美の暴力
とある世界に、仮面の国と呼ばれる国があった。
仮面の国では、常に人々は仮面をつけていた。顔を隠すよりも、顔を晒す方が世間知らずのロクデナシと罵倒された。その国では友人も、恋人も、ときに家族同士ですらも、お互いの顔を知らないことが当たり前であった。
性器を隠すように顔を隠すことが当たり前の世界で、それに疑問を呈するということは余りにもナンセンスだった。仮面を外すのはお風呂に入るときだけ。寝る時は極稀に外す人もいるが、それは少数派で殆どの人はつけたまま寝ていた。
〈agree with nudity〉
そう呼ばれる団体があった。直訳はヌードに同意するだが、彼らの言い分を噛み砕いて言えば顔を隠す必要はないということだった。公道を仮面をつけずに練り歩き、大声で非難をする。猥褻物陳列罪で逮捕されている映像がよくテレビで流れ、その顔はインターネット上で晒されていた。醜いだの、よくそんな顔で主張できたな、など散々な言われようであった。彼らがどれだけ訴えようと、その意見が大衆に受け入れられることなどなかった。
ある日、それはそれは美しい少女がその団体に入った。彼女の顔と名前は瞬く間に世間に拡散され、彼女は多くの人を虜にした。ぷるりとした唇と、ハイライトの輝く目、ふっくらとした頬に、形の整った鼻、全てが世間を魅了した。彼女の影響力は凄まじいもので、彼女が発信すれば、今までよりはバッシングが減り、その話に耳を傾けてくれる人が増えたのだ。世界は彼女とその意見を受け入れ始めていた。彼女の美しさは、今まで何をしてもなし得なかったことを、その顔の良さ一つで解決しようとしていた。現実では多くの困難にぶつかり、その度に乗り越えているのだとしても、端からはそう見えた。
だから、彼女は多くの嫉妬と恨みもその小さな身に宿した。今まで好き合っていた彼が目を奪われている。自分の息子が彼女を見て自慰ばかりしている。そして世間は漸く、自分の顔の良し悪しの客観的指標を手に入れてしまった。今までは良かった。ネットでわざわざ調べに行った人が、そこでバッシングをするだけだった。だが、彼女はそこだけで留めておくには余りにも美しかった。その結果、彼女は世界中の女性の美の基準になってしまった。そしてそれは、大量の絶望を生んだ。
「午後四時、猥褻物陳列罪及び殺人未遂疑いの容疑で現行犯逮捕する」
彼女は捕まった。世界を変えるほどの美しさで、自分も世界も壊してしまった。初めに望んだのはこんな世界ではなかったと思ってももう遅く、世界は顔を隠さないべきという派閥と、顔はこれまで通り隠していくべきだという派閥に分かれてしまった。彼女の美しさによって傷ついた人たちを置いてけぼりにしながら。
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