12話目 プリマの受難は続く
陽光が煌めく市場の一角、天誅祭を控えた街はいつも以上に活気づいていた。色とりどりの天幕が広がり、香辛料や果物、焼き立てのパンの香りが風に乗って漂う。子供たちの笑い声や商人たちの掛け声が交じり合い、市場全体が一種の音楽のように賑やかだった。
その喧騒の中に、一人の小柄な女性が背負い袋をしょって慎重に歩いていた。薄汚れた布を巻き、地味な服装に身を包んだその姿は、他の買い物客に紛れて目立たない。
プリマ・カンシオン、実はセイレーンである彼女は、人間の旅人に変装して仲間の戦利品を換金、いくつかのマジックアイテムを購入する役を担っていた。戦闘力は乏しい彼女だが、人懐っこい性格と口上のうまさで市場の商人たち、特に男性の商人と円滑な交渉をするのは得意だった。しかし、今日は普段よりも落ち着かない。
「天誅祭かぁ……町が活気ついてるのはいいことですが、その分衛兵の姿も見受けられますねぇ。」
大きく膨らんだ背負い袋には、遺跡の探索品や敵を倒した戦利品、狩りで得た獣の毛皮、時折輝きを放つ鉱石が積まれている。風船の如く膨らんだ背負い袋からは飛竜の皮膜がはみ出でている。祭りの準備に忙しい人混みをかき分けながら、彼女は手早く仕事を終えようと決めていた。買い物リストのメモを袋に無理やり詰め込み、よろよろと歩き始める。
「武器類は重いし嵩張るから置いて行ったのに、それでも重いです......。」
そんなとき、視界の端に見覚えのある人物が現れた。
逆立ったたわしの様な茶色の髪に愛想のないうつろな目、口元まで隠れるほど襟の高いスタンドカラーコートを着た青年は、まさにサーマルだった。
「……まずい!」
彼女は反射的に、道端の屋台の影に隠れる。しかし、サーマルの目はすでにこちらを捕らえていた。
「あれ、プリマさん?」
サーマルの声が、驚きと疑問を含んで響く。彼がこちらに歩み寄ってくるのを見て、プリマは冷や汗を流しながら振り返った。
「ヒ、人違イジャナイデスカァ?ナンパ何テ困ッチャイマスヨ~。」
「声が裏返り過ぎっスよ?正直者のアビス加工武器でも持ってるんです?」
「あ、あはは……サーマル? こんなところで何をしてるんです?」
「いや、それこっちのセリフっス。冒険者ギルドでいくら待っても来ないから全員心配してたんスよ?報酬もちゃんと取ってあるのに全然渡せないですし。」
プリマは一瞬言葉に詰まり、慌てて笑顔を作った。
「えっと……これは、その、ちょっとした神殿のお手伝いをしてたんです! 祭りの準備で忙しいから!」
「ふーん……ミリッツァ様の神殿では飛竜の皮膜を使用するんです?明らかにそれ、換金品っスよね?」
サーマルの目は鋭かったが、プリマは慌てて話題を逸らす。
「それより、サーマルさんこそ何してるんです?レベッカとも一緒じゃないみたいですし。
「別にあいつは幼馴染ですが四六時中一緒にいるわけじゃないっスよ。前回の報酬で新しい弓矢を買いたいと思いまして、武器屋に行くついでに観光っス。」
で、こんなところで何をしているんだとサーマルがじっとプリマを見つめる。彼の視線に耐えきれず、プリマは心臓がバクバクと音を立てるのを感じた。
「あー、ほら、天誅祭の準備って本当に大変だから、私みたいな人手でも必要なんデスヨォー! 本当に忙しいですので、これにて失礼!」
プリマは強引に話を終わらせ、回れ右して人混みの中に消えようとする。しかし、急に走り出そうとしたからか背負い袋のせいで体が持っていかれた。
きゃっ! と、思わず声が出てしまい、転ぶ、と思った瞬間には、もう地面が目の先にあった。思わず目を閉じるが、一向に倒れる気配がない。
ゆっくりと目を開けると、サーマルが苦笑いをしながら背負い袋を掴んでいた。
「ま、焦り過ぎは良くないって事っスね。んじゃ、荷物は俺が持ちますよ。」
そういい、有無を言わさずサーマルはプリマの背負い袋を軽々と担ぐ。
その時にヒラリと落ちた買い物リストのメモを拾って中身をちらりとみた。
「換金なら
「ピィ......」
そういい、逃がさないぞとばかりに正面から相手を射抜くような鋭い眼光でプリマを見る。そんなサーマルにプリマはコクコクと首振り人形のように頷くしかなかったのだった。
グランドターミナル駅の一階、プラットホームを降り立ったサーマルとプリマは、目の前に広がる活気に一瞬圧倒された。
「おぉ……」
プリマが感嘆の声を漏らす。広々とした天井の下、整然と並ぶプラットホームには列車が次々と滑り込んでくる。その合間を縫うように、クレープや焼き菓子の屋台が列を成し、甘い匂いが漂っている。
「寄り道したい気持ちは分かるッスが、ここは目的を果たしてからにしましょう。」
サーマルが肩をすくめて笑う。彼は手にした地図を広げ、二階へ向かう大階段の方向を指さした。
二階へ続く階段は大理石でできており、その両側には鉄細工のランプが立ち並び、金色の彫刻が施されている。上に進むにつれ、冒険者たちの出入りが増え、活気がさらに高まる。プリマは、レプティ直伝の【優雅そうな顔】をすることで冒険者に正体を見破られることもなく階段を昇っていく。
グランドターミナル駅の二階は、活気に満ち溢れた場所だった。冒険者用品を扱う店舗が並び、装備が真新しい新人冒険者以外に、ちらほらと目つき鋭い明らかに強者といった風貌の冒険者たちがいた。2階の奥には、冒険者ギルド支部『夢の旅路亭』があり、「他では対処出来ないと判断された案件に実力のある冒険者をヘルプで送り込む」といった形態の高い実績と名誉を持つ冒険者が所属している。
プリマはちらりと視線を巡らせ、彼らの様子を観察する。傷跡だらけの顔、使い込まれた装備、自然な立ち居振る舞い……その全てが、彼らの経験と実力を物語っていた。
「ん?あぁ、夢の旅路亭っスか?凄いっスよね、あの列車を貫く剣のピンは羨望の的らしいっス。」
(……死んじゃうぅ。)
プリマは内心で唇を噛んだ。自分が変装しているセイレーンであることを知られたらどうなるのか、いつも頭の片隅にその不安がある。それが今、この熟練者たちに囲まれた状況で一層強くなる。
隣を歩くサーマルはというと、当たり前だがまるで何も気にしていない様子であり、軽い足取りで店を見て回っている。露店の前で、特殊な矢の説明を店員から受け、色々と質問したり手に取ったりしていた。
──今のうちにトンズラ出来ないかなぁ。
そう魔が差した瞬間、サーマルとしっかり目が合った。
「ピィィ......あぁ~、えっとサーマル?私の欲しかったアイテムはここには無かったかなぁ~って思うんですけど......」
「まぁ、この階の露天商では量産品がメインっスからね。高品質なものとなると6階とかになりますが、大丈夫っスか?先にこれを換金します?そこのギルド支部に頼めば──「いや!早く!この階から出ましょう!一刻も早く!!!」──りょ、了解っス。」
そんな二人の買い物を、以下、ダイジェストでお送りする。
3階:ステンドグラスの輝きと香り高いコーヒー
「わぁ……すごいですね!」
プリマは東側の巨大なステンドグラスに目を奪われた。昇神するストラスフォードの姿が朝陽に輝き、虹色の光が階を彩る。
「ここ、図書館も無料で使えるらしいッスよ。」
サーマルは案内板を指差す。駅の一角にある図書館では、冒険者向けの小説や鉄道の資料を読む人々の姿があった。50ガメルで会員になれば1週間で本を3冊まで借りれるようで、カイが喜ぶだろうなぁとプリマはこの場所を脳内にメモした。
ついでに寄った〈小鳥のさえずり〉という名の喫茶店。プリマはレプラカーンのマスター、フィニガンの軽妙なトークに引き込まれつつ、絶品のコーヒーを堪能。環城線の列車を見下ろしながら軽食を済まし、「次来た時はデザートも!」と笑顔を見せた。
4階:美食の楽園と舞台の喧騒
吹き抜けの中央に設けられたステージでは吟遊詩人の演奏が行われ、その周囲には食事を楽しむ人々で賑わう。サーマルは〈ヘクセン茶房〉でオリジナルブレンドのハーブティーを試し、プリマは南方コーヒー専門店〈シャノワール〉のテイクアウトを手に満足気だ。メドゥーサのレプティは、食事を必要としないため、固形物こそ口にしないが、コーヒーなどを飲んでいることがあった為お土産に買ったのだ。
「娯楽が豊富すぎるッスね。ここだけで1日が潰れるッス。」
「お金が.....どんどん消えてく.....けど抗えないですぅ.......!!」
5階:多彩な服飾と華やかさ
この階は服飾を扱っており、「おくるみから花嫁衣裳、喪服まで揃います!」が謳い文句だった。実際、2人が散策すると、様々なジャンルの服が揃っているのみならず、専属のデザイナー、 パタンナー、テイラーやシームストレスを多く雇い入れており、フルオーダーやセミオーダーにも対応している店が多くある。また、 自国のブランド品のほか、他地方のエキゾチックな服飾品も揃っており、総じて値段は高めであった。しかし、そんな客の需要の為の古着コーナーもあり、そこに2人は足を運んだ。
「これ、サーマルさんに似合うと思いますよ!」
プリマが目を輝かせながら古着コーナーでサーマルの服を選び始めた。
彼女の手には落ち着いた色味のファーコートが握られている。
「いや、自分はこれで十分ッスよ。」
サーマルは自分の冒険者然とした着古し気味の装備を指差して笑う。しかし、プリマは首を振った。
「毎日そんな格好ばかりじゃつまらないですよ!。ほらほら、試着してみて下さい!」
サーマルはプリマが選んだコートを試着室で羽織り、少し気恥ずかしそうに姿を現した。鏡の前で裾を直していると、コートの襟が動いて、首から顎にかけて走る深い傷痕が露わになる。プリマの目がその傷に止まった。
「その傷……大きいですね。」
「まあ、ちょっと昔にへまをしちゃいまして……それよりどうッスかね?」
「いいと思うわ! ちゃんと都会の青年って感じがする!」
プリマは満足そうに笑みを浮かべる。
サーマルは値札をちらりと見てため息をついた。
「でも、これ、かなり高くないッスか?」
「古着だからまだ手が届く.....と思う。それに、あれです、冒険のご褒美ってやつですよ。」
言い切るプリマに押され気味のサーマル。結局、彼はファーコートを購入した。
サーマルが試着を終えてジャケットを気に入った様子でレジに向かうと、プリマはそれを見届けてから、「じゃあ、私も何か選んでみるわ」と笑顔を見せた。
店内を歩きながら、プリマは目に留まったマネキンの列をじっくりと見ていた。目に留まったのは、シンプルながらもボディラインが強調される白いニットセーターだった。首元に少し余裕のあるタートルネックが冬らしいが、全体的にフィット感があり、彼女の美しいシルエットを引き立てるデザインだ。
「これ、いいわね。」
自然と手が伸びるプリマ。店員が微笑みながら「こちら、とても人気の商品ですよ」と勧めてきたのを受けて、早速試着室へと向かう。
数分後、彼女はニットセーターを身につけて試着室から出てきた。その姿を見たサーマルは、思わず目を逸らしたものの、慌てて視線を戻す。
「……おお、似合ってるッスね。」
彼の声は少し上ずっていたが、プリマはそんなことに気づく様子もなく、鏡の前でセーターの裾を引っ張っては確認している。
「本当に?ちょっとピタッとしすぎてないかしら?」
彼女は自分の胸元や腰のラインを気にするように手で押さえたが、それでもセーターのデザインが彼女のプロポーションを見事に引き立てている。
サーマルは軽く咳払いをして、視線をやや外しながら
「いや、全然変じゃないッス。むしろ似合いすぎるほど似合ってると思うッスよ。」
その言葉を聞いてプリマは嬉しそうに微笑む。
「そう?じゃあこれにするわ。」
自分では単に暖かそうで季節感があるからと選んだつもりだったが、プリマのセイレーンとしての本能が、自然と周囲の目を惹きつけるような服を選ばせていたのだ。
「うぅむ、これが魔性の女って奴なんスかねぇ。ペプシがベタ惚れなのも今ならわかる気がするっスよ。」
そんな彼を横目に、プリマは何も気づかないまま満足げに「いい買い物ができたわ」と鼻歌を口ずさんでいる。
実に
6階:雑貨と美術品の宝庫
グランドターミナルダンジョンの異名にふさわしい迷路のような構造を抜け、やっとたどり着いた6階。そこには地元の芸術家たちによるアートギャラリーや珍しい魔道具等が並んでいた。
「これまた全部が高級品ッスね……見るだけでも楽しいッス。」
サーマルは目の前に広がる多彩な商品を見渡しながら呟く。
「そうね、せっかくだから何か冒険に役立つものを買っておきましょうか。」
プリマも興味津々で店内を見回しながら答えた。
二人はまず、道具専門店に足を運ぶ。そこには魔道機文明の遺物を模した便利道具が所狭しと並んでいた。
「これ、持っておくと便利そうだな……。」
サーマルが手に取ったのは、小型の妖精のランタン。穢れを持ったものには見えない光を灯す魔道具だ。
「暗い場所で役に立つわね。私たち暗視を持ってないし(まぁ、私は穢れ持ちだから見えないんだけど)。」
一方で、プリマは魔力で動く簡易浄水器を手に取った。これがあれば、どんな水源からでも飲み水を確保できる。
「これはどうかしら?旅先で飲み水に困ることはよくあるから。」
「いいッスね。プリマさん、そういう実用的なものをちゃんと見つけられるの、すごいッス。」
その後、プリマがメモしていたいくつかの道具を購入した後、フロア中央に設けられた広場へと足を運ぶ。そこには多くの人々が集まっており、目立つ一角に展示されている金色の神像が一際輝いていた。
「これが……ストラスフォードの黄金神像か。」
サーマルは少し驚いたように神像を見上げる。その輝きはまるで生命を宿しているかのようで、周囲の光を反射しながら柔らかに広がっていた。
プリマもまた、しばらく見惚れるように立ち尽くしていた。神像の足元にはすでに多くの人々が列を成し、その足をそっと撫でて祈りを捧げている。
「この像、本当に動き出したことがあるのかしら。」
プリマは呟きながら足元に近づく。
「伝説だと、そうらしいッス。この像が鉄道を救った英雄って話、パンフレットで見たッスよ。」
サーマルも後を追い、手を合わせるように短い祈りを捧げる。
「冒険の成功を祈っておこうかしら。」
プリマも微笑みながら像の足にそっと触れ、同じように祈りを捧げた。
「よし、これで準備万端ッスね!」
「ええ、素敵なものがたくさん手に入ったし、神様にもお願いしたしね。」
冗談を交わしながらも、2人は充実した時間を過ごしていた。
「んじゃ、買い物も終わった事ですし、
「ピィィィ......」
プリマの受難は終わらない。
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