FINAL TURN それからのこと、これからのこと

 “影の女王”崩御から一年。

 国家元首不在を狙ったかのようにフワ・インダストリーズが日本という国家そのものに宣戦布告し、わずか一ヶ月で勝利。統治権を簒奪し、国家運営すらビジネスにしてしまい、国民がそれに慣れ始めた頃だった。

 “影の女王”を暗殺した幽世歩きを倒したのがフワ・インダストリーズ製の人工ヴィランであるという事実もあって、フワ・インダストリーズによる国家運営ビジネスに反対する民草はせいぜいが政治結社程度であり、国の正規軍に匹敵する私兵を抱えるフワ・インダストリーズからすれば何の痛痒もないという有様である。

 見ようによっては不安定に思える現在の日本に、アンジェリカは訪れていた。理由は一つ、墓参りである。

 幽世歩きによって斃された旧世代型魔法少女たちの集合墓地の隅に、ヒカル・バンジョーは眠っていた。

 『刻死天使を倒せし英雄、ここに眠る』という大層な文章が刻まれた墓石の前に花を手向け、アンジェリカはおっかなびっくり線香に着火する。

 日本式の墓参りに必要な手順を一通り終え、しゃがみこんだアンジェリカはヒカルの眠る墓石に語りかける。

「幽世歩きに殺されたってことは、天国にも地獄にも逝けない死に方をしたってこと。つまりここの下に埋まってるのは魂のない亡骸の燃え残りだってことは承知しちゃあいるさ。でも、ここでしか話せないことなんだ。聞いてくれるか、相棒」

 リゼってばあの一件が終わってから独占欲が重くなってさあ、と故人に語りかけるにはあまりに溌剌とした声色だった。

「私も、ヒカルと一緒に過ごした時間は幸せだったよ……死ぬ前に伝えたかったけど、ね」

 リゼに聞かれたら二度と日の光を浴びれなくなりそうだしここだけの話な? と唇の前に人差し指を立てるアンジェリカの笑顔の裏には、後悔が潜んでいた。




 一方その頃エイルル帝国では、第66代皇帝ルルアルケ・ラース・エイルルが執務室に響き渡る怒号をあげていた。

「謹慎を命じた幽世歩きがいないだと!? あの愚か者はどこをほっつき歩いているんだ!」

 国家運営をフワ・インダストリーズが担っている現在でこそ日本とエイルル帝国は国交を樹立できているが、幽世歩きによる“影の女王”暗殺はその上司であるルルアルケの管理不行届に他ならず、フワ・インダストリーズが統治権を簒奪する以前の日本との国交を断絶されても文句の言えない悪手であった。

 ルルアルケはその責任をとらせるべく幽世歩きに謹慎と減給という形で罰を与えていたのだが、当の幽世歩きが姿を消したのだから流石のルルアルケも怒り心頭。キリキリと痛む胃を抑えながら、幽世歩きを捜索するか否か逡巡する。

 幽世歩きはフワ・インダストリーズの開発した時空間転移の他に『刻死天使の権能』を用いた瞬間移動を用いての超長距離移動を呼吸するように行使する。1フレーム発生で世界中のあちこちを飛び回るアレをバカ正直に追いかけ回すのは現実的ではない。しかし、これ以上の監督不行届案件が発生して大いに頭を抱えるのはルルアルケ本人である。

 ちなみに幽世歩きはルルアルケにかけられた呪術めいた魔法により、死亡時に死の直前の状態で指定された場所に強制転移するため、実質死を免れていた。

 露骨に苛立つ上司を見て困惑する行政官たちだったが、当の幽世歩き本人から通信魔法が届き、その内容をルルアルケに報告することにした。

「申し上げます! 幽世歩き殿は現在、フワ・インダストリーズ火星支部にてライカ・フワ様とお茶会をしているとのこと!」

「今すぐ呼び戻せ!」




 国家中枢で乱痴気騒ぎが起こる中、城下町ではロロが『お助け屋』としての営業を再開していた。

 正確には、度重なる離反や裏切り行為によりヒーロー支援機構・ホワイトマインドとヴィラン支援機構・ブラックマインドの双方から除名処分を食らい行く宛がなくなったので元鞘に戻ったと言うべきだろう。ホワイトマインドから何度も離反し、ブラックマインドのトップヴィランランカーに引導を渡すなど、およそ傘下に置くには問題大アリの行動が目立ったので無理もない。

 そんなロロはヒーローから警吏に戻ったラピスからの要請により、立てこもり犯との交渉にあたるラピスに同伴していた。

「ねえラピス、魔眼使っちゃえばロロの出番なくない?」

「そうしたいのは山々なんですが、警戒されてしまって……」

 左目を覆い隠すように眼帯を着けたラピスは悔しげに言う。

「可愛いロロさん相手でも交渉に応じないなら最悪暴力に打って出てもいいかなと」

「ブラックマインドに連れ去られてからなんかおかしいよラピス」

 『秩序の魔眼』の過剰使用のせいなのか、ブラックマインド時代のストレスのせいなのか、様子のおかしいかつてのオペレーターにして妹分に対してほんのり恐怖を感じるロロだったが、頼られる分には一向に構わないので一旦この問題を頭の隅に追いやることにした。問題の根幹に自分が関わっている事実を直視したところで解決する問題でもないし。

 立てこもり犯は現在複数人の人質をとって逃走用の移動手段を要求しており、治安維持にあたる警吏たちとしては大人しく投降してほしいところだった。しかし警吏たちの中に『秩序の魔眼』を持つラピスがいることもあって立てこもり犯は交渉を拒否。ロロに交渉役を任せる……という経緯を経たのだが、ロロもラピスも忘れていたことが一つある。

 ロロは皇帝ルルアルケ子飼いの暗殺者である幽世歩きに引導を渡したため、裏社会では有名人扱いされていた。ヒカルによって瀕死に追い込まれていたとはいえ、幽世歩きにトドメをさしたのは他ならぬロロだ。当然、立てこもり犯は警戒心を強めていた。

 そうとも知らずにロロは声を張る。

「立てこもり犯の人ー! ロロとお話ししませんかー?」

「するわけねえだろ! あの幽世歩きを殺したバーサーカー相手にはいそうですかってのこのこ出ていくバカがどこにいるんだよ!?」

「今ロロさんのことバカにしましたね? ロロさん、実力行使しちゃってください。四分の三殺しまでなら実質無傷です」

「やっぱりラピスおかしいよ? カウンセリング受けた方がいいよ……まあ、交渉に応じる気がない相手には実力行使が手っ取り早いよねッ!」

 五分後、立てこもり犯はきっちり四分の三殺しの状態で逮捕され、建物は半壊し、人質全員が無事に救助された。

 当然、ロロとラピスは仲良く始末書を書くことになった。




 ところ変わってフワ・インダストリーズ火星支部。

 支部長室に置かれた応接セットで、人間態の幽世歩きと本物のライカ・フワが緑茶片手に雑談に花を咲かせていた。

 赤紫のウルフカットや右眉から右頬にかけて走る縦一文字の傷跡を隠せない眼帯に左側頭部のデフォルメされた骸骨のアクセサリーや紫を差し色としたゴシックロリータが特徴の少女とも少年ともとれる女……幽世歩きが雑談もそこそこに話題を切り替えた。

「で、君なんでしょ? ヒカル・バンジョーなんかを造ったバカタレは」

 それに対して、紫がかった白い髪と碧の瞳に豊満なバストを強調するような着こなしのレディーススーツが特徴の女……ライカは素直に認めた。

「大変だったんだよね、アレ造るの。センセがカチキレるの目に見えてたけど、“影の女王”陛下の要求を満たせないって私の居所知っている社員に泣きつかれたからにはさあ、やるしかないよねって」

「本音は?」

「センセのこと困らせたかった」

 こともなげにレスポンスするライカに、反省だとか後悔だとかそう言った後ろ向きな感情は微塵もなかった。

 反省の色皆無のかつての教え子に対し、幽世歩きは青筋を立てながら静かに問う。

「アンジェリカ嬢を巻き込んだのもか?」

「そうだね」

 恩師が怒気を放ち始めてもどこ吹く風の態度のライカに、幽世歩きはこれ以上何を言っても無駄だと己に言い聞かせて冷静さを維持することに努めた。

 ライカのことだから旧世代型魔法少女の虐殺要請も彼女が手を回したのも容易に想像がつく。生真面目で穏健寄りのライアが出すはずもないアイデアにゴーサインが出たのはどう考えてもライカの仕業だし、“影の女王”の能力で幽世歩きから『刻死天使の権能』が剥がされるリスクがあることも把握していたに違いない。

 それら全てを理解した上で数多の人間を巻き込んだ騒ぎに発展させるような悪性を持つに至ったのは、幽世歩きの教育のせいに他ならないのでこれ以上怒らないようにする。元をただせば全部自分が悪いのだから。

 だが。

「君の諸々の暗躍のせいで私は謹慎と減給三年を食らったんだが、そこまで困らせたかったのかい?」

「そこまでになると考えが及ばなかったね。今代のエイルル帝国の為政者がそこまで厳格だとは思わなくてね」

 ルルアルケの名誉のために補足するが、彼女が厳格なのではなく、幽世歩きやライカの倫理観が希薄なだけである。

 さもなければ無辜の魔法少女を虐殺しようなどと言い出したりそれを受け入れたり、何の関係もない錬金術師を巻き込む騒ぎを起こしたり被害者である“影の女王”を逆恨みして暗殺したりするような事態にはならない。

 一連の騒動において諸悪の根源たるライカは、一切の被害を受けずにスナック感覚であらゆる人の人生を掌の上で転がして弄んでいた……というのが、事の真相である。フワ・インダストリーズ本社もこの件について咎めたいところであったが、ライカの開発したボース粒子を用いる時空間転移技術の利用に関わる一切がライカの一存で決まる以上ぞんざいに扱うわけにもいかず、一連の騒動でフワ・インダストリーズ本体含め実害を周囲にもたらしたのが外様の幽世歩きであることから責任を追求するのも難しい。日本国の国家運営をビジネスに組み込めたのはライカの介入と暗躍によるものであり、もたらした被害を上回る利益が転がり込んできた点もライカの扱いをより難しくしていた。

 そんなライカを姉と呼ぶライアは、ひとまずライカが引きこもる火星にフワ・インダストリーズの支部を設立させ、ライカに火星支部の支部長という立場を与えて現行の技術顧問である自分より下の地位にすることでこれ以上の独断専行を許さないように対策はした。だが、悪魔的頭脳の持ち主のライカ相手に効果があるかは怪しいところである。

 話は戻り、幽世歩きが応接セットのソファから腰を上げた。もう帰るの? と寂しさを隠さないライカに対し、幽世歩きは言う。

「チビ皇帝からの鬼電を無視するわけにもいかないからなあ。ああそうそう、帰る前に言っておくことがある」

「なんですかねセンセ」

「君の暗躍のとばっちりで私が謹慎と減給を三年分食らうのはいいだろう。私の責任は私がとらなきゃあならないし。私の遺伝子を使って下等生物を造ったのもまあいいだろう。そういう仕事だったからな」

 幽世歩きからの言葉に疑問符を浮かべたライカの腹部に、幽世歩きのボディーブローが突き刺さった。

 手加減が入った拳は、それでもソファごとライカの身体を吹き飛ばすだけの威力を誇った。

「だがライカ……君は私の推しカプの仲を引き裂こうとした。そのツケはきっちり払ってもらう」

「ナマモノでカップリングの話するのは……かはっ、いかんでしょうよね……」

 血の混じった咳をしながら、ライカは反論を試みる。が、それは幽世歩きによる蹴りが左脇腹に命中し吹き飛ばされることで阻止された。

「四の五の言うなよ。君相手だから加減しているんだ、せっかく瑞々しいまま長生きしているのを無駄にされたくないなら黙れ」

「ご、ごほっ……ごめん、なさいセンセ……センセの地雷がそんなとこにあるなんてわかんなくてね……」

「まあこれからも永い付き合いになるんだ、おいおい理解していけばいい」

 じゃあな、と手を振った幽世歩きの姿がドス黒い瘴気となってかき消えた。




 ヒカルの墓参りを終えたアンジェリカは、集合墓地の外で待っていたリーゼロッテと合流した。

「おまたせ、まった?」

「待った! 一周忌だからって浸りすぎだよ!」

「んだよもう! 浸らせてくれよお!」

「……んふっ、ふふふっ!」

「な、何さリゼ? いきなり笑い出して……」

「んーん、何でもない」

 アンジェリカがブラックマインド傘下のヴィランとして活動していた経歴は、リーゼロッテとワイズマンの共謀により揉み消された。幸いにもチームネガ・ライトは実働担当のヒカルと後方支援担当のアンジェリカに分かれて活動しており、表立って有名だったのはヒカルの方だった。加えてヴィランとして活動していた組織は跡形もなく崩壊したため、揉み消すのはそう難しいことではなかった。経歴のクリーニングに幽世歩きが協力を申し出たのも大きく、今となってはチームネガ・ライトはヒカル・バンジョーと謎の人物の二人組チームという形で世間では認識されている。

 こうしてアンジェリカの経歴から悪行が綺麗さっぱりなくなったわけだが、リーゼロッテとしてはヒカルとの接点を匂わせる行動をアンジェリカにはとってほしくないのが本音であった。昔の間男のことなんてさっさと忘れて欲しいという独占欲と、せっかくクリーニングした経歴を闇からサルベージされては困るという心配の感情から複雑に絡み合った結果の産物だ。

 しかしリーゼロッテはそれを咎めることができない。妻のわがままに付き合うのも伴侶の務めであるし、何よりぽっと出の間男風情に負けているような振る舞いはエイルル帝国の皇女に相応しくない。

 それはそうと──ヒカルが絡んでいるとはいえ──アンジェリカの可愛らしい言動を見られる幸せというものを、リーゼロッテは噛み締めていた。

 アンジェリカが墓参りしている間に幽世歩きから『アンジェリカがヴィランになった原因の女をしばき倒したから安心しろ』という旨の連絡を受け取って安心したのもあり、この幸せがこれからも積み重なっていく薔薇色の未来を脳内で描いて思わず笑ったのだ。

 そんなリーゼロッテのことを訝しみながらも、アンジェリカはリーゼロッテの手をとって歩き出した。

「ほら、何か食べに行こうよリゼ。近くに“影の女王”が贔屓にしていた純喫茶があるらしくって、そこのオムライスが絶品だとかなんとか」

「いいね、行こう!」


 ある日突然親しい人々の前から姿を消し、ヴィランにさせられた錬金術師は、ヴィランとして造られた存在に命を賭けて助けられ、平穏で幸せな日常に帰ることができましたとさ。

 めでたしめでたし。

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ホワイト・オア・ブラック・マインド(仮) カゲツキ主任 @5H4D0WM00N

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