第2話 落ちこぼれの一歩

新品の制服を着て、鞄を背負い、私は自室の扉を開き小走りで外に飛び出した。


「管理人さん、おはようございます!」


「ルリーナちゃんは今日から学校かい?」


「はい!」


「入学初日頑張ってね!いってらっしゃい!」


「いってきます!」


寮の管理人のマーシーさんに手を振り寮から学校へ向かう。


"ジント魔術学院"この魔術都市ジントにおける最高学術機関、毎年多くの優秀な魔術師を輩出していて現在の"色彩の10席"「金」「青」「紫」"色彩の10席"中3名がこの学院の出身ということもあって魔術師を目指す者なら憧れずにはいられない場所。


そんな、学院に私は入学することができた。


唯一の家族である姉を戦争で失い、私に残されたのは姉から教わった魔術思い出だけ。私は姉との思い出に縋るように魔術を死物狂いで勉強したけど、私には姉のような才能は無かった。魔術を知れば知るほど姉と自分の差に絶望した。


でも、私は諦めきれず姉が通っていたこの学院を受験した。不合格になることは知っていた、自分の力量不足も理解していた。


入学試験では実技で盛大に失敗し、不合格になると思っていたけど、ロイ先生のおかげで私はここに入学できた。


先生には感謝してもしきれない。私に未来をくれた先生に次は私が恩を返さなきゃ。


校門の前まで来ると純白の巨大な校舎が顔を見せた。校門の前で肺いっぱいに深呼吸をする「よし!」と私は魔術学院に足を踏み入れた。


「晴天広がるこの良き日に未来の優秀な魔術師達を迎えられたことを心から嬉しく思う。僕はアルファ・デウス、この学院の理事長で"色彩の金色"だ。君たちはこれからこの学院で多くのことを学び、思考し、技術を高めることだろう。その中で友との友情を育み、より良い学院生活を送って欲しい。未来を担う魔術師達をジント魔術学院は歓迎する!」


入学式に壇上に上がり理事長を名乗った男は金髪の少年の姿をしていた。なぜ、子供が……なんて、反応をする者はこの場にはいない。なぜなら彼は誰よりも有名な魔術師だからだ。"色彩の金"黄金の星剣アルファ・デウス、色彩の10席の創立者の一人にして色彩の10席の魔術師達に命令できる唯一の存在。


色彩の10席の戦争参加が禁止される前に起こった3都市戦争において同じ色彩の10席である「白」「赤」「銀」とともに参加し、3都市に全てに敵対し最小の犠牲のみで戦争を終わらせた魔術師。何千、何万という数の剣を天から振り降ろし戦うアルファ・デウスの姿から黄金の星剣と呼ばれている。


「あ、そういえば」理事長はにやりと笑いマイクを手にした。


「みんな勘違いしてるようだけど色彩の10席は別に10席しか無い訳では無い。僕達"色彩"は10席という数にこだわりは無い、僕らに並ぶ者が現れるなら僕らは新たな席を増やすだけ。だから、周囲に合わせる必要もなければ気を遣う必要も全く無い。……幼き魔術師の雛達よ、己の全力を尽くし、全てを賭けて挑み給え!諦めなど捨てよ!絶望など踏み越えよ!己の席は自らの力で掴み取れ!我々色彩はいつだって君達を待っている!!さぁ、魔術器を持て!次の色彩は君達だ!!!」


会場が湧き上がり止まぬ歓声が会場に響く。色彩の金が連ねる言葉は新入生の背中を押し、勇気を沸き立たせ、希望で視界を埋め尽くした。


私はロイ先生の言葉を思い出していた。

「色彩の10席を取りに行く」曖昧だったその言葉が自分の中でしっかりと形をなしていく。


私は奇跡的に一歩踏み出せた。

あとは何があろうと前に進むだけ。

お姉ちゃん、私頑張るよ。


式が終わるといつも以上にボサボサの頭でやつれた顔をしているロイ先生が歩み寄ってきた。


「おぉ、制服だいぶ似合ってるじゃねぇか。」


「ロイ先生は……何かありました?」


「ん?あぁ、寝坊してアスハに怒られた。」


「ははは……」あれ?この人についてって大丈夫なんだよね……。


「朝から怒鳴りやがって、明日あいつの机の中にあいつの嫌いなピーマン大量に詰めてやる。」


やり返し方が子供だ……。


「そ、それで私に何か用ですか?」


「そうだ、そうだ、今日の放課後空いてるか?」


「はい、特に用事はありません。」


「じゃあ、放課後に俺の部屋に来てくれ。あと、このあと、自分の教室に行くと教材一式と汎用魔術器が貰えると思うからその魔術器も持ってきて。じゃあ、また放課後。」


言う事だけ言って去って行くロイ先生の背にペコリとお辞儀をする。


あの人について行ってマギアオーバーになれるのだろうか……不安だ。

まぁ、でも、ロイ先生がいなければ私はそもそも入学すら出来ていない。信じてみよう。


放課後……

「失礼します、魔術科1年のルリーナ・アルスです。」扉をノックし、声を掛けるが返答がない。


放課後に自室に来いと言われて来たが不在とは……。


「どこへ行ったんですか。」


探しに行こうとロイ先生の自室を離れようとしたその時、ロイ先生の部屋からガタガタと大きな物音がした。


私は「ロイ先生!」と勢い良く扉を開けた。


扉を開けて、視界に入ったのは大量の段ボールの雪崩に巻き込まれて押し潰されたロイ先生の姿だった。


「なにしてるんですか?」


「……助けてくれ。」


大量の段ボールに押し潰されたロイ先生が私の足首を掴んだ。


「きゃッ!」掴まれて驚いた私は反射的にその手を振り払いロイ先生の顔面に蹴りを入れてしまった。


「ぐはぁッ!」


「あ、」


そのまま、床に伏せて動かなくなったロイ先生の姿に申し訳無いと思いつつ。私は静かに段ボールを片付け始めた。


ある程度、段ボールを片付け終わり、ロイ先生も目を覚ました。ロイ先生の鼻には鼻血を止めるためのティッシュが詰められている。


「顔面蹴り女よ、魔術器は持ってきたか?」


「その呼び方はやめてください。女子生徒の足を急に触る先生も悪いですからね。……魔術器はこれですよね。」


私は剣型の魔術器を取り出した。


「これが新型の魔術器か…問題ないな。じゃあ、訓練場行くぞ。」


「はい!」


訓練場につくとロイ先生は倉庫から3本ほど魔術器を取ってきた。


「二世代前の旧式の魔術器なら壊れても問題ないだろ。じゃあ、まず、俺が相手になるから全力で来い。手加減はしなくていいお前に負けるほど弱くないからな。」


少し頭に来た。


「じゃあ、手加減はしません。」

魔術器を稼働させる。

両手で柄を握り、力を入れる。

試験の時に魔術器が壊れた原因は制限解除した上でいきなり100%出したからだ。


壊わさずに戦うためには通常出力の60%から徐々に上げながら戦うのが得策。


剣型の魔術器は近接で戦うため、杖の魔術器のように魔術詠唱をせずともある程度の魔術を行使することが可能になっている。但し、"身体強化"、"身体硬化"、"武器強化"、"武器硬化"以外の魔術は出力が大幅に制限されるため中級魔術でも初級程度の火力しか出すことが出来ない。


私が使える強化魔術4つのみ。強化魔術は入学前に配られる受験用基礎学習本で勉強している。


私が学んできた出来る限りをぶつける。


「制限解除!」


私は先生に向かい走り出す。60%の強化魔術で先生に剣を振り下ろす。


当たり前だが先生の剣によって相殺された。技量差は知ってる。

すぐに体制を立て直し70%に引き上げ連撃を繰り出す。計5回の攻撃は意図も容易く防がれた。


「残念。」にへらと笑いながら煽ってくる先生に絶対に一太刀浴びせてやると意思を固める。


80%での通算15回の連撃を浴びせるも予想通り容易に防がれた。しかし、最後の刺突は右目を狙い、一瞬だけ、先生の注意を逸らすことができた。その瞬間、制限解除し、私の奥の手「魔術器の制限解除120%」上限を上げたと同時に魔術器に塡められていた魔石にひびが入る、私の身体も120%の強化魔術に耐えられずミシミシと鈍い音を鳴らす。


ロイ先生が私の速度に反応しきれていない今なら一撃が入る。

私は先生の背中に回り込みその剣を振り下ろした。


が、その秘策もあっさりと受け流され剣の柄で鳩尾みぞおちに一撃をもらってしまった。


「ぐ……。」


激痛が走りその場に屈み込む。


「120%ね、良く考えたな。100が上限の魔術器に一瞬だけ許容量を超える魔力を流し込み一時的に上限値を引き上げるか……。俺が学生の頃は考えつかなかったな。まぁ、まず、俺は生まれつきの魔力量が少なかったからそんなことわかってても出来ないんだが……。」


ロイ先生は動けない私に歩み寄る。


「しかしだ、戦いの途中に武器を壊すような戦い方は愚策だな。その一撃で決まらなかった後のことを何も考えていない。そりゃ、そこらの生徒なら急な速度上昇に視覚が追い付かず一撃貰うだろうが相手は俺だ。格上に使う策ではないな。」


先生の言葉に耳が痛い。


「だが、今回のお前の戦い方は試験の時よりは断然良い。段階を分け制限解除を調節し相手を翻弄する。その使い方は間違っていない。けどな、段階的に上げるんじゃ意味が無い。制限解除の使い方はこうだ。」


手を差し伸べられ私が掴んだ。

……いつの間にか私の身体は中を浮き、気づいた時にはロイ先生にお姫様抱っこされていた。


何をされたか理解できなかった私はぽかんと口を開けて固まった。


「今、俺はお前の手を掴んだ一瞬だけ制限解除し上限値を100にしたんだが…ルリーナ、俺の魔術器の魔石は壊れてるか?」


目の前に出された魔術器の魔石は罅すら入っていなかった。私は首を横に振る。


「まぁ、当たり前だが魔術器は制限解除の100%には耐えるように造られてる。けれど、100%の状態で継続戦闘することは考えられていない。例外はあるがな。では、制限解除を上手く使うにはどうすればいいか、そりゃ勿論制限解除の使用時間を出来る限り短くすればいいだけだ。移動速度上昇時の一瞬、敵に一撃を叩き込む瞬間、そんな戦闘の間の一秒にも満たない時間で制限と制限解除を繰り返す。これが制限解除の使い方だ。わかったか?」


「わかりました!やってみます。………あの……やってみますので降ろしてもらっていいですか?」


「……どうすっかな。」


「なッ!!恥ずかしいんで早く降ろしてください」手を伸ばしロイ先生の顔を突き放す。伸ばした手は先生の不揃いの顎髭に当たりチクチクしている。


「わかったわかった、わかったからすぐに手を出すな。」


ゆっくりと降ろされた後、小走りでロイ先生から距離を取り再び剣を構える。


「行きます!」


「来い。」


再び剣がぶつかり合う。金属音が時折大小を変化させながら訓練場に響き渡る。

そんな二人を訓練場の入り口から見守る二つの影があった。


「・・・あれが今年のロイ君の推薦生徒かぁ。やっぱり、ロイ君は面白い子見つけるよね。」


「あまり見てると気づかれますよ。」

白色のドレスを身にまとった綺麗な銀髪は靡かせながら華奢な姿の少女がアルファを注意する。


「大丈夫だよ、僕はこの学院の理事長なんだから。」


「理事長の仕事は私に押し付けるのにこういう時ばっかり理事長ですか?」


「う、それについては後で埋め合わせするから・・・ねぇ、フェルーナ、僕もあれに混ざってきてもいいかな。」


「ダメに決まってるでしょう、あなたが動くと良くも悪くも周囲の視線が集まるんですから彼女の学院生活を台無しにするつもりですか?今だって、一年生で推薦された彼女をよく思わない学生は多いんですから。あなたが関わったら学院が彼女を贔屓してると思われてしまうでしょ。」


「わかった!わかったよ。もう、フェルーナは細かいんだから。」


「細かいって、あなたがもう少し真面目に仕事してくれればこんなことはいいません!」


「仕方ないじゃん、僕だって忙しんだから。」


アルファは口を尖らせながら言い訳している。


「なにが「仕方ないじゃん」ですか!街に出て遊び歩いた末に自宅で爆睡することが忙しいんですか!」


フェルーナの説教を聞きたくないアルファは人指し指で両耳を塞いだ。その姿を見てフェルーナの説教はヒートアップしていく。


「だから、いつもいつも、あなたは!」


「……何やってるんですか。」ヒートアップした説教の声は耳を塞いだアルファが聞こえるように段々大きくなっていたためついに訓練中だったロイにも聞こえてしまい。訓練場からロイが顔を出した。


ロイの姿を見たフェルーナは怒りとは別の意味で顔を紅くしていた。


「ロイ君、騒いでごめんね、うちのフェルーナが煩くて。」


「なッ!……ごめんなさい、ロイ、いくらアルファが悪いとは言え、私も騒ぎすぎました。」


拳を握り、それでも頭を下げ冷静に対応するフェルーナ。


「どうしたんですか、ロイ先生?」


ロイの後ろからひょこりと顔を出したルリーナは外で痴話喧嘩していた二人の顔を見て固まってしまった。


「こんにちは、アルスさん、訓練を邪魔してごめんなさいね。」


「君がルリーナちゃんだね。僕はアルファ・デウス。"色彩の金"だよ、よろしくね。」


綺麗な銀髪に白い肌、聖母のように優しい目をしている少女と入学式に挨拶していた理事長がいる。言い方を変えれば"色彩の金と銀"がいる。


「こここ、こんにちひゃ。」


緊張で変な声が出てしまった。魔術師を目指す者としては当たり前の反応。この二人に出会い話しかけて貰えている時点でどれほど幸福なことか。本来なら片膝をつき頭を垂れなければならないほど高位の魔術師を前に緊張で思考が回らない。


「ははは、こんにちひゃって、ルリーナちゃん面白いね。そんなに緊張しなくていいよ、別に取って食いはしないから。」


「は、はい。」


金色の髪の少年はルリーナに笑顔で対応する。


「で、なにをしに来たんですか?痴話喧嘩ならよそでやってくださいよ。」


ロイ先生がアルファとフェルーナに不敬な対応をする。私をそれを聞いて顔面蒼白になりロイ先生の顔を見る。


"なんてこと言ってるんですかこの人は!!"心の中では慌てながら私は静かにロイ先生に向かって変なことを言わないでくださいと伝えるため首を横に振る。


「いや〜、ごめんごめん、邪魔するつもりはなかったんだよ。ただ、ちょっとロイ君の推薦生徒が気になって見に来ただけ。」


「それで、俺の推薦生徒は色彩のお眼鏡にはどう見えたんですか?」


アルファはルリーナを「むむむっ」と険しい表情で見定める。


「う〜ん、原石って感じかな、まだ、輝くところは無いね。でも、磨けば宝石よりも光るかもね。まぁ、これからに期待かな。」


ルリーナ自身も今の自分に輝くものがあるとは思っていない。けど、色彩の金はこう言った「これからに期待かな」と、お世辞かもしれないけどこれほど喜ばしいことはない。


「まぁ、今はそうですね。でも、こいつはいつかアルファさんより強くなりますよ。そして、アルファさんの顔面に一発いれます。」


「はぇ!?!?」先ほどの喜びが吹き飛ぶほどの衝撃の発言。


「へぇ〜、ルリーナちゃんが僕の顔面にねぇ、楽しみだなぁ。」


ロイ先生何言ってるんですか!?アルファ様、表情は笑ってるのに目が笑ってないんですけど睨まれてるんですけど。誰か助けてください!


「こら、ルリーナさんを睨まない!怯えてるでしょ。ごめんなさいね、ルリーナさん。」


「痛たッ、ちょっと、なんで耳を引っ張るのさ!」


「生徒相手に威圧する。大人げない理事長にはお仕置きです。」


「あ、あの、私はアルファ様の顔面を殴るなんて……」たどたどしい言葉で誤解を解こうと口を開く。


そんな私にフェルーナ様は優しく「大丈夫、わかってますよ。ロイが勝手に言ったことなんですよね。ルリーナさんがそんなことを言うような人ではないことは知ってますから安心してください。」と言ってくれた。


「フェルーナ様……ありがとうございます。」


「え〜、僕はルリーナちゃんに一発殴ってもらいたいけどな。」


「アルファ、その気持ち悪い口を閉じなさいさもないと顔面を消し飛ばすわよ。」


「じょ、冗談だよ!」


「ほら、馬鹿なこと言ってないで早く戻りますよ。理事長の仕事も大量に残ってるんですから。」


「え〜〜〜。」


首根っこを掴まれてフェルーナ様に引きずられていくアルファ様。なんか、思ってたのと違うな。


「あ、そうだ、ルリーナちゃん。」


「はい!」


アルファ様が澄み渡る空に指を差し笑みを浮かべて私に伝える。


「待ってるからね。早く来なよ、僕の顔面を殴りに。」


ウインクをして手を振りながらまた引きずられていくアルファ様。


「先生」


「ん、どうした?」


「もうちょっとだけ指導お願いしてもいいですか?」


先生はチラリと私の顔を見て小さく笑い「もちろんだ。」と応えた。


ロイ先生が見たルリーナの顔はキラキラと希望に満ちた瞳を輝かせ、力強く笑っていた。


それから日が沈み切るまで訓練場から絶えず剣と剣が交わる音が響き続けた。



「入学式の日なのに遅かったね。どうした……えぇ!なんでそんなにボロボロなの!?」


寮の自室に戻ると同部屋の丸眼鏡の同級生に驚かれてしまった。


「はは、遅くなってすみませんポロネさん。はしゃぎ過ぎてしまいました。」


「はしゃぎ過ぎてって。」


パタパタと近付いて私に肩を貸して、ベットに座らせてくれた。


「時間はまだあるから先にお風呂入ってきて、その間に私に寮母さんに夕ご飯お願いしてくるから。」


彼女は入学式の前から見知っていて、今ではこの学校で出来た初めての友達。


面倒見が良いとても良い子で、私も完全に面倒を見られてしまっている。


私は着替えとタオルを持ち風呂場へ向かう。その途中で休憩室前を通るとこちらをチラリと見た生徒にコソコソとなにかを言われている。


"まぁ、もう慣れましたけどね。"


噂とはすぐに広がるものだ。私が実技の合格基準に達していなかったことはそこにいた受験生なら誰もが知る話でその上で合格してしまった私は周囲からみれば不正に合格したように見えているはずだ。入学早々、友人を作るどころか嫌われるとは思わなかった。


しかし、そんな私にも女神がいた。ポロネ・ザキエル、同じ寮で同じ部屋になった同級生。彼女だけは私の話を信じてくれてた。ポロネは成績優秀で補助魔術を専攻していて、とても優しい。今のところ唯一の私の友達だ。


お風呂から上がり食堂に向かうと寮母さんとポロネがいた。


「あ、寮母さん。ごめんなさい、遅くなってしまって。」


「いいんだよ。遅くなることは事前に言ってくれたからね。そんなことはいいから早く食べな!冷めちまうよ。」


テーブルに置かれた温かい料理の前に座り、手を合わせる。


「いただきます!」


おかずを一口食べるとほっぺたが落ちるほど美味しかった。


「寮母さん、とても美味しいです!」


「喜んでもらえてなによりだよ。おかわりは沢山あるからどんどん食べなよ!」


「はい!」


美味しいご飯を次から次へと口に運ぶ。

リスのようにほっぺが膨らむほど口に詰め込んで食べていると隣に座っていたポロネがこちらを見てくすっと笑った。


「ん?ほうひまひた?」


「ルリーナちゃんってホントに美味しそうに食べるなぁって思って。」


「ぽおねちゃんもはへますか?」


「大丈夫、私も夕ご飯食べたからね。」


「ほうへすか……」


もぐもぐと口を動かし、夕飯を味わう。


「それにしても入学式の日に夜まで訓練とはね、さすがに厳しすぎじゃないかい?」


寮母さんが心配そうな目をしていた。


「そんなことはないですよ。他の推薦生徒はみんな最上級学年ですから私が勝つにはもっと頑張らないといけないんです。」


「そうかい?まぁ、根を詰め過ぎないようにね。まだ、学院生活は始まったばかりなんだから。」


「はい!もぐもぐ、ごちそうさまでした!!」


食事を食べ終え寮母さんに頭を下げて自室に戻る。「部屋に戻りますよポロネさん!」「待ってよ、ルリーナちゃん!」パタパタと廊下を歩いていく二人の背中を見て寮母のリコーダ・パルダは微笑んだ。


次の日、学院の教室に行くと私の机の前で綺麗な金髪を靡かせる貴族クラスの制服を着た生徒が立っていた。


「待ってましたわ。」


私は後ろを振り向き誰もいないことを確認する。


「あなた《・・・》を待ってましたわ!ルリーナ・アルスさん。私はマリス・ユークリストです。あなたに自主退学をお願いしにきましたわ。」


「自主退学ですか?」


「はい。あなたが入学試験の合格基準に達していなかったにも拘らずこの学校に入学したことはわかっていますわ。不正な手口でこの学校に入学したとも噂されています。そこで私が一学年の代表としてあなたの実力を見極めて差し上げますわ。」


この人どこかで見たことあると思ったら入学式の時に代表生徒として壇上に上がって話してた人だ。


「見極めですか?」


「御心配には及びませんわ。手加減はして差し上げますから。」


腕を組み自信満々に手加減を宣言する金髪令嬢。


「いいんですわよ。今すぐに退学届を書いていただいても。」


「………お断りします。ユークリストさん、私が勝ったらちゃんと謝ってもらいますからね。」


「ふふふ、わかりましたわ。わたくしが負けたら謝って差し上げますわ。」



実技試合場……

試合場に着くと多くの生徒が観覧席に座っていた。


「なんでこんなに人が‥‥‥」


「それだけあなたの入学試験の結果に疑問を持つ者がいるってことですわ。あぁ、授業のことは気にしなくていいですわよ。ちゃんと教員に許可はとってますので。」


ユークリストはそう声をかけ、試合場に出て行った。その瞬間、会場から声援が上がった。

それを追って私が出ていくと歓声は消え、視線が私を突き刺すばかりだった。


「さて、始めますわよ。審判さん、開始の合図をお願いしますわ。」


「魔術戦開始!」


開始の合図とともにユークリストは杖を構えた。それに合わせて私も剣を強く握る。


「魔術器認証開始」


二人の声が重なる。両者の魔術器が無機質な声で応答する。


「”認証完了・使用を許可します”」


私はユークリストに向かって直線に走り出した。ユークリストが持つのは杖の魔術器、魔術の使用には詠唱が必須なはず、だとしたら短期決戦が効果的なはず。


「そうですわよね、杖に対する剣なら距離を詠唱前に詰めてしまえばいいと考えるのは当然。そう、当然のことですわ。保存魔術式起動。」


「”全保存魔術式発動可能”」


「アイシクル・バースト発動」


詠唱無しで発動した魔術は無数の鋭い氷の礫を生み出しこちらに向かって射出した。その攻撃を避けるため足を止め後ろに跳んだ。


「魔術の保存術式、学園に入学した者であれば誰しもが使える基本術式ですわ。剣が杖より初撃が早いのは当たり前ですわ。それを対策しない杖使いなんていませんわよ。‥‥‥‥私はハンデとして初級魔術のアイシクル・バーストしか使いませんわ。どちかが降参するか戦闘不能になるまで試合は続きますから早めに降参することをおすすめしますわ。」


「お気遣い、ありがとうございます。ありがたくお断りさせてもらいますッ!」


制限解除の70%で身体強化を発動し走り出す。止むことなく射出される氷の礫を寸で躱し距離を詰める。


「やりますわね。では増やしますわよ!」


生成された氷の礫は先ほどの倍以上の数。視界を埋め尽くすほどの氷の礫に怯むことなく突き進む。

その全てが弾丸のように降り注ぐ、しかし、ルリ―ナは自らの視覚と思考を魔術によって加速させることで弾丸程の速度の氷の礫ですら遅く見えていた。


魔術器の制限解除、視覚、思考、身体の強化と加速。

その全てをもって無数の氷の礫を避け切っていた。


集中、アイシクル・バーストの弾道は直線のみ見えれば避けれる。


フッ、とユークリストは口角を上げた。

「では、また、倍ですわ!」


すごい、私がこの魔術が使っても連続発動は10が限界だったのに目の前の彼女は既に1000以上のアイシクル・バーストを発動している。これが魔力量の差、ちょっと羨ましいですね。


制限解除80%。もはやアイシクルバーストは止まって見えるほど思考と視覚の加速。だが、ユークリストが放つ氷の礫がルリーナの頬に掠った。他にも複数の氷の礫が体中に掠り始めた。


見えていても千を超える氷の礫の雨を回避するのに身体の動きが追いつかない。身体の強化魔術は強化するだけ、いくら強化したとしても走る、飛ぶだけではなんの意味も無い。


強化魔術は実戦経験が物を言う魔術だ。だから、経験の足りない私は千の氷の礫が襲いかかる今、どのような行動を取ったら良いか分からない。


だから、とにかくできるだけ避けながら前に走る!


「はぁあああ!!」


「フッ、ダメージ覚悟の突進ですか。それは甘えではありませんの?」


全ての魔術の矛先が直線的な動きをする私に向く、これは避けれない。


なら、魔術の発動より先に敵を倒すのみ!

昨日、ロイ先生と修行してて良かったです!


一瞬で制限解除の100%まで引き出し、瞬時に間合いを詰めた。


「これで私の勝ちです。」


ユークリストに向かって剣を振り下ろす。


しかし、地面から発動した巨大な氷の柱によって剣が止められてしまった。


「くッ!」


急に出現した氷の柱を蹴り後退する。


「一回じゃだめならもう一回!」


再び剣を構え制限解除を70%に固定する。


「私の負けですわ。」


「へ?」


ユークリストがわざとらしく両手を挙げ降参の意思を示す。その姿に会場がざわつく。


「私は氷魔法の低級魔術であるアイシクル・バーストしか使わないと宣言しましたのにルリーナさんの最後の一撃を防ぐために中級魔法の氷華の柱を使用しましたわ。反射で発動してしまったとはいえ、ルール違反に変わりありませんわ。ルール違反者は敗北ですわよね。審判。」


「は、はい」


「ルリーナさん。ごめんなさい。この学院に入学できた時点で高位の魔術師に認められたのと同義、それに異を唱えることは愚かであると理解はしていますが納得は出来なかった者が多かったんですの。でも、この一戦で納得しましたわ。あなたの実力は周りに蔑まれて良いほど低くはありませんわ。そこでルリーナさんに一つ提案がありますの。」


「提案ですか?」


「私、あなたと本気で戦ってみたいんですの。先程野試合ではお互い消化不良でしょうしどうでしょうか?」


この学院に来て初めて実力を認めてもらえた。それが嬉しくて満面の笑みで返した。


「もちろんです!」


「ありがとうございますわ。では、審判、もうちょっと離れて開始の合図をお願いしますわ。でないと巻き込んじゃないますわよ。」


「は、はい!」


審判は走り距離をとってから先程より大きな声で試合開始を宣言する。


「魔術戦開始!!」


「火炎よ・暴風よ・迅雷よ・集まりて・敵を撃て。IF魔術式追加・追従・多発動・連続発動!!」


「三属性同時発動!?」


地面を焼き焦がすほどの火炎、地面を抉るほどの暴風、地面がひび割れるほどの迅雷。そのどれもが当たり前のように私に追従してくる。


まずい、70%じゃ躱しきれない。

迅雷が掠り肌を焦がす。


制限解除90%を維持する。


それでも広範囲の火炎と暴風を回避しつつ的確に追従してくる迅雷をどうにかするのは難しい。


無理に火炎と暴風を避けようとすれば迅雷に当たり、迅雷を避けようとすれば火炎と暴風に当たる。


さすがは首席ですね。これでは私の勝ち目がありませんよ。


先程の試合のように直線距離で詰めるしか無いが火炎と暴風が邪魔をする。


かと言ってこのまま逃げ回っていては私の体力が底をつく………いや、何を迷ってるんですか私は。悩む必要なんて無いんです。今の私には悩めるほど手段が無いんですから。


私は火炎に暴風に迅雷を前に一歩踏み込んだ。


「やり過ぎましたわね……」


彼女ならなんとかしてくれると思っていたがさすがに三属性はやり過ぎたと反省した、その最中、目の前の炎が掻き消され、炎の中からルリーナが現れた。


「まだ、終わりじゃありませんよ!」


姿を現したルリーナを見てユークリストは嬉しくて満面の笑みを浮かべた。


「それでこそ、ロイ先生の推薦生徒ですわ!保存魔術式・氷剣発動!!」


空中に出現した氷の剣がルリーナの一閃を弾き返す。


「くッ!まだです!!」体勢を立て直し、再び前に踏み込む。


「高貴なる光・」


詠唱が始まった、この隙を逃さない。

90%と100%を繰り返す、剣の振り下ろしと同時に上昇させすぐさま下げる。

しかし、振るたびに氷の剣に受けきられてしまっている。


「闇夜を貫く・巨光の槍 魔術式 光ノ槍起動」


「詠唱認証成功・中級魔術式・光ノ槍発動可能です。」


「発動!!」


近距離での光の中級魔術!?避けきれないッ。


バキッと剣と魔術が打つかり嫌な音を立てる。私は魔術によって後方へ大きく跳ばされてしまった。


すぐさま剣を確認するとひびが入ってしまっている。無理して剣で受けたからだ。


壊れかけの魔術器はピカピカと点滅を繰り返している。魔術の行使はもう不可能に近い。


これは私の負けかな。


「本気の勝負とはいえ魔術器の破壊はやり過ぎましたわ。ルリーナさんその魔術器は後で弁償させていただきますわ。……その魔術器では戦闘続行は不可能ですわね。こんな終わり方はあまり好ましくありませんが……」


「ユークリストさん!」


「はひぃ!なんですのルリーナさん、驚きましたわ。」


「最後に出せる精一杯の一撃をあなたにぶつけます!だから、ユークリストさんも全力で来てください。それで終わりにしましょう。」


「でも、あなたの魔術器は既に使える状態では……」


「大丈夫です!」


「いや、でも」


「大丈夫です!!」


「………はぁ、全く強情ですわね。仕方ありませんわ。本気でいきますわよ、しっかり受け切ってくださいね。」


「六天を司る・六首の龍・その力は空をも焦がし星をも穿つ・万象はここに集い・一切は滅びとなる・少女の叫びに・龍は応える」


会場が騒がしくなる。

七節詠唱魔術式、区分は最上級。さらに六天から始まる魔術式は六属性全て使えないと発動できない。そもそも魔術師は一つの属性しか使えないものが多く、三属性使えるだけでも天才と呼ばれるのに。


本当に学院入って初日で戦って良い相手じゃ無いですよ。


壊れた剣を構え強化魔術の再起動を図る。

強化魔術は成功したが加速魔術は起動しなかった。加速無しで避けれるほど甘くはないだろう。


強化魔術を最大まで重ね掛けた。


六首の龍の形をした六属性の魔術がこちらを捉える。その大きさに恐怖が込み上げてくる。


あれが当たってしまったら……悪い想像ばかりが頭をよぎる。首を横に振り想像を振り払い、震えた手に力を入れる。


今諦めたって誰も悪く言わないだろう。これは学内戦でもなければ成績が関わるような試合でも無い。負けなら負けで終わり、それだけ………


でも、負けたくないんです。


だって………


ここで勝ったら、カッコいいじゃないですか!!


「ルリーナさん、いきますわよ!」


「はい!」


「六天ノ龍撃ッ!」


魔術で形作られた六首の龍が私を目掛けて今にも噛みつかんと首を伸ばす。


私はその巨大な龍に真っ直ぐに走り出す。

雷の龍を回避し、氷の龍を剣でいなす。

氷の龍は龍の脳天に剣を振るい地に落とした。


もう少し、あと一歩。


だが、炎の龍を避けるため飛んでしまったため空中で身動きが出来なくなってしまった。その隙を見逃さず炎以外の五龍が私に喰らいつく。


結局、六龍の全てが直撃した。

全身に激痛が走り意識が消えかける。


……さすがに無理でした……か。


「"……ねぇ、ルリ聞いてる?"」


………お姉ちゃん?


「"私の先生ってね、とっても強いんだ。魔術器を使わずに魔術を使うんだよ!凄いよね。」


「"ん、どうやってるのって?う〜ん、私もわかってないんだけど、身体を魔術器と例えて魔力を流すんだって、「心臓に魔力を宿らせ全身を巡らせる。それだけだ」って先生はカッコつけて言うんだけどそれでわかるわけ無いよね。私にはさっぱりだよ。でも、ルリなら出来るかもね……"」


記憶の中でお姉ちゃんは優しく微笑んだ。



直撃したのを目で見て勝利を確信した。


「ルリーナさん。あなたはすごい方ですわ。普通の学生なら先程の魔術を見ただけで戦意喪失してしまうものが殆どなのにあなたは迷わず向かってきた。本当に驚かされましたわ。………でも、ここまでですわ。」


ユークリストは幼い頃から魔術師だった父に教えられ魔術について多くのことを学んできた。そのおかげもあって実力が身に付き、父にはライバルと言える同級生はいないかもしれないと心配される程に魔術を使えるようになっていた。


受験前から周りの同級生は私の父が貴族であることから謙った話方をする。「天才」だとか「神童」だとかばかりで誰も私と対等に接してくれない。いつだって私は一人だった。この学院に入っても同じだろうと半ば諦めていた。


私は求めていた、才能や地位や立場に関係無く、私を一人の魔術師の卵と見てくれる。そんな人を………それが今日見つかった。


心に決めましたわ。この試合が終わったらルリーナさんに友達になってくれるようお願いしますわ。


だから、やりすぎたと後悔するはずだった。

いくら威力を調節していたとしても六天の魔術は過剰火力過ぎたと……嫌われてしまったのでは無いかと、そう不安に思いながら土煙の中のルリーナさんを見ていた。


そして、ルリーナさんが


立ち上がったルリーナさんの身体は白く発光していた。雷撃のようなものがルリーナさんから発せられ中に霧散する。


会場は凍りついた。誰も立ち上がるとは思わなかったからというのもあるが本当の原因はルリーナさんから一瞬発せられた魔力波によってだった。


彼女が放った魔力波が観覧席の生徒達を萎縮させるほど威圧的なものだった。


そして、私は一瞬の瞬きを後悔することとなった。


目を閉じた一瞬で距離が詰められた。

真っ白く変化した彼女の瞳が感情無くこちらを見る。


そんな彼女の瞳を見て身体の底から恐怖が湧き出す。彼女は剣すら持っていないのに私は殺されると認識している。


彼女の手刀が命を抉り取るように私の首元目掛けて刺し込まれる……ことはなくその手は空中で停止した。


赫……一瞬だけ赤い線のようなものが光って見えた。

私は尻餅をつき、見上げるように突如、試合場中央に現れた教員の名を呼んだ。


「……ロイ・ニルグリム先生?」

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赤と白のシンメトリー 神在虚 @SAKEnihaATARIME

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