第16話 アイスレモンティーとお昼休み
「一会せーんせっ」
週明けの月曜日のお昼休み。
俺がいつもの場所で一人でご飯を食べようとしていると、そこに自販機で売っている紙パックのアイスレモンティーを手にした鈴原がやってきた。
なんだその呼び方は、可愛いかよ。
俺は喉まで出かかった言葉を呑み込み、小さく手を上げる。
嬉しそうな笑みを向けられたせいか、午前中の退屈な授業の疲れも吹き飛んだように上げた手が軽かった。
「どうも、すずさん。土曜日振りだね」
「ふふっ、そうです、土曜日振りのすずさんですよ」
鈴原はふむと頷いてから、機嫌良さげに俺の隣に腰を下ろした。
その距離はただのクラスメイトにしては近い、拳二つ分の距離だった。
うん、どうやら鈴原と土曜日出かけたことは夢ではなかったようだ。なんかに化かされたという心配もないだろう。
俺は土曜日と変わらない距離間に対してそんなことを考えながら、コンビニのパンの袋を開ける。
「一会先生、調子はどうかな?」
「調子? うーん、せっかく付き合ったのに申し訳ないが、まだ書ける気はしない」
俺はパンを齧りながら、ぼぅっと少し遠くを見る。
鈴原は『モブ彼』の続きを書いて欲しくて、俺と土曜日『モブ彼』みたいなデートをしてくれた。
クラスでモブみたいな存在の俺のために、半日ほど時間を割いてくれたのだ。
そんな鈴原へのお礼として俺にできることと言えば、『モブ彼』の続きを書くことくらい。
鈴原とのお出かけは確かにドキドキとするものがあったが、ドキドキしたからラブコメがまた書けるようになるというものではない。
やっぱり、まだ俺には『モブ彼』を書いていたときのような熱は戻っていないみたいだった。
「うん、すぐには難しいよね。なんとなく分かってたよ」
鈴原はそう言うと、アイスレモンティーの入っている紙パックを置いてから立ち上がった。
「だからさ、『モブ彼』のデート回の続きをしようよ!」
「続き?」
「そう、『モブ彼』の静原玲ちゃんのイメチェンは私服だけじゃなかったでしょ?」
鈴原はどこか得意げな笑みを浮かべて、スカートをひるがえす。
自然と目が鈴原のスカートの裾に引かれたあと、俺はあっと小さな声を漏らす。
「そういえば、制服のスカート丈を短くするって話もあったな」
「うん。だから、私もいつもよりもスカートの丈長くしてみたの。分かるかな?」
鈴原が可愛らしく小首を傾げてきたので、俺は曖昧な言葉を返して視線を逸らした。
この質問は罠過ぎる。
ここで『うん』と答えたら、いつもの鈴原のスカートの長さを把握していることになるのだからな。
それはさすがに、気持ちが悪いだろう。
覚えていない。ああ、いつもの鈴原のスカート丈なんて覚えていないとも、もちろん。
俺は小さく咳ばらいをして、思い出すように口を開く。
「えっと、あれは六話目くらいだったか? 私服のイメチェンをしたのに、制服のスカート丈が長いことを主人公が指摘するんだよな?」
イメチェン後、初めて学校に向かう道中で静原玲は偶然主人公と遭遇する。
確か、そのときにスカートが長いヒロインのスカート丈を指摘して、道中で最後のイメチェンをするのだった。
……今になって考えれば、ヒロインにスカート丈を短くしろって言う主人公ってどうなんだろうな?
リアルでやったらセクハラか何かで捕まる気が……。
「ん? ちょっと待ってくれ。続きをやるってことは、まさか今ここであのシーンを再現するつもりじゃないよな?」
「そのまさかだよ。そのために、スカート丈を長くしてきたんだから」
鈴原はそう言うと、スマホを取り出して『モブ彼』の六話の画面を表示させて俺に見せてきた。
そして、鈴原は小さく咳ばらいを一つしてから、自信なさげにスカートに目を落す。
「『え、これスカート長いかな? これでも、一センチくらいは短くしたんだけど……』」
「まって、いや待って、鈴原さん」
俺が流れるように静原玲のキャラになりきった鈴原を止めると、鈴原は不満げに俺を見る。
「むっ。二人きりのときは、すずさんでしょ?」
「いや、そう言うこと以前の問題があってだな」
当たり前のように『モブ彼』のシーンを再現しようとしているけど、普通にマズくないか?
俺が学校一の美少女にスカート丈を短くしろって言うの? 無理無理、捕まった上でしばかれる。
「こんなところを誰かに見られたら、俺は学校中の男女から袋叩きにされるんだが」
「ここって誰も来ないんでしょ? 二人きりなんだから、気にしないの」
いや、二人きりの状況と言うのもそれはそれでマズいだろ。
「次、一会先生のセリフだよ? ほら、早くしないとお昼休み終わっちゃうよ?」
この先のことを考えて顔を熱くさせている俺に対して、鈴原は劇の練習でもしているかのようなテンションでそう言った。
マジで鈴原はなんとも思っていないのか?
俺はしばらく考え込んだ後、この時間が長引けば長引くほど鈴原に迷惑がかかるのではないかと思い、意を決して役に入り込むことを決めた。
やるから。今からやるから、うずうずした目で俺を見ないでくれ鈴原。
俺は溜息を漏らしてから、『モブ彼』のセリフを思い出しながら口を開く。
「『それじゃあ、長すぎる。クラスの女子たちを見てみろ。あとスマホ一個分くらいの長さは短くしろ』」
「『えっと、このくらい?』」
鈴原は俺の言葉を受けて、スカートの裾をほんの少しだけ短くした。
膝より少しだけに上にある白い太ももがちらりと顔を覗かせる。
……だめだ、見過ぎるなよ、見過ぎるな。
「『全く変わってないだろ。もっとだ、もっと短くだ』」
「『こ、こう?』」
鈴原はそう言うと、スカート丈を一気に十センチほど短くした。
クラスの女子の平均的な長さくらいの短さなのだが、先程長いスカートを見ていたせいか、普通に見るよりも極端にスカートが短くなったような錯覚に陥る。
健康的な太さをしている白く滑らな太ももが露になり、目が離せなくなる。
見過ぎるなよ、見過ぎるな……見過ぎてる。
「一会先生? なんで顔赤いの? ていうか、太ももを凄く見られてる気がするんだけど」
「あっ、い、いや、」
鈴原に指摘されて顔を上げると、鈴原とパチッと目が合った。
その一瞬で鈴原は何かを感じ取ったのか、小さな声を漏らしてから頬を羞恥の色に染め上げる。
きょとんとしていた顔は、全てを悟ったように真っ赤になる
挙動がおかしくなった鈴原は、まず初めにバッとスカートを強く押さえてから、頭の中を整理するように独り言を漏らす。
「え、でも、私いつもこれくらいの長さだから、普通だよね? え、えっと、もしかして、いつも……」
「ち、違うからな! ただたくし上げが萌えるとかそういう感じだから! 常にそう言う目で見てるわけじゃないから!」
「た、たくし上げって、そ、そんなことしてないんだけどっ」
鈴原はきゅっとスカートを握って皺を入れてから、俺を見上げる。
微かに潤んだような瞳は俺を非難しているようだった。
やめてくれ、顔を赤くしないでくれ、恥ずかしそうな顔でスカートを押さえないでくれ、可愛過ぎるから。
ちくしょう、フェチニズムのばかやろう。
それから、アイスレモンティーを一気に飲んでも顔が赤いままだった鈴原は、その熱を冷ますため、少しだけ長く俺の隣でお昼休みを過ごすことになった。
夏の暑さのせいか、鈴原の頬の熱は中々冷めなかった。
クラスのS級美少女は俺の熱烈なファンだった。いや、俺ただの底辺Web小説家なんだけど。 荒井竜馬@書籍化2作品 @saamon_
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