文字を書く。

曇空 鈍縒

第1話

「こういう、書くことを大切にできる道具を君たちには使って欲しい」


 中学を卒業する時、定年退職する文芸部の林先生から一本の万年筆を受け取った。


 一本千円弱の万年筆は、文房具屋でボールペンを包んでいるような安っぽいプラスチックのケースに収められていてやや窮屈そうだった。


 白いペン軸の先端に突き出たスマートな銀色のペン先がクールだったけど、握りやすく太めに作られたペン軸はどこかもっさりした雰囲気がある。


 キャップは淡い紫色で、白く可愛らしい字体でブランド名らしき英語が書かれていた。


 家に帰った私は、俺はスマホを取り出して万年筆の使い方を調べる。


 私のものになったこの万年筆はカートリッジ式と呼ばれる物で、インクカートリッジを取り替えることで使用するものらしい。


 万年筆といえばインク壺という偏見を持っていた私には、少し新鮮だった。


 私は動画投稿サイトにあった文房具屋の動画を眺めながら、カートリッジインクを差し込む。だが、なかなかうまく入らない。


 しばらく悪戦苦闘した結果、思ったより力を入れる必要があることにようやく気付いた。


 私はカートリッジインクを入れ、ペン先をノートに置く。


 今度は書けない。


 またしばらく悪戦苦闘したりネットで調べた結果、万年筆には書ける向きと書けない向きがあることを知った。


 今度こそ正しい向きでノートにペンを置く。ブルーブラックの線が、スタンドライトの灯に照らされてぬらぬらと光った。


 すーと柔らかな音を立てて、万年筆はノートにインクを落としていく。


 抵抗はほとんど感じないが、インクはボールペンのように均一じゃなくて、時々濃くなったり薄くなったりした。


 しばらくするとインクの濃さも安定してきて、指先に心地よい書き心地を感じる。


 私はしばらくの間、無秩序かつ無意味な線と文字の組み合わせをノートに描きつつ、万年筆という道具を楽しんだ。


 書くことを大切にできる道具という先生の言葉は、確かだ。


 使用者の便利に対して最適化され、ただインクを吐き出すだけのボールペンや鉛筆、シャープペンシルで、この心地良さは感じることができない。


 もちろん、画面を撫でるだけのスマホでも。


 私は万年筆を置いて、キャップを閉じる。ふつりと、何かが途切れるような音が聞こえた気がした。


 キャップを閉じた万年筆は、ただの筒だ。


 やや太い、握り心地が良さそうな樹脂の棒。それ以上でもそれ以下でもない。


 途端に私は、今までの行為がただノートを無駄にしただけの何の意味もない作業のように感じてきた。


 いくら書き心地が良くても、万年筆は所詮道具の域を出ない。


 むしろインクすら均一に出ず、ボールペンやシャープペンシルより使いにくく、その上普通の文房具より高価な万年筆は、道具としては完全に欠陥品だ。


 そもそも、字を書くならスマホで事足りる。


 馬鹿馬鹿しい。


 私は万年筆を引き出しのすみに横たえて、席を立った。



 


 


 




 

 

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