エピローグ

(いた――――)


 探していたものをようやく見つけて、オレはホッと息をつく。

 背中だけど見まちがえようがない。ラッキーなことに、彼女は窓際に立っていた。


 夜の七時ごろ。

 仕事を終えた客で適度に混み合ったリニアの車両内を、不自然にならないように移動し、少しずつ距離を詰めていく。

 次の駅で降りますって感じで、目指す背中の後ろに立った。

 そこで深呼吸。


「――チェル」


 小声で呼びかけると、目の前の肩がわずかに震えた。

 反射的にふり向こうとした相手に、すばやくささやく。


「動くな。おまえ、見張られてんだろ」


 オレの言葉に、チェルはハッと動きを止めた。

 ウィレム・ブラクモア――もとい、レックス・ノヴァの旧知。

 そう判明した以上、いくら関係ないって言ったところで、そうそう信用されるわけがない。

 レックスからの接触があればすぐにわかるように、彼女の行動は街中をくまなくカバーする監視カメラで逐一追われていた。

 もちろん交通機関の中も例外じゃない。


 カメラの位置を確認して、オレは深くかぶってたパーカーのフードを少しだけ上げる。

 外が暗いおかげで窓ガラスは鏡みたいになってる。その窓越しに目が合った。


「レックス――……」

「おまえだよな。オレの捜索の情報、攪乱してくれてるの」

「――――……」


 チェルは窓に映るオレを見つめたまま、答えない。

 りそこなったウィレム・ブラクモアを追う軍の姿勢は、まさに熾烈を極めるって感じだった。

 裏の世界に通じたザザですら、時々頭を抱えるほど。


 そんな中、張りめぐらされた捜索網に、たびたび不思議な穴が空くことに気がついた。

 最初は罠かと思って警戒したけど、ちがった。

 それはオレの逃がすため、誰かが意図的に空けたものだった。


「……気づいてたの……?」


 チェルが、ほとんどくちびるを動かさないで言う。

 オレは小さくうなずいた。


「おまえ、オレとダグが大騒ぎ起こしたとき、逃げようと思えば逃げられたよな……?」


 いつかチェルが自分で言ってたみたいに。

 オレのことがなければ、基地中が混乱してるどさくさにまぎれて、自力でトンズラすることもできたはずだ。

 なのにそうしなかった。


 たぶんオレが、どうしようもなくヤバイ状況だったから。

 助けるためには、自分が軍に残るより他にないって――そうすれば、少しは捕まる危険から遠ざけることができるかもしれないって考えてくれた。


 無力で、おとなしい、気の小さな女の子。

 助けてやらなきゃ。……そう思ってたオレの方こそ、実は彼女に助けられてた。

 なのに、チェルは窓越しにこっちを見つめる目をうるませる。


「ごめんね。わたし……ひどいことばっかり言って……」


 もう関わりたくないって言った、最後の戦闘のときのこと?

(でもあれは――)

 外の夜景を眺めるフリで、久しぶりに会ったチェルをじっと見つめる。

 目に焼きつける。


「助けなくていいって聞こえた。自分を置いて逃げろって聞こえた」


 オレが言うと、大きな瞳に涙がにじんだ。

 それはみるみるうちに、今にも決壊しそうなほどふくらむ。


「わたし……レックスに助けてもらったよ。……いっぱい」


 口をほとんど動かさない、小さな声で、チェルはなんとか応じる。


「なのに、こんなことしか、できなくて……っ」

「いや、すげー助かってる」

「……自由騎士党フリーナイツを手伝ってあげて。レックスの力があれば、助けを求める人をもっと救うことができる」


 自分みたいな子供が一人でも減るといい。

 そんな強い希望をのぞかせて、彼女はささやき声で訴えてきた。


「私はそんなレックスを守るためにここで、、、戦う。……そう決めたから」

「――……」


 窓越しに見つめ合う。涙のにじむ目に、手をのばすこともできない。

 ここにいるのは、本当はレックスじゃなくて。

 でもオレがここにいるのは、レックスが彼女のことを何とか救いたかったからで。


 レックスは彼女のことが好きで。――たぶん彼女が考えてるよりも、はるかに大好きで。

 今、それをちゃんと伝えることができないことが、もどかしくてしかたない。

 でもチェルの目は、全部わかってるって感じでオレを見ていた。


「レックス、ありがとう……」


 かすれ声と共に、ぽとりと一粒、雫が落ちる。

 嗚咽をこらえ、声を出せないくちびるが動いた。



 大好き。



「――――……」


 胸がドキドキする。心臓から生まれた熱が、全身に染み渡っていく。

 レックスじゃない、オレの・・・気持ちとして。


(やばい。なんだ、これ……?)


 火照る顔をフードの奥に隠して、オレは彼女にだけ聞こえるように言う。


「いつか迎えに行く。必ず……」


 彼女がかすかにうなずいたとき、リニアが駅に着いた。

 名残惜しさを感じながら、人波に乗ってリニアを降りる。


 車内に残ったチェルを振り向くこともできなかった。

 いまはお互い決めた道を進むしかない。いつかその道が重なることを信じて。

 オレにできることは、それしかない。


 そのままホームを進んでいくと、階段を降りたところで、キャップを深くかぶって待ち構えていたダグが、するりと横に並んできた。


「会えたのか?」

「会えた。礼も言えたし、待ってろも言えた。ありがとうな」

「ひやひやした。もう二度とつき合わないからな」


 足早に歩きながら話し、改札を出て人波から外れる。

 監視カメラのないエリアまで来たところで、ダグが息をついた。


「これからどうする? このままずっと自由騎士党フリーナイツにいるつもりか?」

「んー。それでもいいけど、そのうち独立するのもありかもな」

「そうか」

「なんてったって最終目的はアレだし」

「アレ?」


 訊き返してくるダグの前で、本物そっくりの星空に向け、高くこぶしを突き上げる。


「海賊王に、オレはなる!」


 やっぱりこれは言っておかないとな! 現代男子高校生のたしなみとして!


「なんだそれ」


 ダグは訳が分からないって顔だった。オレは一人で声をあげて笑う。

 この世界に来てよかったと、心から思う。

 並んで歩いて、どうでもいいことを話しながら、そんな思いを噛みしめ――《インフィニティ》で造られたコロニー外殻に映されてる偽物の星空を見上げる。

 そして偽物でもきれいな夜に、柄にもなく祈った。


 どうか、どうか、神様。

 未来が今よりも明るいものになりますように。

 チェルにとって、世界が優しいものでありますように。

 この先、彼女が少しでもたくさん笑うことができますように。



 ――――どうか。

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99式神話 かんちがい英雄の恋と戦争 チョコもなか男爵 @gudako

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