葉桜
満開の桜は、どこか物足りなかった。
わざわざ丘に集合してから丘を離れて桜の名所までやってきて、この有様だ。
彼女もそう思っていたらしくて、僕たちは顔を見合わせる。
「教えてあげるよ、どうしてこの桜が物足りないのか」
僕は目を細めて、口角を上げた。
「知りたい」
「この桜は、散ってないから」
桜が散った。
完全に散ってしまった桜も物悲しい。
「ところで、桜が動き出す前に『見てなよ』って言ったのは、なんだったんだ? 特殊能力?」
「いや、全然そんなのじゃないよ。ただ、桜が動いたのを見たことがあるから」
僕は彼女にそれ以上のことを尋ねようとは思わなかった。
桜が、憎い。
わたしは、去年、大学の入学式の日の夜に家族を失った。
その日は桜が満開で、せっかくだから花見をしようとお母さんが弁当を作ってくれた。
花の下にレジャーシートを広げ、花弁が落ちるのを受け止めながら弁当を食べた。
わたしとお母さんとお父さんは、夜まで話し込んで、気づけば日が暮れて、月が桜を照らしていた。
わたしが公園に備え付けられたトイレへ行こうと席を外し、帰ってきた時の光景は目を疑うものだった。
桜の大樹が、太い枝を目一杯に動かして、お母さんとお父さんを捉えていた。
わたしが近づけずに立ち止まっているうちに、お母さんを叩きつけ、お父さんを突き刺し、二人は気づけばその場から消えていた。
暴れまわる桜に命の危機を感じて、わたしはその場から逃げ去った。
翌朝、翌々朝、それから桜が散る時期まではなにも怒らなかったが、問題はその後だった。
桜が散るはずの季節に、その木は再び花をつけた。
わたしは、それがお母さんとお父さんの影響だと直感した。
その日から、お母さんとお父さんを犠牲に咲いた桜を憎むようになった。
あらゆる桜を嫌う中で、特に丘の上の桜を強く憎んだ。
そんな中だから、彼と出会ったのは必然だったのかもしれない。
「僕は、毎年桜が散る時期を恐れているよ」
「なんで? 桜なんて毎年散るじゃん」
「僕が恐れているのは桜が散ることじゃない。君が、『桜は散るからこそ美しい』とか言って自殺することだ」
隣でそんな冗談を言って笑う彼は、真っ当にわたしのことを気にしてくれているみたいだった。
……冗談じゃないかもしれない。
「わたし、そんなことする人だと思われてるの?」
「二年前の春を思い出してから言ってくれ」
「ごめんなさい」
彼の言う通り、二年前の春、わたしは桜に死んだ。
「桜は散るからこそ美しい」とかいう言葉への皮肉を込めて。
君の桜 ナナシリア @nanasi20090127
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