お祝いの言葉 in デスゲーム

渡貫とゐち

ご友人ビデオレター


 新郎新婦が登場し、結婚式場は盛り上がりを見せた。


 地元の幼馴染同士の結婚であり、新郎新婦ともに人望が厚く、招待した人数以上に人が集まってしまった。もちろん嬉しいに尽きる。


 さすがに全員は式場に入れないため、一言伝えるためだけにきてくれた友人も多い。

 老若男女問わず、式場には入れ替わりで多くの人が訪れていた――久しぶりに会った相手でもつい昨日も会ったような感覚になるのは、新郎新婦の人柄なのだろう。


「忙しいのに、みんなきてくれたな……」


「うん……。みんな、私たちのために――」


 しかし、新郎新婦が気になっているのは遠くに見えているひとつの空席だ。

 友人のひとり……いいや、親友のひとりがまだきていない。


 欠席、の連絡はないのでくるだろうけど……式場にくるまでになにかあったのではないか、と心配になる。


「連絡を取ってみようか? 誰かに頼んで、」


「大丈夫。なにも聞かされてないけど、たぶんなにか考えがあって――――」



 式は順調に進んでいた。


 司会を任せた新婦の友人が、予定されていた次のプログラムへ進む。


「――続きまして、新郎新婦ご友人からのお祝いのお言葉です」


 プロジェクターを使った、大きなスクリーンが下りてくる。

 式場が薄暗くなり、全員の注目がスクリーンに向けられた。

 数秒してから映ったのは――――


 ……見えたのは個室だった。

 使い古された山小屋のような……。ただし窓はなく(画角に入っていないだけかもしれないが)、見えている家具に置かれた道具がかなり多い。

 まるで脱出ゲームに必要な道具が、あちらこちらに仕込まれているようで……。


 映像の中心、ソファに寝転がっているひとりの男がいた。


「あ」と新婦から声が漏れた。

 彼が、まだきていない招待した親友だ。……もちろんこの映像はライブではないため、録画したものだろう。

 この小屋にいるから彼は式場にこれない、ということではないはずだ。

 ビデオレターを渡したということは、最初から式場にはくるつもりがなかった……?


 これは後で事情を聞かないといけないみたいだ、と新婦がふんすと鼻を鳴らした。


「まあ、せっかくだし、見てあげようじゃない」

「……でも結局、お祝いのビデオレターでしょ?」

「だと思うけど……でもあいつよ?」

「……そうだね、あいつだしなあ……」


 映像内にいる男は起きない。

 寝ているのか気絶しているのかまでは分からなかった。すると、小屋の中にあった「たったひとつのブラウン管テレビ」が点いた。

 真っ黒だった画面が一瞬青くなり、粗い映像を映し出す。


 テレビで特集されている昔の映像みたいな画質だ……、モニター内モニターなのでもっと見づらくなっているが……。

 小屋の中を映していた定点カメラ(ではなかったようだ)が、ブラウン管テレビへ寄っていく。


 白い覆面を被った謎の男が映っている。

 彼が、ボイスチェンジャーを使った低い声で言った。


『――おふたりとも、ご結婚おめでとうございます』


「「お前(あんた)が言うの!?」」


 新郎新婦、息の合ったツッコミだった。



『新郎新婦とは、小、中学校の同級生でした。新婦は男勝りな性格と見た目でみんなを引っ張っていく頼れる人でした。……それが、今は女性らしく落ち着き、とても綺麗になり、結婚するだなんて……、昔を知る者からすれば感無量です。

 新郎の方も、出会ったばかりの頃は人見知りで、泣き虫で、誰かの背中に隠れているような弱い人でした。それが、スポーツで頂点に立つという結果を出し、さらには自信もついて、誰よりも男らしくなっていきました――――

 そんなおふたりが結婚するのはとても嬉しく思います。――良かったです。おふたりの幸せな姿を見ていると、ワタシも結婚したくなりました。もちろん、相手は募集中ですが。

 ……繰り返しになりますが、おふたりとも、ご結婚、本当におめでとうございます!』



 そんなメッセージを言い終え、ブラウン管テレビの電源が落ちた。


 それとほぼ同時に、ソファで寝転んでいた男が起き上がった。


『……? ここは、どこだ……――誰かいるのか!? おい!!』


 個室をぐるぐると歩き回る。部屋を探索し、棚の上、引き出しの中、工具箱などをひっくり返し、手がかりを探しているようだが…………有用なものは見つけられなかったようだ。

 唯一の出口である扉が開かないことを理解し、再びソファーに戻ってくる。

 ……諦めたように腰を下ろした。


『出られないか……なんだよ、これ――』


 まるで映画の冒頭のような映像だった。



「……ねえ、これはなにを見せられてるの?」


「あいつらしいと言えばらしいけど……このタイミングでこれを流すか? いや、まあ『らしい』と言えばらしいんだけど……。これは身内にしか受けないだろ。このまま短編映画でも流されたら笑っちゃうけど、あいつのことをよく知らない人からすれば、こんな場でこんなものを、ってさ……悪ふざけの度が過ぎてると思われて、怒り出すかもしれない……」


「ハラハラするわ……まったく。ベタを避けて理解されないことをするのが好きなのは分かってるけど……人のぽかんとした顔を見たいって欲求は未だに衰えてないみたい。しちゃダメな状況でするのが快感って言ってたから……。でも、今回のこれは中途半端じゃない? あいつなりに披露宴だから遠慮した、なら分かるけど……でも、それだとあいつらしくない。あいつは一番、大人になって手を緩めたらダメなタイプよ」


 内容が理解できる……それでは足りないのだ。


 だからこそ、これは前座。まだ、終わっていない。



 ――映像の続きがあった。


 ソファに座っていた男が、飢えに堪えられず、倒れていた――そして出されたのは「数時間後」というテロップ。

 その後、男はぐったりと倒れ――動画は早送りされる。

 男はソファから落ちて床に倒れる……テロップは「数十時間後」。


 さらには、「数百時間後」となった。


 ――――「数年後」のテロップが出た時、男は『白骨化』していた。


 その映像に、会場がどよめいた。

 当然、笑いなんて起きなかった。


「ふふ、本領発揮してきたわね」


「親族はドン引きしてるけどね。やっとあいつらしくなってきた――あ、でも学生には受けてるな……面白いのかな?」


「みたいよ? 学生に当てるのは上手だ、って評価はされてるみたいだし」


 映像の中で、白骨化した男に近づくのは、壁をすり抜けた(編集技術によるものだ)天使のコスプレをした同じ男だ。

 彼が白骨を跨いでカメラに近づく。


『おふたりさんっ、結婚おめでとう!!』



 ――――そして、この後の展開はなく、映像が終わる。


 司会が呆気に取られていたが、ざわざわとする会場に気づいて正気を取り戻す。


「あ、ありがとうございましたっ。ご友人……? からのビデオレターでした!」



 調子を取り戻した司会が、今後の式を滞りなく進めていく。


 ちょっと「ん?」となったのは、ついさっきのビデオレターくらいなものだった。


「――変わらない人だったわね」


「面白いやつだよ……まったく。会いたかったんだがな……やっぱりきてないか」


 遠くに見える席は空白のままだった。


 すると、その席に座った人物がいた。……やっときた、と思えば、新郎新婦のすぐ近くの席に座っていた親族のひとりだった。席を移動しただけ――だったようだ。


 席の移動は自由とは言え、紛らわしいタイミングだ。


「挨拶したかったな……」



「――――じゃあする? 多忙の中、会いにきたんだけど?」



 すぐ近くの席には、映像の中で白骨化し、さらには天使になっていた新郎新婦の親友が座っていて――――


「「いや、出席してんのかよ!?」」


「うん。現場にきたのにビデオレターを流していたのか、というのが本命のネタだよ。中身については別に、思い入れもなにもないけど。でも、ふたりが気に入ってくれて良かったよ。――あらためて、結婚おめでとう、おふたりさん」


 親友がスマホを向け、「はいチーズ」と言ってシャッターを押した。

 咄嗟に新郎新婦が頬を近づけてピースをしたけれど、新郎は気づいてなさそうだが、新婦は分かっていた――ここでそれをするのがこいつだと分かっているからだった。


「あんたそれ、インカメでしょ?」


「お、よく分かったな――インカメでした!!」


 男がスマホを見せてくる――

 彼の手の中にあるスマホには、幸せそうな新郎新婦が、ばっちりと撮影されていて…………。


「え?」


「予想されているならそれを裏切るのが俺のやり方だから――。幸せいっぱいの夫婦を撮るのが、今の俺のやり方だよ」


 表の裏の裏は表のように。


 一周回っても、裏切ってしまえば面白くなる。



「末永く幸せにな――相性いいんじゃないか? 姉女房だし」


「同級生だろうが」




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お祝いの言葉 in デスゲーム 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ