エピローグ
第13話
「遅くなってごめんなさい!!」
愛菜は警察と一緒にバタバタと駆けてきた。才ちゃんが愛菜に預けた良太は、森谷に預けたのだろうか。
実は私の提案で、雨の日の推理を愛菜にも聞かせていたのだ。愛菜は案の定、良太を疑ってしまった自分を責めた。私たちは愛菜を慰め、協力してほしいと言った。明日学校に自白させに行くから、警察を呼んでほしいと。
今思えば良太や森谷にも伝えておけば良かったと思うが、土曜日の出来事は才ちゃんでさえも予想外だった。
「武藤先生」
「ん?なんだい?」
「いや、あの。ありがとうございます」
「礼を言いたいのは、僕の方だよ。
でもこれに懲りたら無茶はしないように」
その後は警察が来て、色々なことを確認された。
月曜日は生徒が集まって、色々なことを聞かれた。
私の提案と、良太の強い賛同により、事実は少し歪められて伝えられることになった。
「あの映像は合成だったよ」
「え、でも才乃はできないって」
「私は素人にはできないって言っただけだよ」
王岩才乃が言えばそれが皆の真実になるのだ。
スポーツ賭博はそれこそ芋づる式に、関係者が逮捕されていった。大会は一時、中止が危ぶまれたが、子どもたちの努力の成果を見せる場を奪うのはいかがなものか、という武藤先生とした全国の先生らの働きにより無事決行された。良太は出場したが、直前期に練習していなかったこともあってか、表彰台には届かなかった。
走り終わった時の良太の顔はとてもすがすがしかった。
そして今私は学校のプールサイドで足をばたつかせているわけだ。
もともとこの学校の先生たちはプールの予算をプールしていて、スポーツ賭博は北井が来てから始めたらしい。
そんなこんなでプールの授業は再開された。
私、才ちゃん、愛菜、良太、森谷は武藤先生からご褒美ということで先にプールを貸し切って遊んでいる。
すでに3人は仲良く水鉄砲を掛け合っていた。
「秀ちゃん、私はまだ分からないことがあるんよ」
隣で同じく足をばたつかせている才ちゃんが私に尋ねた。
「良太はなんで森谷が最初に手を出したことを言わんかったん?」
私は笑ってしまった。ひどく才ちゃんらしい疑問だ。
良太は部活はもちろん、森谷の自主練習に付き合って、コツを教えているらしい。
本人は切磋琢磨だと言っているが。
「なんで笑うのよ!!」
才ちゃんは器用に足で私の顔に水をかけた。
「そんなん良太も森谷もいいやつだからに決まってるじゃん」
全てを聞いた良太と森谷は才ちゃんの推理の通りだとお互いの顔色を伺いながら認めた。
帰宅した後、ほぼ同時にそれぞれから電話がかかってきた。
『森谷は悪くねぇんだよ。てかこれはもう俺たちだけで解決した問題なんだ。
だから事を大きくして、森谷を困らせたくない』
『もちろん俺が殴ったってばれたくないのが一番だけどな!!』
良太はそう言った。
『僕は殴られて当然なことをしたし、それでもなお良太くんは僕を殴るつもりはなかった。あれは王岩さんも言っていたように、正当防衛なんだ。
だけどそう信じてくれない人もいると思う』
『もちろん僕がいじめられたくないってのはそうなんだけどね』
森谷はそう言った。
二人が才ちゃんではなく私に連絡してきた意味、私がワトソンである意味がとてもよく分かった。
私は手を使って才ちゃんの顔に水をかけつつ、押し殺していた推理を吐露してみようという気持ちになった。
「警察の取り調べで北井が主犯ってことが分かったと思う」
私たちの元担任。
「才ちゃんの推理を聞いた時は、先生だから、生徒をよく見ていたから生徒を追い詰める方法を分かっていたんだと思った」
酷い話だ。ただそう思っていた。だけど、今は少し違う。
「それもあるんだろうけど、もしかしたら北井も過去に同じような思いをしたことがあるんじゃないかな」
友だちには才能を妬まれ、大人には才能を搾取され、挙げ句の果てに唯一信じていた自分の才能は偽物だと気づかされた。
本物の才能に出会って。
北井は私たち全員の気持ちを分かっていたんじゃないか。才ちゃんを除く。
推理と言うにはあまりにもお粗末。だけど北井の最後の言葉が頭の中で響き続けている。
「そうかもしれないね」
才ちゃんはそう言うと、水面を見つめた。
「だけど、たぶんこれはみんなは考えない方がすっきりできるよね」
才ちゃんは、プールに飛び込んだ。
水面に波紋が広がっていく。
「私と秀ちゃんの秘密にしようか」
この天才は今、一所懸命に他者、凡人を理解しようとしたのだ。
「うん」
差が埋まることはないだろう。
だけど、向き合って歩み寄ることを諦めたくない。
私もプールに飛び込んだ。
夏が始まろうとしていた。
ワトソンでいいから 家猫のノラ @ienekononora0116
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