信号の赤色が夕日と保護色になっていた。

 ププー

 車がすごいスピードで横から走ってきていた。距離は遠いけど高速道路でも出してはいけない速さを感じた。

 あ

 信号が赤なのにも関わらず、宮は下をうつむぎながら横断歩道を渡っていた。

 やばい、車が来ている。宮を助けないと! いや、声が出ない……前の事故の恐怖からか。

 まだ車は離れている。今だったら宮を助ける事が、肩を少し押してあげれば……。

 やめろ

 足を一歩出そうとした時、誰かがそれを阻止するように俺を後ろへ引っ張っていた。後ろを見るとアルスがいた。

「早まるな、お前この距離と車のスピードじゃ、間に合わないぞ」

「でも、宮が死ぬのは」

「宮くんとの関係、何も覚えていないんだろ。なんで他人のために命を張るのか」

 いや、宮との関係は全部思い出した。それに本能が、助けろと震えている。本能が、こいつが事切れている姿を見たくないと叫んでいる。

「お前は数少ない善人だ。そして、価値のある人間だ。将来IT企業の社長になっているぞ」

 俺の進もうとしていた足が止まっていた。

「それ、本当?」

「ああ、本当だ。なんなら今証拠の資料を見せる事だってできるぞ」

 もう車はすぐそこまで来ている。今から走っても絶対間に合わない。

 そうか……



  お前と一緒にいるとさ、変に気つかわなくて良いっていうか、自然体でいられるっていうか。



 俺は交差点を、車が来ている方へ斜め前に出た。そして、体重をできるだけ車の方にかけた。

 次の瞬間、勢いおいよくふっとばされるのを感じた。意識はあったけど、全身が痛い。

「玲!」

 少しだけ、宮の声とアルスの声が重なって聞こえた。よかった、宮なんとかあの後、車を避ける事ができたんだ。

「玲」

 大丈夫、まだ生きている、けど眠くなってきた……いや、だめだ、まだ耐えろ。宮の言わんとしていることが聞けなくなる。

「何で、また」

 冷徹な声だ。一回目の記憶と同じ声だ。記憶……確かに、前にもこんな経験した事があったかもしれない。

 宮の顔が見えないが、啜り泣きが聞こえてくる。

「何でまた事故に合うの! 何でまた俺を助けたの! 何でまた……死ぬの」

 あの冷徹な声が少し震えて聞こえた。俺は、その声が聞けて安心感が芽生えてきた。

 救急車のサイレンの音が聞こえてきた。百十九番通報を俺が跳ねられた直後にしたのか。宮はやっぱり優秀だ。まだ生きているべきだ。価値ある……いや……。

 

 

 

「おーい」

 いつの間にか異空間……というよりかは、天界? に来ていた。そして、アルスは不機嫌な顔でこっちを見ていた。

「久しぶり」

「おう久しぶり、って言うかアホ。何でまたこっちにきてんねん」

 やっぱり死んじゃったか。

「頭を打ったのは今回が二回目、傷も完全にはなおりきっていなかったし、お前、今回は確実にお陀仏だな」

 そうだな、でもこの選択は正しかったと思うな。

「玲くん、価値ある人間になりたかったんじゃないの。あのまま宮くんを見捨てていたら社長になれていたのに」

 価値ある人間か、でも価値ある人間って結局どんな人なのかな、って思ったんだよね。世間的に成功している人? お金をたくさん持っている人? 人のために良いことをたくさんしている人?

「なんかさ、アルスから将来社長になるって言われてから、そうやって価値ある人の定義を考えていたんだけど、なかなか腑に落ちなくてさ。それに」

「それに?」

 宮と喧嘩気味になっていたあの会話が走馬灯のように頭に流れる。

「宮から、俺には気をつかわないでいいから楽って言われた時、結構嬉しかったんだよね。宮にとっては、俺は価値のある人間だって言ってもらえたみたいだった」

「考えすぎだよ、全く……」

 アルスはとっても呆れた顔で、でも少し微笑んでいた。

「ねえ、アルス。あんた案内役人でしょ。だったら、次は天国を案内してくれない?」

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人と霊 春本 快楓 @Kaikai-novel

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