第8話 大団円
しかし、犬飼佐和子は、警察が捜査する中で、あまり悪いウワサを聞くわけではなかった。
「介護センターの上司、同僚、さらに、実際に介護を受けたことのある人に訊ねる限りは、変な話はありませんね」
ということであった。
「だけど、実際に、横山惟子が事故にあってから、犬飼佐和子の姿を見ていないというのは、おかしなことですよね?」
と一人の刑事は言った。
「そうなんだよ。実際に竹下巡査も、一種のことだったという話ではあるが、彼も、被害者以外は誰もいなかったといってるんだよ、そのあたりがどうにも納得のいかないところだよね? それに、何も後ろめたいところがなければ、特に自分が介護している人がなくなったということを分かっているのだから、出てきて普通だよな」
と、吉塚刑事が言った。
「まさか、介護センターぐるみで何かあるんじゃないでしょうかね?」
ともう一人の刑事が言い出したが、
「滅多なことをいうもんじゃない」
と、吉塚刑事は、諭したが、言いながら、
「それも一理あるんだよな」
と、もう一人の刑事にいわれるまでもなく、気にしていたのだ。
そもそも、自分の担当である相手が、
「事故で亡くなった」
ということは当然、センターから聞かされているはずだ。
まさかセンターから、
「今お前が出てくると、ややこしいことになる」
などといって、出てくるのを、止めていたというわけでもあるまい。
そんなことを、吉塚刑事が考えていたが、彼は、
「もう一度、現場に行ってみるか?」
ということで、今回は、
「竹下巡査を伴って、やってくることにした。
二人は、踏切に止まっていた時の状況を再現してみようというわけだ。
とはいえ、同じ時間で同じようにやると、交通妨害にもなる。
それに、これは単独での捜査になるので、もちろん、
「警察の国家権力」
というものを振りかざすことはできない。
そんな状態だったので、
「今回は、しょうがない。できるところまでやってみよう。もし、一般市民に迷惑を掛けることになるようだったら、この検証は、即座に中止する」
ということになったのだ。
これには、大橋巡査は連れてくることはできないし、もう一人の刑事も使うことはできない。
ただでさえ、捜査方針を曲げてのことなので、自分たちの独断だったのだ。
この話は、ほとんど、
「事件」
として捜査される。
一番の理由は、やはり、
「横山惟子」
という女性が、行方不明になっていて、姿を現さないということからだった。
それを考えると、
「横山惟子って、本当に生きてるのか?」
という妄想すら抱いていた。
それは、皆。
「俺だけが抱いている妄想だ」
と思っているようだが、実際には、自分だけでなく、皆同じことを考えているようだった。
それをウスウス感じているのは、吉塚刑事だけのようだった。
そんなことを考えていると、吉塚刑事の予感が的中した。最初は誰の死体なのか分からなかった。何しろ顔を潰されていて、誰なのか、まったく分からなったからだ、
「いわゆる顔のない死体」
だったのだ。
しかし、
「おかしいよな:
と吉塚刑事が言いだした。
「何がですか?」
と同僚刑事がいうので、
「だって、この死体は故意に、顔を傷つけられている」
というので。
「それがどうかしたんでsか?」
「だって、今の時代であれば、DNA鑑定で、ある程度容易に、死体を特定することができる。特に捜索願が出ているのを探せば分かりそうなものだからね。これじゃあ、まるで、死体が発見されて、身元がバレるのはいいのだが、それまでの何か時間稼ぎにしか見えないじゃないか?」
と吉塚刑事はいうのだ。
この吉塚刑事の勘が当たっていた。この死体の身元は、
「十中八九、犬飼佐和子に違いない」
ということであった。
そして、もっと不思議なこととして、分かったことがあった。
「えっ、そんなバカな」
と同僚刑事は、驚いていたが、それを聞いた吉塚刑事と、竹下巡査は、さほど驚いていない。
どちらかというと、心の中で、
「やはりな」
と答えているかのように思えるのだった。
「わかっていたんですか?」
と同僚が聞くので、
「そういうこともあるかと、思っていたのさ。犬飼さんは、たぶん、殺されたんだろうね?」
と、吉塚刑事は言った。
「どうして、そう思うんですか?」
と聞かれたので、
「聞き込みをしていく中で、横山惟子の主治医に聞くと、彼女は、双極性障害と一緒に、幻聴、幻覚を見るというような病気を持っていると聞いたんだ。そこで、この事件を、最初から、横山惟子が、自殺だったんじゃないかと思ったんだよ。見るからにそうだったわけだろう?」
という。
それを聞いて、同僚は頷いているが、
「でも、何か死にたいという理由でもあったんですかね?」
ということを聞くと、
「そこなんだ、双極性障害の人で、鬱状態から、躁状態になりかかる時、自殺を主に考えるらしい。というのも、鬱状態と躁状態の混合状態があるということなんだけど、その状態のために、まず、鬱状態の苦しみが残ったまま、躁状態における、今なら何でもできるという思いとが、混同するんだよ。だから、一番自殺を考えているとすれば、初動的に死を選ぶということになるのさ」
というではないか。
「じゃあ、彼女は何か、自殺を決意するだけの何かがあったと?」
「そうだね、彼女は、この時期に自殺を最初から考えていたんだろうね。だから、死体も同じ時期に発見されるということを見越して、顔をめちゃめちゃに潰して、一定の時間稼ぎをしたんじゃないかな?」
と吉漬け刑事はいう。
「じゃあ、どうして、こういうことになったんですか?」
と同僚が聞くが、
「理由はいろいろあるだろうね。何かちょっとしたことでの言い争いなのかも知れないし、ひょっとすると、介護士が、苛立って、何か横山惟子を怒らせるようなことを言ったのかも知れない。ちょっとした喧嘩が、このようなことになったかも知れないな、特に会議氏は、相手が患者だと思って、どうしても、油断してしまうだろうし、同情もするだろうからね」
という。
「でも、病気なのに、惟子はそこまでよく考え付きましたね」
と同僚がいうと、
「病気だからさ。彼女の場合は、主治医がいうのは、時々我に返ることがあって、そうなった時、他の人には想像もつかないほどの何かができることがある」
というのだ。
吉塚は続ける。
「だから、その瞬間は、必死になって何かを考えるんだけど、その集中力はすごいもので、一旦考え始めると結論が出るまで、考え続ける。相当に疲れるらしく、そのために、しばらく記憶喪失になるともいう。惟子の場合は、精神疾患があるので、記憶喪失くらいは、まわりの人は、病気の一環として、怪しむことはない。だけど、、その時、惟子の中では、天才的な発想を持っていて、死体を始末したのだが、どうせ発見されるのは分かっているということと、自分の罪への呵責とが、交差することで、結局、どうすることもできず、死体の発見の時間稼ぎくらいを考えていたのだろう」
という。
「じゃあ、惟子は何もかも覚悟の上で?」
と同僚が聞くので、
「もちろん、当時者のすべてが、死んでしまっているので、証拠はないので、想像の域を出ないけど、そういうことなんだろうと思う」
と、吉塚は言った。
「今回の事件の問題は、すべてを、惟子一人でやったということだろうね? 双極性障害というものに、そこまで力があるとは、どうしても思えないんだけどね」
といって、顔を竹下巡査に向けた。
竹下巡査は、
「何もかも見透かされた」
と感じた。
そう、この事件は一人では、到底できることではない、誰かの助けが必要だ。
その助けをしてくれたのが、何と、
「竹下巡査」
だったのだ。
そのことも、吉塚刑事は、ウスウス分かっていた。
分かっていて、敢えて指摘をしないのは、
「武士の情け」
というべきか。
「敵に討たれるくらいなら、潔く、腹を斬って自害する」
というのが、一種の
「武士の情け」
というものだ。
だから、吉塚刑事は、
「竹下巡査がいかに自分でケリをつけるか?」
と考えていたので、結論を急がなかった。
ジワリジワリと竹下巡査を追い詰めていき、却ってこっちの方がむごいというところなのだろうが、それも、吉塚刑事の思惑通りであった。
結論づけた、竹下巡査の、
「身の振り方」
というのは、
「自害だった」
その内容は、殺された犬飼佐和子の部屋を捜索した時に見つかった、
「遺書」
であった。
これは、横山惟子の遺書であり、その封筒の中には一緒に、竹下巡査のものもあった。
竹下巡査は、単純に、惟子に同情したようだ。
最初は警ら中に、惟子が佐和子を殺してしまうところを見たからで、それこそ、
「自首しよう」
というのだったが、惟子は頑なに拒んだ。
「自分は自分で始末する」
という。
そして、竹下巡査が、彼女に協力することになった決定的な言葉があったのだが、その言葉というのが、
「私のような人間は生きる価値なんかないのよ。潔く死を選ぶしかないの。だから、自首はしない、私を気の毒だと思うのなら、最後に私の腹を自分で斬らせて」
ということだった。
竹下巡査は、その役を仰せつかったころで、自殺の現場を目撃したことが、惟子の計画だったが、それは、吉塚刑事によって、見破られたのだった。
竹下巡査を逮捕し、取り調べに同行したのは、誰でもない、
「刑事に昇進した、大橋巡査」
だったのである。
( 完 )
生きていてはいけない存在 森本 晃次 @kakku
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