其之弐拾㭭話 悲しい別れと自省の念

「残念だ、実に残念だ……嫗の子よ……」


 そう言いながら蛇鬼は、鋼鉄のように硬い爪を長く伸ばし、その手を振りかざし嫗にとどめを刺そうと一気に振り下ろした。


 『ガキィン!』


 そこに間一髪で舞美が間に入り、破蛇の剱で蛇鬼の爪を受け止め、力ずくで振り払った! 


「おりゃぁぁぁぁっ!」


 普通の剱であれば棒切れのように真っ二つであっただろう。


「むぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 舞美の速さに驚嘆した蛇鬼は、一旦後ろへ大きく退いた。


「めぐみさん…大丈夫?…白…纏…」


 そして舞美は白珠を纏い、生命の指嵌で嫗の傷を癒した。


 傷が癒えたとはいえめぐみは、直ぐには立ち上がれない程、神氣を消耗していた。


「舞美……ありがとう……ごめんなさい……」


 力なく言葉を発するめぐみに舞美が応える。


「うん! 大丈夫だよ、めぐみさん。後は任せて!」


 舞美は、剱を鞘からシュラッと抜き脇構えで対峙した。


「やぁぁぁぁ!」


 疾風の如く舞美が切りかかる、蛇鬼の手刀を避け、懐に潜り込み一閃する!


 しかし蛇鬼は微笑しながら舞美の一振りを軽々しく避けた……だが避けたと思っていた胸の部分がぱっくりと裂け、その傷がブスブス…と黒く焼け焦げた。


 邪鬼は驚きのあまり少し…ほんの少しだけ動揺した。


 しかしその傷は直に塞がれ蛇鬼は、落ち着きを取り戻し、何故か大口を開けて高笑いをした。


「フッフッフッ……ハアァァァッッ! ハハハハハハハッ!! 素晴らしいぃ! 素晴らしいぞ東城舞美! そしてその破蛇の剣、呪われし鬼の力が宿る剱! 気に入った! そして気に入ったぞ舞美! やはりその剱だけじゃなく舞美、お前も我物にするぞ!」


 そう言い放つと蛇鬼の目が白目になり、何やらブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。


 蛇鬼の周りに悪氣が集まり始め、やがてそれが渦をなし、邪鬼の体を取り囲む。その渦が蛇鬼を巻き込み次第に巨大になる、合わせて邪鬼の身体が背中から割れ始め、渦と共にみるみる巨体になっていく。


 割れた体は更に巨体なり、それが長く形を変えていく。


 そして渦の中から現れたそれは巨大な大蛇、涼介よりもさらに巨大な大蛇だった。


 しかもこの大蛇には、二又の尾と赤黒い頭が二つがあった。そして赤黒い双頭の口からは炎と漆黒の頭の口からはどす黒い煙が漏れ出ている。


「舞美、あの炎は危険じゃ!先の戦いで涼介とやらの炎にすら纏が耐え切れず崩れようとしたからのぉ…」


「黒い奴の吐く息、あれは恐らく毒じゃ。毒の息、これは厄介じゃどう防ぐよ?」


「緑じゃ緑珠で風を纏うのじゃ」


「いや、それでは毒息まで纏った風に巻き込んでしまう」


 その話の中に霊氣を失い、弱々しい歩みの嫗めぐみが割って入ってきた。


「私が…羅神を纏い何とか蛇鬼の術を封じます。舞美はその隙に蛇鬼に一死報いるのです」


 そう提案した。しかしめぐみは、先ほど受けた傷が十分に癒えていない。無表情でも体は、フラフラだった。


 しかしめぐみは、力強く語った。


「ここで蛇鬼を倒せなかったら……どちらにしても……私達は消されてしまいます…だからこの身を賭してでも全力で蛇鬼を倒さなければなりません。今…ここですべての同胞の敵を……討つのです……」


 舞美はめぐみの言葉を聞くと唇を嚙みしめた。そして…剱をぎゅっと握り涙を堪えながら頷いた。


「行きますよ……舞美、羅神……」


 嫗は羅神を抱きしめながら頭を優しく撫で…すくっと立ち上がり拍を打った。


『パンッ!』


「雷…纏…」


 めぐみは、雷珠を纏うと、直ぐに蛇鬼の方向へ疾風のごとく突っ込んでいった。


 舞美もめぐみに後れを取らぬよう、自分の出せる限界の速さでそれに続いた。


『シュパパパパパパパッ』


 嫗めぐみの動きを悟った蛇鬼の黒い頭が擡げ、どす黒い

息を吐き出す!


『スゥゥゥ…ゴバァァァァァァァァッ!!!!!!!!』


 毒煙に臆することなく突っ込んでいくめぐみ。


「神の風…氷雪…」


『シャンシャン!』


「氷雷結晶刃……」


『ゴォォォォォォォォォ!!!!』


 嫗の前に凄まじい風の渦が巻き起こり、黒い煙を巻き上げる、そこに無数の氷の結晶刃が、高速回転しながら四方に飛び散り、さらに黒い煙を分散させ吹き飛ばした。


「舞美!!」


 猛毒の煙を吹き飛ばしたところに破蛇の剱を構えた舞美が突っ込んでいく! 


「まずは漆黒の頭を切り落とすっ!!!!」


 舞美は剱を振りかざし、下方から黒蛇頭の首めがけ、思いっきり斬り込んだ! 


 しかし!


「甘い!甘いわっ!!人間!」


 そう聞こえたと同時に真下から赤蛇頭が舞美を激しく跳ね上げた。


『ドガッ!』


「キャァァァァァ!」


 舞美は錐揉みしながら天井に激しく叩きつけられそのまま地面に『ドサリッ』と力なく落下した。


「舞美!」


 めぐみが叫び、舞美の元へ駆け付けようとする、しかし真横から蛇鬼の尻尾がめぐみを真面に捉え、壁に叩きつけられた。


「うぅぅぅ……」


 力無く地面に横たわる二人…そして蛇鬼は、ズル……ズル……横たわる舞美ににじり寄ってきた。


 その危機に羅神が自ら、めぐみとの纏を解き、蛇鬼の前に立ちはだかる。そして低く構え唸って威嚇した。


「ヴヴヴウヴァァァァ…」


 舞美は、起き上がろうとするが力が入らない、上半身を上げ出せる限りの声で叫んだ。


「羅…神だめ…下がって…に…逃げて……」


 羅神は、舞美の声に一度振り向き頷いた。その目を見た舞美は悟った、羅神は何かを決意したと…。


『ヴヴヴウヴァゥゥゥッ…』


 更に唸ると羅神の身体が『パリッパリッパリッ…』と乾いた音を出しながら青白く光りだす、そして……。


 「羅神!だめぇぇ!!!」


 「ガアアオォゥ!!!』


『バアァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!』


 羅神の聞いた事のない激しい咆哮と共に、一筋の巨大な稲妻が黒蛇頭に直撃した!


 凄まじい閃光、そして轟音が洞窟に響き渡り、その衝撃波により岩が崩れ落ち、洞窟内が土煙に包まれた。


『パラ…パラ…パラ…』


 小石がおちる中、次第に煙が晴れる。静寂が訪れ顔を上げると…舞美の目の前には、力なく横たわる羅神がいた。


 舞美は、羅神の傍に這い行き、羅神の顔を撫でながら涙を流し語りかけた。


「羅神……羅神……ごめんね……羅神…私のせいで……私が……」


 羅神は、震えながら最後の力で首を擡げ、舞美の涙をペロッと一舐めした後、ゆっくりと頭を下ろし目を閉じた。


 そして『スゥゥゥ…』っと小さな子犬の姿になり、そして初めて出会った時のような白い珠になり……少しづつ小さくなって消えていった…。


 手を地面に着き謝りながら泣きじゃくる舞美。


 そこへ土煙の中から蛇鬼がゆっくり歩み寄ってきた。羅神の渾身の……命を賭しての雷撃は、蛇鬼には全く効いていなかった。


 俯き泣きじゃくる舞美の傍らで蛇鬼はゆっくりと優しく、しかし不気味に諭し始めた。


「そうだ……舞美。羅神は死んだ…羅神はお前のせいで…死んだんだ…。お前は羅神を……お前の身を案じ、お前を守る為長い間待っていた…そして…お前の傍に帰ってきた羅神を……お前は再び……殺してしまったんだよ、舞美。


 そればかりかお前は……お前は…神谷涼介も殺した…。

 お前が恋心を抱いていた神谷涼介。お前を愛していたと……言った神谷涼介を……お前は……殺した……」


「わ…わたしが?…涼介君を…ころし…た?…」



         つづく…






◇    ◇    ◇   ◇     


       


 つばき春香です。『纏物語』お読みいただきありがとうございます。いよいよ物語も次話にて完結となります。どうぞ最後までお付き合いくださいませ。



次回予告……第壱章最終話


『其之弐拾玖話 月の光輝くとき』



「ハッハッハッハッハァ!! いいぞ舞美! どんなに清い心を持っていたとしても所詮は人間よ! 人の心は脆く貧弱! さぁ、邪悪な心を持った悪鬼の娘よ! その剱を持って私の下へ来い! 


 そして共にこの日ノ本を滅ぼし惡の巣窟、新たな惡國とするのだぁぁハッハッハァ!!」 


 破蛇の剱がどす黒い瘴気を発し始めた。舞美のその姿は正に鬼になりつつあった。


「ウガガアアアアアアアアアァァァァッ!!!!!」


ご一読よろしくお願い致します


つばき春花

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