ホルマリン漬け保護者の子育てエッセイ

春雷

第1話

 恥ずかしい話、私はホルマリン漬けにされているのです。ホルマリン漬けにされている、ということはすなわち、死んでいるということです。死にながらにして親の勤めを果たすという、何とも親の鑑とも言うべき所業。まあ、自分で言うのは大変恥ずかしいことなのでございますけれど。

 とりあえず、朝目覚めてからの私の行動についてお話ししましょう。

 

 朝は二時に起きます。なぜ二時に起床するかと言うと、私が二郎という名前でして、その関係上、必然的に、「二」という数字が大変好きになりまして、恥ずかしい話、「二」という数字を見ると、一も二もなく飛びついてしまうのです。テレビやエアコン、冷蔵庫、食器洗い機、洗濯機などなど、家にあるものはほとんど二つ購入しています。恥ずかしい話、二個ずつ買わないと気が済まないのです。でも仕方ないでしょう、二郎なんだから。

 二時に起床したあと、まずは息子の弁当作りを始めます。私はホルマリン漬けにされているため、円筒状の水槽に入れられており、外に手を出すことができません。外に手を出せないので、当然、弁当も作れないわけなんですが、そこは一工夫を凝らしています。

 遠隔操作です。

 家には至る所にロボットアームが設置してあって、私は水槽の中で耐水性(というか耐ホルマリン性?)のリモコンを操作することにより、さまざまな行動を難なくこなすことができるのです。

 今日は、息子の大好きな七草粥を作りました。彼は年中、七草粥を食べています。

 七草粥をジップロックに入れて、弁当作りは完了です。

 弁当作りを終えると、私は妻と息子を起こしに行きます。

 妻は床下が好きなので、床下で眠っています。私はホルマリン漬けにされている関係上、恥ずかしい話、床下に潜り込むことができません。よって、例の如く、遠隔操作で妻を起こします。

 ロボットアームの先に取り付けられたドリルを、妻のこめかみに押し当てます。ギイィィィ、という高音が鳴り響き、妻のこめかみをキリキリと痛めつけていきます。妻は昔、傭兵をやっていたので、これくらいのことではびくともしません。ドリルを両方のこめかみに押し当てた上で、「どすこい、どすこい」という力士の声を大音量で流し、さらに妻の鼻に硫黄を近づけます。さすがの元傭兵も、ここで目を覚まします。

「敵襲!」そう言って妻は床下から飛び出して、私をマシンガンで撃つのですが、その程度では水槽に傷をつけることすらできません。ガガガガッという音が虚しく響き渡るばかり。現在、早朝四時。

「ああ、すまない」と、ようやく意識がはっきりしてきた妻が謝ります。

 構わない、と私が言うと、妻は行ってくる、と言って職場へと走り去って行きました。

 彼女は渋谷の猫カフェで働いています。

 続いて、息子を起こしに行きます。息子は庭で眠っています。埋まりながら眠るのが好きだということで、年中、土に埋もれながら眠っています。私は、息子が埋まっている頭上の土に向かって、「モホロビチッチ不連続面、モホロビチッチ不連続面」と囁きます。すると息子は、「ううん、エッジワース・カイパーベルト・・・」と言いながら、土の中からひょこりと顔を出します。小学校六年生。反抗期はどうやらまだのようです。

「父ちゃん、今日土曜日だよ?」と眠い目をこすりながら、息子が言います。

「あら、おやおや、しまった、そうだ、今日、学校お休みだ。ああ、そうだそうだ、うっかりだ」

「父ちゃんもうちょっと眠っていていい?」

「いやダメだよ。生活習慣はきちんとしなきゃ」

「でも父ちゃん、ホルマリン漬けだから説得力ないよ」

 確かにその通りです。恥ずかしい話、私は彼の言葉にハッとしてしまいました。恥ずかしい話、ホルマリン漬けにされている親から、生活習慣について何を言われようとも、恥ずかしい話、いやホルマリン漬けにされている奴が生活とか何を言うてんねん、ってなものです。そもそも何で死んでいるのに活動してんねん、死んでいる奴が生活習慣云々って、どういうことやねん。意味わからへん。ホルマリン漬けの親って、それ何なん。それは何なん。何なんなんなん。何? 何を言うてんねん。意味不明やわ。よくないわ。よくないこれ。よくなくない。よくなくなくなくなくなくないわ。よくなくなくなくなくなくない? よくない? よくないない? ないよくないよくないないない? ないななない? ななななない? ななななななない? よよくなくよななくよななない? くくよなくよよなくよよくない?

 よくないない?

 何やねん、もう。やめさせてもらうわ。


 それにしても恥ずかしい話、私は布袋寅泰と同じ髪型になるよう、遺伝子を操作されたホルマリン漬け保護者なので、布袋寅泰以外の髪型にはなれません。赤子の頃から死ぬまでずっと布袋のヘアスタイルです。だから、というわけでもないのですが、私は、布袋寅泰の髪型の変化について、毎日、注視しているのです。大変恥ずかしい話で、恥ずかしいです。

 息子はその後、現代のマルコポーロになると行って、行方知れずになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホルマリン漬け保護者の子育てエッセイ 春雷 @syunrai3333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ