鬼ごっこ

 世を震わすは鬼。惨き死を与えるも鬼。血に濡れた赤すら鬼。鬼、鬼、鬼。飼われて生きよと言われ、数年が経った。


「おーにさん。おーにさん。こっちおいでー」

 人の想像する鬼とは、非常にバリエーション豊かだと思う。残虐で退治されるような鬼も居れば、優しい鬼もいる。僕が供物として捧げられた鬼たちは優しくて、そして残虐だと思われていた。でも本人たちも気にしていない風だったし、僕も僕を捨てた奴らなんかより鬼と一緒にいるほうが楽しかったから、村にも帰らずそこにいた。鬼たちは人間の子供なんて育てたこと無くて初めはおどおどしていたが、今では僕と一緒に楽しく遊んでくれている。

 そんな日々が壊れたのは一瞬だった。人々は鬼を退治しに来た。鬼たちは強かったけど、人の数の力に負けてしまった。僕と一番一緒にいてくれた鬼も僕を庇って死んでしまった。それなのに人間たちは、「怖かっただろう」と言って僕を抱きしめた。鬼の血に塗れた腕で他人を抱きしめる人間たちの考えが理解できなかった。


 俺は元の村に戻された。涙を流す血が繋がっただけの両親の腕の中に、もう温もりは感じなかった。それよりも薄ら寒さを覚えて突き飛ばせば、母親は静かに涙を流した。祈祷師だとか、陰陽師だとか色んなところに連れ回されて鬼を祓う術を受けた。だが俺にとっては、家族の方が祓うべき呪いにしか思えなかった。

 だから行商が来て、凶悪な鬼の面を見てチャンスだと思った。この面をつければ、復讐が出来る。俺はその面をつけた。そして包丁片手に村中の家を歩き回った。いくつもの命乞いを聞くと心が冷めていく。だがそれと同時に手は血に濡れて熱くなって、冷静な頭とは裏腹にどこか高揚する自分を感じた。

「おーにさーん、おーにさーん、どーこにいるー」

 追いかけっこだ。この村の鬼を殺した隊に入っていたやつは早々に逃げてしまっていた。だから、そいつだけは殺さなければと追いかけた。

 包丁を振り上げて、月明かりで俺の手が影になる。目が見えなくて良かったと思った。もっと、やるべきことはある。めった刺しにしてここに留まって捕まることは最も危惧するところだった。。

「なぜ鬼を殺した」

「怖いだろ! 分からないから殺すんだ!」

 正しいのだろう。人の持つ危機管理的には、正常な判断なのだろう。だが、どうしても想像力の欠如を感じざるを得ない。

「殺すな。欲しいものは何でもやる」

「お前には無理だよ。俺は今鬼ごっこをやってるから。おままごとの鬼さんバージョンみたいな」

 包丁を振り上げて首元に落とした。手が熱くなって、殊更に気持ち悪くなる。

 近くの民家に入った。僅か数十分前に急いで出て行ったのか、冷めかけの料理が机の上に乗っていた。俺は、近くのメモとペンを取って書いた。

『鬼と鬼ごっこせよ。逃げよ。地獄を見よ』

 先程殺した男の血をベッタリとつけてその場を去った。

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