フクロウ少女のプレゼント

青色

第1話

 真夏の放課後、僕達は残って図書委員としての仕事をしている。本の順番を正すだけの簡単な作業だ。

 そんな作業の途中、僕と同じ図書委員の春原木葉すのはらこのはさんがこちらをじっと見て、そしてそのまま近づいてきた。木葉さんは獣人の女の子で、目付きがとても鋭い。でも、これが睨んでいるわけではないことを僕は知っている。

 これは、何か用事があるときの目だ。


「ん……」

「え?」


 木葉さんは無言で僕の目の前に立つと、何かを差し出してきた。僕と同じくらいの身長、いや、羽も合わせると僕よりも大きいのかもしれない。それなりに圧があった。

 僕はその圧に押されず、差し出されたものに目をやる。

 木葉さんが差し出しているのは、羽だろうか。基本、色は灰色で、ところどころが綺麗な白色をしている。

 ギザギザとしていて特徴的な羽だ。木葉さんはフクロウの獣人だから、フクロウと同じ性質を持っているのかな。

 

「えっと、どうしたの?」

「これ、あげる」

「ありがとう?」


僕はそれをおそるおそる受け取る。なぜ突然これを渡してきたんだろう。


「えっと……突然どうしたの」

「あげたかった」

「羽、だよね?」

「うん」

「これは、木葉さんの羽?」

「そうだよ」

「そうなんだ」


 木葉さんは言葉数が少ないから、いつも何を考えているのかわからない。最近は、わかるようになってきたと思ったのだけれど、今回は本当にわからない。

 

「これって、何に使ってもいいの?」

「何にって……」


 木葉さんは頬を赤らめる。

 え?


「……いいよ」


 そして、珍しく僕から目線を外した。

 なんか、誤解がありそう。


「何に使ってくれても、かまわない」

「じゃあ、羽ペンにでもしようかな」

「羽ペン!?」

「おお、急にどうしたの」


 こんなに驚いている彼女を見るのは初めての事だった。そんな変なこといったかな。


「それは、早すぎるかも……」

「早すぎるって何が早いの」

「言わせないで……」


 彼女は自らの翼で顔を隠す。

 ええ……。本当にわからないぞ。僕の中の彼女に対する自信が無くなってきた。

 

「ま、まあ仕事終わらせようか」

「わかった」


 僕達はまた、本の整理に戻る。

 今日で全てが終わるはずもないので明日もこの作業をすることになる。一応エアコンが効いているからここは快適だけれど、外に出たら物凄い熱気が襲ってくるんだろうな。

 

「そう言えばさ、木葉さん」

「何」

「木葉さんって夏、大変じゃない?」

「それは、どうして」

「いや、暑そうだなと思って羽毛ってあったかい印象あるから」

「暑いよ」

「やっぱそうだよねえ。木葉さんみたいな獣人と比べたらこんな暑さ人間はマシな方なんだろうなあ」

「でも、冬場は快適だよ」

「それは嬉しいかもね。羨ましい」

「羨ましいの?」

「羨ましいよ。僕達人間からしたら、いや、ひとくくりにするのは良くないのかな。僕は、羨ましいと思うよ」

「初めて言われた。羨ましいなんて」

「そうなの?」

「獣人ってあまりいい顔されないし」


 確かに、最近になってようやく受け入れられ始めたんだっけか。獣人は隠れて生活していたらしいし。

 なんか、とんでもなく頭がいい獣人が人間社会に急に現れてそれから、教育を受けれるように法改正をしたって聞いた。


「君が特殊」

「僕?」

「そう、だって私と喋るのなんて君くらい」

「まあ、僕はそういうの気にしないし」

「なんで?」

「なんでって言われてもなあ」

「皆、力がある私達のことを怖がるよ」

「僕は慣れているし」

「慣れてるってどういうこと」


 木葉さんが顔を近づけてくる。


「うわ、急にどうしたの」

「慣れてるって何」

「昔、獣人と遊んでいた時期があるんだよ」

「それは、どんな獣人」

「それこそ、木葉さんと同じ鳥の獣人だったかな」

「同族か……」

「同族って」


 正直あまり記憶にはない。

 でも、僕の中で獣人に対する偏見がないのはその子のお陰なのだと思う。

 

「まあ、その子の名前も忘れてしまったんだけどね」

「そうなの?」

「うーん忘れたというか、知らないかな。なんか一人でいたところを見つけてから、そのまま僕が遊びに誘った感じ」

「じゃあ、君は初めから偏見なかった」

「そのときは子供だったからだと思うけれどなあ。結局育ち方じゃない?」

「君はそうならないと思う」

「どうだろうね」

「絶対ならない」

「おおう」


 顔が迫る。圧が凄い。


「あの子今頃何してるんだろうな」

「私がいるのに」

「なんの話、それ」

「別に」


 なんか、不機嫌だ。羽が広がっている。

 獣人はこうして、特徴的な部分に感情が見え隠れする。


「私だって男の子と遊んだ記憶あるし」

「そうなんだ」

「ほとんど覚えてないけど」

「じゃあ、一緒じゃん」

「君は嫉妬しないんだ」

「え?」


 さらに不機嫌になった。女心って難しい。

 いやでも、それってまるで。


「でも、まるでそれって僕達が小さいころ会っていたみたいだね」


 僕がそう言うと、また木葉さんは近づいてくる。

 目を丸くして。

 木葉さんにはこうして、近づいてくる癖がある。

 

「思えば、色も近かったような?」


 でも、あの頃はもっと羽がふわふわしていたような気がする。


「じゃあ、きっとその子は私」

「だとしたら、凄いね運命だ」

「運命……」


 なんかとても嬉しそう。


「また、こうして友達になれるなんてね」

「友達……」


 今度は悲しそう。なんで?


「でも、羽をあげた。そして、君は受け取った」

「まあ、そうだね」

「ということはそういうこと」

「どういうこと?」

「……君はすぐ言わせようとする」


 いやいやいや、本当にわからないんだって。

 ……あとで調べるか。

 その後もたわいのない話をしながら作業を続ける。やはり今日一日で終わるはずもなく、先生が僕達を呼びにきた。

 僕は、次そろえるところをわかりやすくするためにその部分の本を抜いた。

 その本はちょうど、フクロウについて書かれた本であった。題名はフクロウの生態。非常にシンプルだ。

 こんな都合がいいことがあるのか、まあ、借りて行こう。

 僕は、鍵を施錠しようとする先生に少しの時間だけ待ってもらい、その本を借りる。バーコードを通す音が、図書室の中に響いた。


「じゃあまたね。木葉さん」

「またね。羽ペン楽しみにしてる」

「ん? うん?」


 軽く別れの挨拶だけをして、今日は家にそのまま帰った。

 普段はコンビニに寄ったりしていたのだけれど、早く読みたかったし。

 僕は家に帰ってすぐ自室の机に向かい、本を読むことにした。


「さて、フクロウについてっと」


 鳥の獣人とフクロウが同じものなのかはわからないけれど、似たような部分はあるだろう。


「おお、確かに怒るときとか羽を広げるな」


 概ねあっていそう。


「えっと、羽を渡すとかもあるのかな」


 ページを一つ一つめくっていく。あっあった。えっと、何々?


「……フクロウは繁殖期になると、パートナーに対して羽をプレゼントすることがある。これは、求愛行動であり……え!?」


 でも、待ってくれ、それは雄に限ったときの話だ。そう書いてある。雌のフクロウがそう言う行動をとるとは書かれていないし。何より、彼女は獣人だし。


「フクロウの獣人のページがあった……」


 この本は最新版らしい。獣人についても書かれている。


「フクロウの獣人は男女問わず好きになった対象がいると羽を渡したがります……」


 と、いうことはだ。木葉さんは僕のことが好きということである。

 思い当たるところはあったはずだ。何故僕は気づかなかったんだ。自分の鈍感さが嫌になる。


「ん? おまけがある」


 獣人について書かれたページの隅の方に、おまけとしてあることが書いてあった。かわいいデフォルメされたフクロウが博士帽をかぶって解説している。


「うーんと……受け取った人間さんへ、受け取ったペンを羽ペンにすることで結婚の約束をしたということになります。婚姻届けにはぜひその羽ペンを使ってあげてくださいね……」


 僕は一度目を擦る。そして、もう一度その部分に目を通してみた。見間違えではなかった。


「えっと、僕はなんていったけ、羽ペンにするって言っちゃった?」

 

 まずいことをした。

 え? 僕は図書室で二人きりとんでもない告白をしたってことじゃないのか。

 だから、まだ早いとか言っていたのか……。


「知らなかった、じゃ、すまないよなあ」


 それはあまりに無責任だ。

 

「でも、よくわからないままこんな返事を返してしまったのもなんか悪い気がする」


 そうだ、しっかりと改めて返事をしよう。


「僕は、木葉さんが好きなんだから」


 ワイシャツの胸ポケットに入れていた羽を改めてみる。

 告白の返事は、手紙にしよう。

 僕は親指と人さし指の間に羽を持ち、くるくると回転させながら、告白の返事の文章を考えた。

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