其之弐拾玖話 月の光輝くとき
見下しながら話す蛇鬼を前に、舞美は跪き頭を抱えたまま反論する。
「ち、違う‼ 違う違う違う違うっ‼ 私は涼介君を殺してない!あれは…あれは…涼介君がっわ私に…私にっ!」
「何も違わない……。お前が……その手で涼介を殺したんだ…。思い出せ、舞美……お前が……あいつの喉元にぃ…剱を突き立てた……そして涼介はぁ……悶え苦しみながらぁ……死んだぁ…お前が…殺したんだぁ」
「ま、舞美……駄目です……蛇鬼……の言葉を……聞いては……いけません」
嫗めぐみが震える足で立ち上り、舞美に忠告するが、その声は小さく、掠れ舞美には届かない。
「わ、わたしがりょうすけくんをころしたの?
わたし…が…りょうすけくんをこ…ろ……した?
ちがう……わたしは……すきだったの……りょうすけくんのことを……
その……わた…が……りょうすけを……ころ……し……」
舞美の目が虚ろになり、次第に頭が下がり始め、体がくの字に折れ始めた。
「いかんいかんいかんいかん!舞美!力が!『五珠の力』が裏がえってしまうぅ‼ 舞美ぃ正気を保つのじゃ!」
「舞美ぃ! 舞美舞美ぃ! 惡の力に染まってはならん!」
「おのれ! 惡鬼めっ! 姑息な手を使いおって!」
「駄目じゃ!舞美の身体から瘴気が出始めておる!もう儂らの声も聞こえておらんぞ!」
「舞美!舞!…美…舞……美舞……美…舞………………」
どんなに叫ぼうともオジイ達の声は、舞美に届く事はなかった。
やがて俯く舞美の身体から、どす黒い悪氣が煙のように出始め、腕の五珠が黒く変色し始めた。
『バキッッッバキッ』
乾いた音を立てながら頭には二本の角が生え、白い纏が体から湧き出す惡気に染まりまっ黒く変色した。
「ああああああああああ‼ ああああああああああ‼」
舞美は自責の念に打ちひしがれ、跪き両手の拳で地面を叩き続けた。そして瞳からは、墨のようなまっ黒い涙がとめどなく溢れ出る。
怒りとも悲しみとも言えない叫び声をあげながら!
舞美が悪鬼に変わる様を見て、蛇鬼が高笑いしながら言い放つ!
「ハッハッハッハッハァ‼ いいぞ、いいぞ舞美! どんなに清い心を持っていても、所詮は人間よ! 人の心は脆く貧弱! さぁ、惡の心を持った素晴らしき鬼の娘、鬼神の娘よ! その剱を持って私の下へ来い! そして共に日ノ本を滅ぼしここを新たな國、悪の巣窟とするのだぁぁハッハッハァ!」
破蛇の剱を握りしめ立ち上る舞美。歯を食いしばり黒い涙を流しながら破邪の剱を一振りすると、目の前にあった巨石が一瞬で粉々に砕けた。その姿は正に鬼神のごとく、であった。
「ガアアアアアアアアアアアアァァァァッ‼‼」
獣のように雄たけびを上げる舞美。その変わり果てた姿を目の当たりにした嫗めぐみは、力なく膝をつき涙を流しながら『舞美……』と呟いた。
その時だった……『ひゅぅぅぅ』っと…何処からともなく一陣の風が吹き、嫗めぐみの顔を撫でるように横を通り過ぎた。
めぐみは、その風に何かを感じたのか目に涙を浮かべた。
風は、お日様の様に暖かく優しかった…そして、その風が舞美の耳元を撫でるようにかすめた……すると……
『チリン……チリリン……』
その風に乗って聞こえる風鈴の音色と共に、耳元で囁く声……。
『舞美さん……僕を……纏っ……て…ク…ウゥ…ン…』
微かに聞こえたその声は、涼介と羅神の声……微かだが確かにそれは神谷涼介と羅神の声だった!
完全な鬼神の姿にあと少しという所で、舞美は頭を抱え倒れこみ転げ回りながら悶え始めた。
「ガァァァァァァァァァァァ!?ヴアァァァァァ‼ガウッガウアァァァァァ‼‼」
そして肩で息をしながら四つん這いからゆっくりと立ち上がった……。
そして……『カッ!』と目を見開き叫び声をあげた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
何かを振り払うように舞美が叫ぶ!
すると黒い瞳から流れていた墨のような涙が、光輝く美しい涙になって舞美の頬を伝う。そして大きく真横に手を広げ、拍を討ち唱える!
『パンッ!』
「纏っ!!」
『ゴロゴロゴゴ……ビカッ! バァァァァァン!!!!』
甲高い音が鳴り響き、どこからともなく放たれた神(しん)の稲妻が舞美の身体を貫き、神々しく輝き出す!
どす黒い纏が再び真っ白い纏に変わり、ポニーテールの結び目が『パサッ』っとほどけ、黒髪が煌めく銀髪になり其れが自身から溢れ出る氣で靡く。
そして体から湧き出ていた黒い惡氣は祓われて、青く清い氣に変わった。
更に舞美が右手に持った破蛇の剱を、邪鬼へ向かって指し示す。すると右肩から青い蛇の刺青が現れ『シュルッ』と右腕に巻き付き、その蛇の頭が手の甲に達すると同時に、太い白銀の破蛇の剱は、柄(つか)の部位から次第に青白い光を放つ細身の刀に変化していった。
『ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッ』と軽く刀を振った後、その刀で蛇鬼を指し示し静かに呟いた。
「月下の……刀……」
その名を聞いた蛇鬼が驚き恐れ慄く。
「げっ、月下の刀……だと⁉」
「そ、そんな物、わ、私は恐れんぞぉぉぉ! ガアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
醜い雄たけびを上げながら、蛇鬼の背中が割れ始め、再び大蛇の姿になり黒蛇頭が黒い毒煙を、赤蛇頭は激しい焔を舞美めがけて吐き出した!
「ゴガアァァァァァ! 溶けてなくなれぇぇぃぃ! 舞美ぃぃぃ!」
しかしその攻撃に舞美は慌てる事も逃げる事もせず、月下の刀を『ヒュンヒュン!』とX状に振り切った。すると舞美の眼前の空間が斬り裂かれ、そこから青白い光が広がり、毒煙と火焔をすべて浄化し、消し去った。
「蛇…鬼……………………」
『青き月の力』を纏った舞美は静寂だった。何も語らず表情も変えず。唯、蛇鬼を祓う事のみに徹していた。
そして月下の刀を構え電光石火の速さで黒蛇頭の目の前に飛び込んだ!
『シャシャシャシャン!シャシャシャシャシャシャシャン!』
刀が空を切る音が聞こえた…かと思うと瞬で、鋼鉄よりも固い黒蛇頭が切り刻まれ脆く崩れた!
その動きは、蛇鬼の目をもってしても捕らえらない速さだった。
「ギヤァァァァァァァァ!」
「ドォォォォン!」
蛇鬼の悲鳴が洞窟に木霊すると同時に、邪鬼の巨体が激しく爆発し、辺りに爆煙が立ち込めた。そして煙が晴れた後には、右腕と左足がなくなった邪鬼が横たわっていた。
跪く蛇鬼にゆっくりと歩み近づく舞美。その青い瞳に恐れ慄き後退りする蛇鬼を、無言無表情で追い込む舞美。
蛇鬼は『待った』と言わんばかりに左手を差し出し命乞いを始めた。
「ま、舞美待ってくれ! お、俺が悪かった! もう俺は戦えない! ほら、足もないし腕も片方ない! その刀で切られたから再生もできない! 俺はもうだめだ、おとなしく日ノ本から出ていく! だ、だだから命だけは命だけは、た、た、助けてくれお願いだ!」
「舞美! そ奴の言葉を聞いてはいけません! 早く、早く止めを!」
めぐみの言葉に一瞬視線をそらした舞美。次の瞬間、蛇鬼がにやりと笑い、差し出していた左手が氷柱のように尖り、舞美に向かって弾丸のような速さで伸びだした!
「ハッハッハァ! 死ねぇぇ舞美!!」
しかし舞美は、めぐみの方へ視線を向けたまま刀を『シュシュシュッ』と振り切り伸びてきた蛇鬼の手を細切れに切り刻んだ。
「ギヤァァァァァァァァ!」
再び悲鳴を上げる邪鬼。両手を失った蛇鬼は、情けない声を上げながら片足で後退りする。
「ヒィィ…ヒッヒィ…ヒィ」
舞美は、静々と蛇鬼に近づき、見下ろしながら刀を突き付け、静かに言葉を発する。
「邪鬼……あなたを……祓います……お覚悟を……」
『シャッ!!シャシャシャシャシャシャン……』
神速の速さで刀を振るう舞美…
「ゴギャァッ! グギャァァァァァァァァ………………」
細切れになった蛇鬼の……最後の断末魔が洞窟の中に木霊する。
月下の刀に切られた蛇鬼は、泡のように崩れやがて蒸発し跡形もなく消えてなくなった……これが日ノ本を恐怖に陥れた蛇鬼の最後だった。
全てが終わった。舞美は目を閉じ静かにゆっくりと息を吐いた。
『ふぅぅぅぅ』
すると舞美の身体から光の粒が立ち昇り、元の纏姿に戻った。
舞美はすぐにめぐみの下に駆け寄り、白珠の力で治癒をした。霊気を使い果たし、意識が朦朧としていためぐみだったが、どうにか治癒が間に合った。
崩れた岩の間から外に出ると、東の空がうっすらと明るくなり始めていた。舞美達にとって長い……とても長い夜が終わり新しい朝が訪れる。
舞美は遠い山々の向こうから昇り出(いずる)日(たいよう)を見つめながら、涼介と羅神の事を思い、大粒の涙を流した。
余りにも大きな…大きな犠牲を払った…この戦いは今、終わった……。
そして決戦の日から幾日が過ぎた満月の夜。その日はオジイ達との別れの時だった。オジイ達は今回の邪鬼との戦いによって自分達の『五珠の力』を使い果たしてしまい、その力が失われつつあった。その為、再び永い、永い眠りに着くという事だった。
「舞美、別れの時じゃ…」
「舞美、ありがとう。お前のおかげで日ノ本が救われた」
「舞美、東城家を頼むぞ」
「舞美、お前はやっぱり魔法少女じゃ!」
「舞美!舞美!舞美!あの時はもう駄目かと思ったが流石、我が東城家の末裔だ!」
オジイ達一人一人と別れを惜しんだ。そして後ろには、静かに佇む制服姿の嫗めぐみがあった。嫗めぐみは、このまま現世に残ると思っていた舞美、しかし……。
「舞美、私の役目は……終わりました……。彦様が再びお眠りになるというのなら私もご一緒しとうございます……」
「そうか、めぐみさんも行くんだ……寂しくなるねっ!」
めぐみは、静々と舞美の前に歩み寄り、今まで一度も見せた事がなかった笑みを浮かべながら舞美を抱きしめた。そして涙を流し、耳元で呟いた。
「舞美……。あなたが私の代わりに……父上…母上そして皆の敵を取ってくれました。本当にありがとう……ありが……とう……」
そう言って暫く抱きしめた後、嫗は舞美の両手を握り目を見つめながら……
「舞美……私の名は……嫗…嫗千里之守…」
そう言ってにっこり微笑んだ。そしてそのまま、ゆっくり後に三歩下がり、深々と頭を下げた。
「それでは……舞美……おさらば!」
オジイ達の声が響く!
五人のオジイ達と嫗めぐみが満月の光が輝く空に、手を振りながら昇り行き次第に小さくなって消えていく…。
それと同時に、舞美の腕にある五珠の腕輪が徐々に色を失っていった。
「さようなら、オジイ達……さようなら嫗千里之守……さん」
舞美は別れを惜しむように、いつまでも……いつまでも……月が輝く空に向かって手を振り続けた。
今生の別れの日。天高くある月が青く輝く、とても…とても…静かな夜の別れだった。
『纏物語 第壱章 東城舞美編 日ノ本に迫る悪しき者』
終
纏物語 つばき春花 @azqvc86gtr
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