第12話

「ん?どうした?」


北井はここは自分の絶対の安全圏であるというように落ち着いていた。

私たちはその安全圏を一歩踏みにじった。


「まだシラを切るつもりなのね。

私たちはもう分かってる。全てはあなた。いやこの学校の先生が仕組んだことだって」


犯人を単独だと決めつけていた。これは組織的な犯行だったのだ。


「一番最初は良太じゃない。私だったんだ。

私は大会前、スパイクをなくした。

どこを探してもなかった。スパイクが消えてしまうなんて質量保存の法則に反しているでしょ。だからこれは盗まれたの。昨日鍵を失敬して確認したわ。先生であるあなたは生徒のロッカー全員に対応する鍵を持ってる」


昨日、才ちゃんは最後の、いやある意味最初のピースを手に入れたのだ。


「ただここで問題が起きた。

私は何も関せずにスニーカーで大会新記録を出してしまったことよ。

それの穴埋めとしてなんとしてでも良太を負けさせなければならなかった。

最初は私と同じく靴を盗んだ。しかしそれでは確実ではないことを学んだあなたたちは次の手を探していた。

そこでたまたま見つけたのよ。

良太を精神的に貶めることができるかもしれないネタを」


プールに行くと言った時につっかかってきたのもネタ探し。

監視カメラを見るのは先生なら当たり前だ。


「森谷は良太が走れない呪いをかけるために、髪の毛がほしかった。

ほとんど使われていない部室でタイミングを見計らって、森谷は良太の髪の毛をむしろうとしたのよ。突然背後から髪をつかまれた良太は、何が何だか分からず殴ってしまった。正当防衛、いや、ただのケンカにすぎなかった」


ハゲはストレスによるものではなく、その時にむしられたものだった。


「あなたたちはこの映像を切り抜き、ばらまくことにした。

LINEは電話番号からも追加することができるでしょ。

自分のスマホの電話番号を学校に登録している生徒を『友だち』にして、そこから芋づる式に学年全員を『友だち』申請した」


学年LINEはミスリード、私は電話番号からの登録を見逃していた。


「動画がばら撒かれ、当然先生たちも目にした。しかし良太は停学にならなかった。それどころか休もうとする彼を精神的なダメージを与え続けるために引き留めた。『今休んだら卒業できない』『もう陸上はできない』などのことを遠まわしに伝え、圧をかけていたんだろう」


私が聞いた森谷への電話、良太にも同じようにかけていたのだろう。


「そして昨日、良太は大会の辞退を決心した。ここでお前たちの目的は達成されたわけだが、最終手段を残しておいたんだ。

わざわざ土曜日に辞退書を書かせた理由、それは校舎に生徒がおらず、陸上部の活動日だったから。

最終手段、それは良太を階段から突き落とし、物理的に走れなくさせること。

その罪を森谷に擦りつけて。

正直言って、ここまでするとは思わなかった」


森谷を学校に来させたのはこのためだった。

才ちゃんは腕を組んだ。律儀に北井の弁解を待っているのだろう。


「相変わらず、王岩は面白いことを考えるな。でも密室ミステリーでもないんだし、証拠だって当てつけでしかないだろ?そもそも俺たちには動機がないじゃないか」


北井は飄々と言ってのけた。


「動機はスポーツ賭博よ」


才ちゃんはぴしゃりと言った。

北井や周りの先生の息を飲む音が聞こえた。


「陸上大会は県大会まで行くとメディア報道があるわ。それを見ながらまるで私たちを馬みたいにしてお金を賭ける闇サイトがある。

そしてこの学校は有力選手、つまりオッズが高まっている、二人。私と良太を負けさせることでお金を儲けていたのよ」


才ちゃんは闇サイトに入り、実際に賭けが行われているのか調べた。学校のゴミコンピュータで。

全てを言い切った才ちゃんの拳は固く握られ、震えていた。


「よりにもよって、先生たちが、子どもたちの才能を利用するなんて許されないっ」


今まで冷静だった北井が、急に息を荒くして、何かを呟きながらこちらに向かってきた。不明瞭な声で内容はよく分からなかったが、一つだけはっきり聞こえた。


「才能があるやつは黙ってろよ」


怖い、殺されるかもしれない。まだ警察は到着していない。ここに守ってくれる大人はいない。

そんな状況で、私は北井のことを初めて一人の人間として見ていた。

北井の手が才ちゃんに伸び、彼女が蹴りを入れようとした時、武藤が二人の間に滑り込んだ。


「北井先生、みなさん。教師として、大人として、どうなんですか。

どうやらこの子たちは非常にしっかりしているみたいです、ほらパトカーのサイレンが聞こえる」


武藤の言葉の通り、パトカーのサイレンはうるさいほどに鳴っていた。


「自首したらどうなんですか」

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