第9話 矢萩善明の少年時代—「子供料金」作戦の行く末

『低身長男同盟』の創生期からの古参メンバーで、随一の身長を誇る矢萩善明(159.7㎝)は子供の頃から並外れて小さかった。

身長の低さは周りの子供たちと比べても一目瞭然で、いつも一学年どころか二学年くらい下に見られていた。

そんな彼の外見は、しばしば誤解を招き、中学校に入ってからも、三年間卒業するまで小学生だと思われ続けるほどだったのだ。


しかし、矢萩はこの状況をただ受け入れるだけの少年ではなかった。

むしろ、それを悪用するというずる賢さを早くから身に付けていた。

彼が目をつけたのは「子供料金」の存在。

映画館や遊園地、電車の運賃に至るまで、彼はその小さな体と幼い顔つきをフル活用し、ずっと子供料金で通っていたのだ。


映画館では、大人が観るような渋い映画にも挑戦。

例えば、気候変動をテーマにしたディザスタームービー「デイアフタートゥモロー」を観たときのこと。

普通の小学生ならその内容に興味を示すどころか、怖がってしまうだろう。

しかし、実は中学生の矢萩はそんな映画を平気で、しかも一人で観に行っていた。

もちろん、いつも通り子供料金で。


映画館の受付で、彼が差し出すお金に対して疑問を抱く従業員はほとんどいなかった。

「小学生が一人で来るには渋すぎる映画じゃないか」と思いつつも、彼の小学生サイズの体がそれをカバーしていたのだ。

矢萩は内心ほくそ笑みながら、誰にも見抜かれることなく子供料金で映画を楽しんでいた。


だが、そんな彼にも転機が訪れる。

高校に入学してからも矢萩は子供料金作戦を続けようとしていた。

彼の背丈は高校生としてはまだまだ小さかったが、それでも小学生時代から20センチは成長して150㎝に届きそうになっていた。

それにもかかわらず、矢萩はこれまでと同じように、電車に乗る際に子供料金で通ろうとしたのだ。


その日、彼は何食わぬ顔で中学時代と同じく駅の改札で子供料金の切符を買い、無事に改札を通過しようとした。

ところが、いつもなら何も言わない駅員が、矢萩の姿に不審を抱く。

背中を向けて改札を通過しようとする彼に、「ちょっと待て」と声をかけたのだ。


駅員は矢萩をじっと見つめ、「お前、本当に小学生か?」と問いただした。

矢萩は平然とした顔で「そうです」と答えたが、その日だけは駅員の目を欺くことができなかった。

駅員は彼の肩を掴み、駅員室へと連れて行った。


駅員室に入ると、矢萩は少しだけ不安を感じた。

すぐに開放されるだろうと楽観的に考えていた彼だったが、今回は違った。

駅員は鋭い目つきで矢萩を見下ろし、「お前、本当に小学生か?」と再び問いただした。


矢萩は瞬時に顔が青ざめる。

高校生になったばかりの彼には、どう言い逃れをするか瞬時に思い浮かばない。

息を飲み、どうすればいいか頭をフル回転させたが、言葉に詰まる。


その時、駅員が一歩踏み込んで尋ねた。


「どこの中学校だ!」

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1センチに命を削る男たち~嫉妬と侮蔑が交差するアンダー160センチ低身長男の集いで繰り広げられる男たちの激闘~ 44年の童貞地獄 @komaetarou

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