【三題噺】Three-themed story【短編集】

桒原 真弥

第1話 ファフロツキーズ現象

 一八六一年、シンガポールのとある町で魚が空から降ってきた。

 また一九五六年にアメリカはアラバマ州でナマズが降ってきた。

 二〇〇九年にはなんと日本の石川県で大量のオタマジャクシが降ってきた。

 このように、空とは無縁の水生生物が空から降ってくることは極めて稀であるが絶対に怒らない現象ではない。

 何故唐突にそんな話をしだしたのかと言うと――私もまた、その現象の目撃者だからだ。

「マジか……」

 私は足元でくたびれているそれを見下ろして思わず呟いた。

「鯉じゃん……」

 しかも紅白が美しいとても立派な錦鯉である。

 学校の帰り道、バス停でバスを待っていたら空から鯉が降ってきた――そんな奇妙奇天烈な事があろうか。

「もしかしてこれは夢……?」

「夢じゃねェよ」

 どこからか声が聞こえた。野太いおっさんの声だ。

 私は弾かれたように顔を上げて辺りを見渡す。しかし、おっさんは見当たらない。というか、周囲には人っ子一人いない。

「俺だよ、俺。目の前の鯉」

「嘘でしょ……」

 悪寒にも近い何かが背中を駆け巡った。

 私はゆっくりと視線を落すと――鯉と目が合った。

「よォ……嬢ちゃん……」

「ひぃ……!」

「おいおいおいおい。いきなり悲鳴はないだろ、悲鳴は。失礼だと思わねェのか?」

「あ、ごめんなさい……」

 思わず謝った。が、よく考えると謝罪する道理はないと思う。寧ろ、至って正常なリアクションであろう。――もっとも、そんな事は口に出さないが。

「お嬢ちゃん、今日はお礼を言いに来たんだ」此方の気も知らずに鯉は言った。「いつもメシ、ありがとうな」

「何の事ですか……?」

「いつも昼時にメシをくれるじゃないか。あれが俺の唯一の楽しみなんだ。今日は礼をだな――」

「私、鯉に餌なんてあげてないです」

「え? いやいやいや。何言ってんだよ。いつもくれるじゃねェか。今日もくれたじゃねェか」

「私じゃないですね。人違いじゃないんですか?」

「間違えるもんかよ。その万年梅雨みたいな猫っ毛に疲労感たっぷりの垂れ眼。見間違うわけねェよ!」

「絶対人違いですよ。私、魚とか大っ嫌いですし。餌とか持ち歩いてないですし」

「じゃあ俺の見てたあの子は幻覚だってのか?」

 鯉は眉間に皺を寄せる。器用な鯉である。

 ここで私の脳裏に一人の人物が浮かんだ。

「あ、もしかして私の双子の妹と間違えたんじゃないですか?」

「あん? お前、双子の妹がいんのか?」

「はい。鵜川春子って言うんですけど、あの子、将来は水族館で働きたいって言ってるくらい魚好きなんで――たぶんあの子だと思います」

「絶対そうだ。その春子ちゃんだ。おいお嬢ちゃん、一生のお願いだから春子ちゃんのもとに連れて行ってくれ。そして直接礼を言わせてくれ」

「嫌ですよ。行くなら一人で行けばいいじゃないですか。私を巻き込まないでください。トチ狂ったと思われます。第一、どうやって連れて行けばいいんですか?」

「そりゃ両手でそっと掬い上げて、だよ。俺は繊細なんだから丁重に扱えよ」

「無理無理無理無理。魚触るなんて絶対無理。ここ来た時みたいに飛んでいけばいいじゃないですか」

「もう体力がない。後生だ、連れて行ってくれ」

「絶対嫌です」

「これやるから」

 そう言って鯉が吐き出したのは澄んだ赤色の輝きを放つ石ころであった。

「何これ?」

「宝石。女は光物に目がねェんだろ? 俺は知ってるんだぜ」

「本物?」

「当たり前だろ。俺が偽物の宝石を差し出すと思うか? 本来春子ちゃんにやるつもりだったが、仕方ねェ。駄賃としてこれをやるから春子ちゃんのもとに連れて行ってくれ」

「鯉さん……」


「――っていうことで錦鯉を連れて来たよ」

「お姉ちゃんトチ狂った⁉」



* * * * * * * * * * * *


今回のテーマ――「空」「宝石」「魚」

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