カフカ

都子(みやこ)

貴女は嘘をついててね。僕にだけ。

入相の藍色と赤錆色が注がれ、満たされた世界の縁で貴女といる。貴女は弧を描く様に目を細めている。手にはエナジードリンクを持っている。貴女はもうエナドリ効かなくなったんだ、いつもそう笑う。そう笑う純粋さが苦しい。

僕は目を細めた貴女を見る度に思い出す映像がある。無垢で可愛い様の小動物が無率の形相で虫を食べる映像。食べる時、飼い主は虫の体を二つに裂く。その体の中身の液体がその虫は過去形の命であることを実感させる。無率な顔をして残酷なことをする小動物と都子がどうしても重なる。

貴女と僕は掬われることのない地獄にいる。光の射す方に僕の居場所はない。誰かが幸せそうに笑うだけで、僕を苦しめる。誰かが幸せそうに笑う、それだけで僕への加害なんだ。ナイフで心臓を滅多刺しにされたように息が出来なくなる。

でも誰にも言えないんだ。誰にも解ってもらえない。その事実が僕を窒息させていく。無幸な凶器。そして凶器によって悪化していく僕の狂気。誰かの幸せで僕は殺されていく。

だから都子、一緒に堕ちて不幸になっていこうね。掬われることのない世界で一緒に笑い合おう。だから貴女は沢山嘘をついて掬われない人になって欲しい。罪で穢れた都子は美しい。僕にしか賞賛されない貴女の美が僕は好きなんだ。その美で僕を狂わせてよ。

「僕と一緒に狂って、僕と一緒に地獄の奈落に堕ちてね」。

都子がノイズキャンセリングのワイヤレスイヤホンをして音楽を聞いてる時、僕は囁く。

「カフカ、なんて言ったん」。

そう口の端をつり上げ都子は聞く。まるでヴィランの様。

僕知ってるよ。都子は言質を取りたい時その表情をするって。僕はその言葉を赤錆の海に融かす。そして融けてなくなったフリをする。

貴女にはこれがお似合いでしょう。

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朝顔の輪郭 オズワルド @OswaldRip

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