赤と白のシンメトリー

神在虚

第1話

赤に染まった彼女を抱き抱える。

 雨が降っていることに感謝している。この雨が無ければ俺は冷静になれずに命を投げ打ってでも敵討ちに向かっただろう。


「戦場では冷静でいろなんて人には言っていて俺はこのザマだよ。」


動かぬ彼女に笑い掛ける。

「もう、師匠ったら何言ってるの。馬鹿言ってないで帰るよ。」そう聞こえた気がした。

気の所為だ。無駄な妄想だ。


でも、そんな妄想に「そうだな」と応える。

鉛のような身体を動かし、彼女を抱き上げ歩き出す。


「私が未来を造るから師匠は未来を守ってね。」約束通り、彼女は滅ぶはずの国を守りきり、国に新たな未来を造った。


「こんなおっさんにそんな重要なことを任せるかね。本当はお前に全部丸投げして退くつもりだったんだけどな。計画が狂っちまったよ。」


冷たい彼女の綺麗な顔を見て、冗談を漏らす。


「仕方がない、お前が約束を守ったんだ。俺も約束を守らねぇとな。」


降り注ぐ雨が地面の赤を洗い流していく。

しかし、背後にある人の山から流れる赤は止まることなく周囲を赤に染め上げる。


ベチャベチャと靴の裏を赤くしながらこの地獄を冷たい彼女を連れて歩き続ける。


「お前は良くやったよ、国を守りきり、子供たちの未来を守り切った。紛うことなき英雄にお前はなったんだよ。すげぇな、師匠の俺も誇らしい……んだけどな。」


教えたことに間違いはない。俺は彼女に戦いについての全てを教えた。彼女は天才だった、教えたことをすぐに吸収し応用までしてみせた。そんな、彼女に俺は教え忘れた。指導者である俺が失敗した。


「ごめんな、俺はお前に"逃げる"手段を教えてやれなかった。自分の命を大切にしろと言ってやれなかった。」


戦場に向かう際にお前は「この戦争を終わらせます。この命に代えても」そう言った。


あの時、こう言うべきだったんだ。


「命に代えなくていい。必ず帰って来い」って……。


だけど、それは許されなかった。

国の期待がそれを許してはくれなかった。


「なぁ、ノルン。俺の夢はさ、成人したお前と一緒に酒飲むことだったんだよ。……叶わ…なかった…なぁ。」


止め処無く雨を降らせる空を見上げる。

俺はノルンの師匠だ。

彼女が命を賭けて得た戦果を喜ぶべきなんだ。

だから、泣くわけにはいかない。


彼女の骸を強く抱きしめ、また一歩、歩みを進める。


彼女が造った未来に向かって……。




魔術都市ジント、この世界に存在する6つの都市の内の一つにして6つの都市の中で最も魔術に優れた都市。


10年前、この6つの都市は互いに和平を結び、戦闘行為の一切をこの世界から消し去った。だが、翌年に発見された"星霊石"によって世界情勢は一変する。


"星霊石"と名付けられた石には膨大なエネルギーが秘められており、外気に漏れ出す部分だけでも都市一つのエネルギー問題を解決し永遠に保ち続けることができた。


その石がなんの因果か都市と同数の6つ発見された。そして、それ以上はいくら探しても見つかることはなかった。


6つの都市は複数回の話し合いの末、星霊石を一つずつ所有することに決定した。


それから4年間、6つの都市は星霊石から得るエネルギーを魔力、それを使用する物を魔術機、そして、魔術機を使う者を魔術師とした。初めは神力などとも呼ばれていたが宗教間などでいざこざあったため魔力となった。


そんな、平和な日々は今から5年前に唐突に終わりを迎える。


 6つの都市の一つ、都市カルークの星霊石が壊れた。この問題はすぐに他の5つの都市に伝えられ、都市間会議の議題となった。

 初めは他の5つの都市がカルークにエネルギー提供をするという話で進んでいたがある都市の都市長がカルークの星霊石の管理問題やエネルギーの使用頻度に疑問を呈した。調査結果は黒。カルークが星霊石のエネルギーを対人兵器などに軍事転用していたことがわかり、エネルギー提供の話は棄却された。


その決定に異を唱えたカルークが他の都市に戦争を仕掛け、そして、最悪なことにその戦争によって2つの星霊石が破壊された、人的被害も多く。カルークに星霊石を破壊された都市はカルークへの報復として戦争を開始、それを期に都市間の支援問題やスパイ行為などが原因で都市間で疑心暗鬼が起こり、それよって残り4つの星霊石が奪い合いとなり、この戦争が始まった。


「てな、わけでこれがこのクソッタレな戦争の始まりってわけだ。わかったかお前ら。」


魔術都市ジントにある魔術学院のとある教室内。15人の生徒が皺苦茶の黒いワイシャツを着た男が教科書片手に教鞭を執っていた。


「せんせー、質問、先生は魔術師だったんすよね。どのくらい強かったんすか?」


一人の女子生徒がが手を挙げ質問をする。


「少なくともお前よりは強い。」


「言いますねぇ。じゃあ、今度手合わせお願いします。」


「次の世界歴のテストで90以上取れたら考えてやる。」


「マジっすか!私、本気出しちゃおっかな。」


うきうきしている女子生徒に彼女の隣に座る男子生徒がツッコミを入れる。


「サミネ、お前、世界歴で50点すら取ったことないだろ。」


「今回は90点取るし。」


「よく言うよ。」


男子は呆れて首を振った。

無駄話をしているとチャイムが鳴り、授業終了を告げる。


「今日はここまでだ。宿題忘れんなよ。」


生徒達を背に教室を出る。

サミネ・カガ、得意科目は魔術機演習。座学は大半が不得意。才能はあるが前のめりすぎで失敗することが多い。


ナルセ・タキナワ、座学はほぼ満点、得意不得意は無く、平均的。予想外のことには対応が遅く、演習は苦手としている……がそれでも平均以上ではある。


メモ帳を閉じる。

廊下を歩きながら大きな溜息をついた。

魔術学院の講師になってから早3年、毎日変わらぬ日々を暮らしている。


「もうちょっと、真面目に聞いてくれねぇかなぁ。」


今年の生徒は中間テストで三分の一が赤点だった。そのため、講師統括から俺の下へお叱りのメールが届いた。しかし、酔っ払っていた俺はそのメールに「だが断る」と返信したらしくいつの間にか減給されていた。


「ロイ先生!」


「っ!こ、これはこれは講師統括殿じゃありませんか。俺に何か用でも?」


「大事なお話があるのでついてきてもらって良いですか?」講師統括が笑顔でお話をしてくださる。


講師統括アスハ・ヒメナ、見た目は学生と大差無く、なんなら生徒より小さい。見た目は小学生と間違われるほど幼いが年齢は俺と同じく30に近い。本人はロングヘアが幼さの原因だと思っていたらしく、今はボブになっているがそれでも幼いことに変わりはなかった。こんなロリババ…若々しい統括だが実力は本物だ。


「遂にクビですか?」

「いいえ、今回は違いますよ。」


今回は?おかしいな。冗談だったんだけどなぁ。


統括に付いて行くと第一会議室と書かれた部屋に案内された。


「それで何用ですかアスハ統括。」


「私達しかいないから敬語は不要だよ。」


ドアを閉めるとアスハは笑顔で語り掛けてくれた。公私の切り替えがしっかりしている。


「で、珍しく俺を呼んだ理由はなんなんだ?」


「次の魔術学院入学試験の試験官を任せようと思ってね。」


「断る。」


「統括命令。」


「ぐっ……。」


試験官、その名の通り、魔術学院に入学する学生達を選抜するために存在する試験の審査をする職員のことを指す。


「お前、それは優秀な講師がすることだろ。減給されてる講師じゃ駄目だろ。」


「ロイ君は未だに推薦生徒を選択してないよね。ロイ君が推薦しないから学内戦の日程が組めなくて困ってるんだよ!だから、試験官になっていい感じの人見つけて推薦して欲しいんだ。」


この学校には学内戦という講師一人一人が推薦生徒を決め、個人指導し、その生徒同士で試合を行うものがある。


推薦生徒として選ばれただけでも学内上位の才能と認められたことと同義であり、その中で勝ち進みランキングで1位になることが出来ればその時点で1級魔術師の資格が与えられる。


1級魔術師は全魔術師でも一握りしか存在しない。だから、学生達は躍起になって努力しその栄光を掴もうとする。


「わかったよ。どうせ拒否権は無いしな。でも、なんで新入生なんだ?他の講師は少なくとも最高学年から推薦するはずだ。新入生と最高学年じゃ、分が悪いだろ。」


「そうだね。分は悪い。学内戦で推薦生徒が勝てば講師の階級アップも約束されてるからね。新入生から推薦するなんて馬鹿なことはしない。……でも、ロイ君はわかってるはずだ最高学年と新入生、本当に分が悪いのは学んだ年数じゃないってこと。君なら見つけることができるよね。最高の原石を。」


「………はぁ、買い被りすぎだぞアスハ。」


「買い被りすぎ?なにを言ってるのさこれでもまだ過小評価だと思ってるよ。ね、ロイ君。」真っ直ぐ俺に期待の眼差しを向けるアスハに少したじろいでしまう。


「わかったわかった。あとでいいから、新入生名簿送っといてくれ。」


「うん、楽しみにしてるよ。じゃあ、私は仕事に戻るから……あ、今度は飲みに行くときは私も呼んでね!じゃあね〜。」


飲み会に呼ばなかったことまだ根に持ってんのか。あの時は同僚と飲みに行ってたんだから上司のお前呼べる訳無いってのに。


「はぁ、仕事増えたし、……入学試験ね。そういや、あいつと初めてあったのも入学試験だったな。」


ドジでミスばっかだし、弱っちいのに口だけは一丁前だった。ホントにどうしようもない奴だった……だか、こちらの期待には10倍で答えやがった。


「はぁ、ノルン。戻ってきて仕事手伝ってくれねぇかな。」


亡き人に頼ろうと声を掛けるも届くはずもなく会議室内に消えていった。



入学試験当日…


「受験生諸君にはまず筆記試験を受けてもらう。筆記試験が終わり次第実技試験になるので準備しておくように。では、自分の受験番号の下二桁を確認しそれぞれの試験会場に行ってくれ。健闘を祈る。」


試験官の一人が受験生を前に必要事項を説明し終えたところで俺は立ち上がり、自分が担当する試験会場へ向かった。


第二試験会場の教室。

試験官の講師が筆記試験について説明している。はっきり言おう、既に帰りたい。帰って寝たい。不正を防ぐために後ろに立って試験を見ている仕事だが非常に暇だ。


「始め!」


筆記試験が始まった。

カッカッとペンが動く音が教室中に響く。

たまに頭を抱える生徒もいたが不正も無く無事に筆記試験は終了した。


「実技試験場に移動します。」


試験官が受験生を連れて移動する。

俺も最後尾について行く。


体育館に付くと試験官が座るための椅子が設置されていた。俺は小走りで向かい座る。


「ロイ先生、どうですか今回の受験生は」隣に座っていたインテリメガネのキース先生が小声で話掛けてくる。


「突出してる受験生はいませんね。良くも悪くも無いって感じです。まぁ、ここからが本番ですけどね。」


「そうですか。」


「キール先生呼ばれてますよ。」


体育館の壇上でこちらを手招きしている統括の姿があった。


「そうでした!僕が説明係でした。」


ガタガタと椅子を引き走って行くキール先生。

頭は良いんだけど抜けてるんだよなあの人。


「これから実技試験を開始します。自分が得意な武器種の魔術機を持ち、5分以内にあの人型の模型を破壊してください。破壊できたのならこの試験は合格です。では、受験番号1番の方から始めてください。」


1番は男、持った魔術機は無難な剣型。破壊までのタイムは3分22秒。まぁ、合格。


2番は女、持った魔術機は杖型。射出属性は火属性。破壊までのタイムは3分38秒、杖型にしては速い。合格。


3番は……


それから破壊され続ける人型模型に同情しながら受験生の実力を測り続けた。


52番、合格。


「次、53番は前へ。」


「はい!」


次に呼ばれた、受験生の顔を見て俺は呼吸が止まる。長い白髪から顔立ちまでその受験生は似ていたのだノルンに。


俺は首を振り、いらぬ思考を消し去る。

似ているだけだ名前はルリーナ・アルス、受験生情報を見ても彼女に姉は存在しない。


他人の空似、今は試験に集中しよう。


彼女が持った魔術機は……剣か無難だが合格するならそれが一番だろう。


「53番、実技試験始め!」


試験官の掛け声と共に彼女姿が消えた。

全員が自分の目を疑った次の瞬間……、


「ごぶあ!」人型模型の目の前で顔面から転んでいた。


沈黙、全員何が起きたかわからず放心している。彼女はそれを気にもせず立ち上がり剣を人形模型に振りかざす。


「はぁああ!」カンッ!模型が彼女が振るった剣を跳ね返す。


カンッ!カンッ!なんど剣を振り下ろしても多少の傷は付くものの他の受験者のように人型模型が壊れることは無い。


当たり前だ。だって、あの魔術機は既に壊れているのだから。


5分が経ち、試験官が人型模型に歩み寄る。

結局、模型は破壊することができなかった。

通常通りなら不合格だ。だが……


「模型の破壊が確認できないため53番は不合か…」


「合格だ。」俺は実技試験官の言葉を遮り、宣言する。


「なっ、何を言ってるんですかロイ先生。実技試験官は私です。模型が破壊できなかった以上に不合格は不合格です。」


「いいや、合格だ。」


汗だくでポカンと口を開けたまま直立している白髪の少女に近づく。


「ルリーナ・アルス、その剣を貸してみくれ。」


「は、はい!」彼女から彼女の使用した剣の魔術機を渡してもらい確認する。


刃の部分にはヒビが入ったおり、コア部分は割れて動力部が機能していない。やはりそうだ。


「やはりな。」


「なにがやはりだ。不合格は不合格。受験の合格ラインに達していないものを合格させる訳にはいかないのだよ。」


頭カッチカチのオールド試験官。この人マジで苦手なんだよな。


「オールド先生、この魔術機は彼女の使用に耐え切れず壊れました。なんでかわかりますか?」


「ふん、そんなの知らん。どうせ下手に使ったんだろう。」


クソ、苛つくな。実戦経験が乏しすぎて魔術機をそこら辺の家電と同じだと思ってるなコイツ。


「オールド先生、魔術機は通常の使用で壊れることはありません。下手に使っただけでは絶対に壊れることはないんですよ。彼女が使用したこの魔術機は本体の制限を解除されて性能の120%、本体性能以上を引き出されたため壊れたんです。」


「だから、なんだって言うんだ。」


「魔術機について熟知し、その上で制限を超える方法を編み出した。この時点で合格点以上です。この実技試験の目的は魔術機を使用できるかと魔術機の性能をどこまで引き出せるのかを見る試験です。なので彼女は間違いなく合格です。」


「合格基準である人型模型は壊れていないんだ合格にすることはできないに決まってるだろ。アスハ統括に気に入られた程度で調子に乗るなよ。兵落ち程度が!」


兵落ち、兵士を辞め働く者に使われる差別言語だ。兵士だから野蛮だの暴力的だの言われ、兵落ちはある一定の層に嫌われている。特に何も知らない貴族側のボンボンには。


「おい、それはこの都市の魔術兵全員を愚弄する言葉だぞ。」


「そうやってすぐにキレて手を出すのか?これだから兵落ちは…。」


そうだ、ここで手を出しても魔術兵達の印象をさらに悪くするだけだ。落ち着け俺。


「わかりました。そんなに言うならこうしましょう。俺は彼女…"ルリーナ・アルス"を推薦生徒とします。」


「なッ!?」


どうだ、これで不合格には出来まい。


「ハハハ!!馬鹿かお前は新入生を推薦だと?そんなことが罷り通る訳が無いだろ?兵落ちの無能はそんなこともわからないのか。」


そうだな、普通はそんなこと許されない。

新入生から推薦なんてあり得ない。

だが、今回は違う。

俺は統括から新入生から推薦するように指示されている。

そして、俺にその指示をした統括がオールドの後ろで静かにお怒りになっている。


「ねぇ、オールド先生、私は常々言ってるよね、差別を許さないって。私は確かに集会で壇上に登り生徒たちに向けて話していたけど、それは講師達は差別などしないと信用してのこと。人に教える立場にある者が差別など絶対にしてはならない。」


オールド先生は滝のように冷や汗をかき、ゆっくりと後ろを振り向く。

後ろには怒りの炎を燃え上がらせているアスハ統括の姿があった。


「こ、こここ、これはですね。そ、そうです。ロイ先生に階級が上の者として指導を……」


「オールド先生、私もね、兵落ちなんだよね。兵のみんなと衣食住を共にし、この都市のために命を賭けて戦ったんだ。申し訳ないけど私の仲間を……命を賭けて都市を守ったみんなを馬鹿にすることは絶対に許さない。」


「来い」その言葉とともにアスハの手に杖の魔術機が現れた。


「オールド先生、君はクビだよ。人を差別する人に生徒を任せる訳にはいかない。これは餞別だよ。」


アスハはその身の丈以上の杖を構える。


「"炎獄天使の笏杖ミカエル"認証開始。」


杖が光を放ち「"認証完了・所有者アスナ・ヒメナ・使用を許可します。"」と応える。


「ひッ、ひぇええ!!」オールドが逃げ出す。


「炎渦起動」


「"炎渦の記憶魔術式を起動します。…起動しました。発動可能です。"」


「炎渦!!」


逃げるオールドの足元に追従する魔法陣が展開された。そこから天へと炎の渦が発生し、彼を呑み込んだ。そして、そのまま、天へ吹き飛ばした。


「よし!」


アスハは満足そうに胸を張っている。

集会では暴力も駄目だって言ってた気がするがまぁいいか。


「助かりました、アスハ統括。」


「うん、君が動く前に私が動けて良かったよ。」


「俺はアスハ統括のように野蛮じゃないですよ。」


「誰が野蛮なの!私は清楚だよ。」 


「では、清楚なアスハ統括、飛んでいったオールドはあのあとどうなるんですか?」


「そりゃ、どこかに落ちるよ。」


「では、飛行魔術式を使えないオールド先生があの高さからどこかに落ちたらどうなるんですか?」


「え、オールド、飛行魔術使えないの?」


アスハの顔が段々と青ざめる。


「アスハ統括、飛行魔術が当たり前に使えるのは都市兵の魔術師だけです。普通の魔術師は使えません。」


「で、でも、アイツはあれでもこの学校で講師をやってたんだよ。飛行魔術くらいは……」


アスハは視線を後ろにいたオールドの同僚のキース先生に視線を送る。キース先生はそれに気付き苦笑しながら首を横に振る。


それを見たアスハは口を開けたまま固まってしまった。


「どうします、ほっとけば落下死でアスハ統括は殺人罪で捕まりますけど。」


「ねぇ、ロイ君お願いがあるんだけど……」


「はぁ、飛ばした大体の座標は?」


「ここから北に600メートルくらいかな。」


「600……キース先生、テレポートの魔術式の限界距離は?」


「私のオリジナルで最大距離が400です。」


「充分だな。キース先生は俺を最大距離まで飛ばしてください。アスハ杖借せ。」


「う、うん」


「キース先生お願いします。」俺はアスハから杖を借りキース先生に合図をする。


「魔術機認証開始」


「"認証完了・使用を許可します"」


重複転移テレポートフォース起動」


「"重複転移起動準備開始…発動時座標を記録………着地座標を計算します…………起動可能です"」


重複転移テレポートフォース発動!」


俺の足元に魔法陣が現れ、光が俺の身体を呑み込む。


次に瞼を開く時には見知らぬ河川敷だった。

慌てて空を見上げる。

空の彼方に黒いものが見えた。


「見つけた。炎獄天使の笏杖ウリエル仮認証開始。」


「"仮認証完了・一時的に使用者の変更を許可します・登録者とは異なるため出力が制限されます"」


「魔法式展開、守護魔術シールド、爆発魔術エクスバースト発動」


「"シールド、エクスバーストともに発動可能"」


「エクスバーストに条件式追加。条件魔術IF発動、追加条件・通常発動方向の逆方向に斜め下向きに発動。」


「"条件式認証・シールド・エクスバースト発動します"」


俺は身体を中心に円状にシールドを展開しエクスバーストの爆発力で高速で空へと飛び上がった。


「記憶魔術式 飛行魔術フライ発動」


高速で空中を移動しつつ飛行魔術で細かい調整をすることでオールドの落下地点に到着した。


オールドが目の前に落ちてくるまであと10秒。


「記憶魔術 身体強化、強度増加発動、条件魔法IF発動・強度増加魔術に条件追加・杖に付与、多重発動。」


統括から借りた杖を野球バットのように構える。オールドが目の前を通過するまで3、2、1……。


「ホーム……ランッ!!」

「ぐごばぁあ!!」


杖を思いっきり振りオールドをボールのようにぶっ飛ばす。オールドは綺麗な半円を描いて近くに湖に落水した。


「これで良し。さて、帰るか。」


統括に頼まれたことを見事にこなし試験途中の学校へと向かった。



学校に着くと今だ青ざめた顔のアスハ統括が近付いてきた。


「ど、どうだった。」


満面の笑みでアスハ統括に報告する。


「しっかりと湖に着水させてきました。」


「ありがどおぉ!!危なく、オールドのせいで刑務所にゴールインするところだったよ。」


オールドのせいでは無い気がするが……いや、オールドせいか。うん、そういうことにしよう。試験が中断されたのもアスハの魔法で色んな物が灰になったのも全部オールドが悪いのだ。


俺とアスハを見つめる受験生達。中には羨望の眼差しをアスハに向ける受験生もいた。

アスハはカルークとこの国の戦争を終わらせた生きる英雄の一人だ。憧れになるのは当たり前だろう。


「いろいろありましたが実技試験を再開します。54番前へ。」


キース先生が散らばった資料をまとめ実技試験を再開してくれた。あの人には助けられてばっかだな…あとで1杯奢るか。


それから入学試験は滞り無く進んだ。

オールドの1件があったことで終了時間は大幅に過ぎていたが無事に終了した。


見上げると夜空に星が輝いている。

試験場の片付けを終わらせ、まだ、明かりのついている教室に早足で向かう。


こんな時間まで待たせてしまった。

待ちくたびれてるだろうな。


明かりのついている教室の扉を開き「すまん、待たせた。」と少女に謝罪した。


「全然、大丈夫です。そ、それで私はなぜ呼ばれたんですか?まさか、合格取り消しとかですか……、」


勝手に悪い想像を膨らませ顔を青くして震えているアルス。


「いや、間違いなくお前は合格だよ。それは間違いない。」


「合格ですか……よ、良かったぁ。……ん?それじゃあ、なんで私は呼ばれたんですか?」


「あぁ、お前は俺の推薦生徒として3ヶ月後に開かれる学内戦に出てもらう。」


「へ?学内…戦、え……と、あの学内戦ですか?」


「あの学内戦だな。」


「1位になれば1級魔術師になれるあの学内戦ですか?」


「その学内戦だな。」


「私が?」


「お前が」


「私、新入生ですよ。」


「そうだな。普通は最高学年から選ばれるものだ。だが、俺の推薦生徒はお前だ。だから学内戦に出てもらう。」


「はへぇ……。」


当たり前の反応だ、戦う相手は間違いなく全員上級生だ、不安なのは当たり前。上級生には2級魔術師の者もいる。魔術師は経験と知識が物を言うだから魔術を学ぶ時間が長いものほど強い。


「……私、勝てますか?」


だが、時に例外は存在する。


「勝てる。」


魔術の才が秀でた者、圧倒的な才能で経験を越えることができる。


しかし、残念ながら彼女は天才では無い。

着眼点は良いが天才ならその上であの試験に合格できる。彼女は凡人の域はでない。


「俺が…ジント魔術学院の講師が保証する。お前は勝てるよ。」


でも、俺は知っている凡人域を出ない奴が自分より上位の魔術師や天才に勝つ方法を…。


「私は昔から才能が無くて、今回だって奇跡的に着眼点が良かっただけで本来なら不合格でした。こんな、私でもなれますか、1級魔術師に……」


「いいや、違うな。」


「え???」


久々に楽しくて、あの頃に戻った感覚がして、俺は口角を上げ笑いながら天を指さした。


「お前がなるのは1級魔術師じゃない。……取りに行くぞ、魔術超越者マギアオーバー達が踏ん反り返って座ってる10席……"色彩の10席"その椅子を!」


「はえ……ええええええ!!」


"色彩の10席"紛うことなきこの世界の頂点。戦争が始まる前から存在し、この世界の均衡を守り続けていた者達。戦争が始まったあとは戦争への介入を拒み、各都市への干渉を断ち13人で大都市を創り上げ。そこに戦争で親を亡くした子供達を集め守っている。


だが、現在の"色彩の10席"は3席が空席となっている。しかし、ここ数年で魔術超越者マギアオーバーに到達する者は現れず。その席が埋まることはなかった。


魔術超越者マギアオーバーってあの均衡都市ノルンを創り上げた伝説の魔術師達ですよね。それに私が?……ええっ!」


アルスは口を開けたまま閉まらなくなってしまっている。良い反応すぎて楽しい。


「まぁ、とはいえ、今のままじゃ、魔術超越者マギアオーバーどころか学内1位にもなれない。だから、入学してから俺が放課後に指導する。それでいいか?」


「は、はい!よろしくお願いします!!」


夜はまだ長い、けれど必ず日は昇る。

俺は講師としてアイツの師として次の太陽を育てる義務がある。


ノルン、お前が成し遂げられなかったことを後輩に託してもいいか?


「そう言えば、名乗ってなかったな。俺はここの学校で世界歴史の講師をやってる"ロイ・ニルグリムだ。これから3年間よろしくな。」


「私はルリーナ・アルスです。これからよろしくお願いします!!」


2人は互いに握手を交わす。

片や未来への希望を瞳に映す少女。

片や過去の絶望を瞳に映す愚者。


二人の道がようやく交わった。


これは愚者と勇者による「「世界を彩る物語」」。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る