13話目 呪われたハイエナ

プリマは何とか言い訳を探そうと言葉を尽くすが、15歳とは思えぬほど据わった黒い瞳で完封される。これが【くろいまざし】というものなのだろう。アンデットでもない限りこの視線から逃れるのは不可能だろうとプリマは諦めて冒険者ギルド軌上の鉄獣へと向かっていく。


グランドターミナル駅から中心側へ、大通りに面した三階建ての、冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉が見えてきた。

大通りに張り出した支持棒の下に吊るされた、レールの上を魔導列車が走る旗。

入り口にはかなり大きめに取られ、誰でも入りやすいようにという意図を込めてか、

開放的なスイングドアになっていているのだが、プリマには飢えた獣の口であるかのような幻覚が見えてしまう。


そうして、意を決して中にはいると、ギルドの中は夕暮れ時の賑わいに満ちていた。冒険を終えた者たちが酒を片手に談笑し、受付の前では剥ぎ取り品の査定を待っている者が群れている。受付のカウンターでは、何人かの冒険者がギルド職員と交渉をしていた。


人間の、バスターソードを持った剣士と、ロングソードとハンドアックスを腰に下げたバトルダンサーの青年、それにエルフのマギテックシューターは、「探し屋」という遺跡探索人にガセを捕まらせられたらしく、愚痴り合っていた。


「んにゃろう、遺跡の中は探索された後だったじゃねぇか。」


「遺跡の奥もジェネレーターだけだったしね.....」


「いくつか価値あるものがあったとはいえ大きな収入とは言い難かったな。」



耳を澄ますと、そんな話が聞こえてくる。

だが、そんな内容が頭に入ってこないほど、プリマの目を引いたのは、場違いとも言える一人の拳闘士グラップラーだった。


床に正座しているペプシ。彼の顔は腫れ上がり、パンパンに膨らんでいる。その首には大きな木製の看板が掛けられており、「【私は今日から真っ当に働きます】」と大きな文字で書かれている。


周囲の冒険者たちは、ちらちらと彼を見ながら笑いをこらえている者もいれば、呆れ顔の者もいた。その光景に、プリマは言葉を失った。


「……えぇ?」

思わず呟いた声に気づかれたのか、ペプシが腫れた顔を彼女のほうに向け、情けない声でつぶやいた。


「……あぁ、ついに俺は死んでしまったのか……目の前に天使が見える。」


しかし、その瞬間、近くにいた女性から鋭い声が飛ぶ。

「そこで反省してなさい、ペプシ! 次に何かやらかしたら、そんなもんじゃ済まさないから!」


叫んだのは、レベッカであった。彼女の瞳は怒りに燃えており、周囲の冒険者たちも笑いを押し殺しながらその様子を眺めている。


プリマはお腹に手を当て、深いため息をついた。


「……お腹痛いですぅ。」


「ペプシの過去の悪行が明らかになりまして、レベッカがブチ切れて被害者に謝り倒したあとなんスよ。凄かったっスよ、被害者がもういいって言っても殴り続け、ギルド長がなだめに入ったくらいっスから。」


そんな会話をしていると、レベッカがこちらに気が付き手を振った。


「あ、プリマさん!!やっと来てくれたんですね!!」


「あぁ、大通りで捕まえてきたぞ。」


和やかな雰囲気が流れているがそれどころじゃない。

プリマは神に祈りペプシに癒しの魔法をかけるのであった。




















ペプシ=エアハートの人生は、孤独と葛藤の連続だった。


ペプシは、もともと望まれて生まれた存在ではなかった。結婚の約束もなく、母の元に宿った命。そのことを父は酔うたびに口汚く罵り、「お前なんていなければよかった」と繰り返した。父はかつて傭兵として戦場を駆け抜けた男で、その腕前は確かだった。しかし、戦場での年月が彼を蝕み、今では酒に溺れる怠惰な男に成り果てていた。気に入らないことがあれば暴力を振るい、家の中は荒れ果てていた。だが、外では衛兵の前で礼儀正しく振る舞い、その狡猾さが幼いペプシの胸に暗い影を落とした。


母は耐え切れず、ある日、彼らを捨てて姿を消した。ペプシは幼いながらも、母が去るときの背中が遠ざかる光景をはっきりと覚えている。それが彼の孤独の始まりだった。


彼が育ったガグホーゲン&ホルン駅区は、環城線の南東に位置する鉄道の要所だった。南方国際鉄道の引き込み線が交差するこの地域は物資や人々が行き交い、表向きは活気に満ちていた。しかし、その裏では闇ギルド〈日没の側線〉が暗躍し、犯罪や裏取引が絶えなかった。鉄道の轟音が響く狭い路地では、不審な人影がいつもちらついていた。


ペプシは、そんな荒んだ環境で生きる術を身につけた。疎まれ、厄介者扱いされながらも、彼の俊敏さと反射神経は驚異的だった。その生まれから手の速さと躊躇の無さは才能だと歓楽街に飲みに来ていた冒険者に言われ、喧嘩を重ねることで技術を磨いていった。初めて「才能がある」と認められたときの感覚は、彼にとって忘れられないものだった。


久し振りに家に帰ると、いつも通り酒がないと暴れ食って掛かるがいた。そいつを、ペプシは馬乗りになって殴打した。何か言葉を発していた鳴いていた気がしたが、無視して殴り続けた。その生き物の顔は、もう、あらかた血と、青い皮膚が蠢くだけの存在となっていた。

歪んだ笑みを浮かべ、ペプシは家から出て、その足で冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉に向かった。兵士の様な堅苦しさは、どうにも性に合わなそうと思ったからだ。

冒険者なら、殴る事に専念出来ると思った。互いに得手不得手を埋め合うものだと、そう聞いていたから。


そこで、初めの仲間が出来た。

そいつらとは恐ろしく息が合い話が合った。すぐ意気投合し、チームを組んだ。


俺たちなら絶対やれる。理由もなくそう思ってた。しかし、俺らは斥候スカウト野伏レンジャー賢者セージに精通した者がいなかった。全員が全員、自分以外の誰かがやってくれるだろうという根拠のない期待をそれぞれが抱き、勝手に思い込んでいた。だから、波長が合ったのだ。


冒険は散々だった。妖魔の討伐ですら、森に仕掛けられたトリップワイヤーや、崖上からの投擲でボロボロになった。回復を扱える魔法使いもおらず、薬草があっても満足に使えない集団だった。どうにか数体の妖魔を仕留め、ギルドに報告したが半数以上取り逃がしたことがわかりこっぴどく怒られた。

初めての冒険で味わった挫折は、ペプシの胸に重くのしかかった。


──だけど、今回はたまたま運が無かっただけだ──


誰もが心の中でそう思っていた救い様のない集団だった。

だが、それでも現実は冷酷だった。ギルドでの評価は低く、次の依頼すらまともに回ってこない状態が続く。冒険者の心得が無い俺たちに、ギルドから人助けや事件解決の依頼が来ることはなく、あったとしても大規模な下水道の大掃除くらいだった。


「アウンガルテン駅区の遺跡なら、稼ぎが良いって聞いたぜ!」


仲間の一人がそう提案し、俺たちはいくらかの手数料を冒険者ギルドに支払い、遺跡への探索許可を得た。

アウンガルテン遺跡群は魔法文明時代デュランディルに作られたとされる都市遺跡群で魔動機文明アル・メナス時代にも手を加えられていたという非常に大きな遺跡だ。


巨大な遺跡なだけあり、入り口からして罠が多く、歩を進めるたびに危険が増していく場所だった。


俺たちは、なんとか進んでいった。だが、斥候スカウトもいない俺たちは、隠された罠を見抜けるわけもなく、仕掛けにかかるたびに消耗していった。


「くそっ、またかよ!」


仲間の一人が仕掛けられた落とし穴に足を踏み入れ、必死に這い上がってくる。不幸の原因をそれぞれに押し付け、罵りの言葉での会話だけとなった。しかし、手数料の手前引く分けにはいかない。


結局、罠や魔動機の戦闘の末、命からがら遺跡を脱出した時、手にした「宝物」と呼べるものは、魔晶石数個と魔動機の残骸だけだった。

ギルドに報告し、報酬を得るも餓死も現実味を帯びた探索の報酬かと思うとあまりにも少なかった。


「俺たちだけじゃ無理だ。斥候スカウト、少なくとも経験豊富な奴がいないと……」


俺たちはそう結論づけ、新たな仲間を探すことにした。ギルドの掲示板に募集をかけたり、街角で冒険者たちに声をかけたりしてみた。

だが、返ってくるのは冷笑と軽蔑の視線ばかりだった。


「そんな寄せ集めチームに入る奴なんていないだろ。」

「お前らみたいなの、すぐに死ぬぞ。」


誰も俺たちに手を差し伸べてはくれなかった。それどころか、俺たちの無計画さと失敗談が広まり、次第にギルド内での評判は地に落ちていった。


失敗続きの冒険の日々は、俺たちのチームをどんどん追い詰めていた。



「なあ……死んだ奴の持ち物って、どうせ誰にも使えないよな?」


その言葉が何を意味しているのか、すぐに理解できた。

ギルドでも死体回収屋は居る。強い使命感を持った魂は、蘇生の魔法を受け入れることがあるからだ。だが、忌避感のある仕事であり、ゲンを担ぐ冒険者からは避けられており、数も少ない。


富と栄光、献身と情熱を持って冒険者ギルドの門を叩き、志半ばに力尽きた者達の亡骸をあさる。忌避感はあった。しかし、その時俺たちには他に選択肢がなかった。


最初は偶然見つけた死体だった。

深い森の中で、妖魔の集まりに襲われたらしい冒険者たちの死体が転がっていた。 装備はボロボロだったが、ポーチの中には少額の金貨が残されていたた。


「見つけたのは俺たちだ。これ、いいだろう?」

誰も口には出さなかったが、その場にいた全員が同意していた。

手を合わせる事なくにその場を後にした。


それが、俺たちが落ちてゆく最初の一歩だった。


死体漁りに手を染めることに、俺達次第に慣れていた。

最初は偶然の機会に限られていたが、次第に意図的に死体を探すようになった。 ――どこで死者が出たかを予測するのにも慣れてきた。


いつか、いつものように探索をしていると、路地裏で倒れている冒険者たちがいた。

全員生きてはいるものの、目は覚ましそうもない。後衛に居て無事であったのだろうタビットが薬草で必死に起こそうとしていた。

その背中を見ながら、一人の仲間が俺に問いかけてきた。


「やっちまうか。」


──ふざけるな。そう返したもの、内心ではほんの少しの動揺があった。

その冒険者は、冒険の帰りに襲われ返り討ちにしたんだろう。換金物がいっぱいあった。しかも、タビットは足が遅い。逃げられる訳がない。


そのとき、俺は冒険者の不文律を破りかけた。


結局、タビットは人一倍危険に敏感で、こちらに気づかれてしまった。

尻餅を着いていやいやと子供のように首を振っていた。

その姿に毒気が抜け、誰も碌に使えないアウェイクポーションをそのパーティーの戦利品と全財産と交換した。


そうして、俺はその日から冒険者ギルドには帰らず、スラムの街で恐喝まがいの事をしながら生きていくこととなった。



冒険者に憧れていた。

冒険者になれば人並みの暮らしが出来ると思ってた。

だが、屑に生まれた者は所詮、屑だったのだ。



そんなとき、あの人に出会った。

目が覚めた瞬間、頭が重く、身体もだるかった。 まるで何かに押し込まれたような感覚が残る。


「…、気づいた…?」


視界がぼんやりとして、何度か瞬きをした。


胸が、妙に温かい。

それが何とも心地よく、不思議な感覚に囚われた。


体が少しずつ動いて、視界の隅にの女性が映った。

彼女はその場で微笑んでいる。その笑みはあまりにも美しく、神秘的で――

そして、胸に湧き上がるものがある。その瞬間、ふと感じた違和感。


――違う。何かがおかしい。


俺はこんな感情を抱くはずはない。


でも、心の中で感じるその温かさが、どうしても抗えなかった。

心が支配されている。

それは分かるのに──

彼女を守りたい。 彼女に近づきたい。笑いたい。

それしか浮かばなかった。


なので、素敵な酒場を教えてと言われ、冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉を口に出した。俺が知る中で、一番輝いていたからだ。自分がそうは成れなくても、あの時、拳を褒められた冒険者の輝きが忘れられなかったからだ。



その後ひょんな事に、羊牧場の防衛をする事となり、仲間と共に依頼をこなした。

完全な勝利と言えるだろう。

あの人が気絶した時、心が強制的に動かされてた感覚は薄くなっていた。

しかし、それ以上に心が温かい。

そして、俺は自身を変えてくれた歌に呪われ続ける事を決めたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖魔達の珍道中 @soul21g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る