第15話 帰路につく前の何気ない会話
「一会先生って、実は隠れてやることやってるのかな?」
「やってない。彼女もいないし、女慣れもしていないから疑いの目を向けるな」
鈴原に似合う服を選んだ俺たちは、軽くご飯を食べてから帰るために駅に向かって歩いていた。
せっかく休みの日にショッピングモールに来たのだから、もう少しゆっくりしてもいいかもしれない。
しかし、『モブ彼』の初回デートはヒロインの静原玲のイメチェンをして終わりだったので、俺たちもそれに合わせるように帰ることになったのだった。
服を選ぶまでは良かったのだが、服を選び終えてから、鈴原は俺が女慣れしているのではないかという疑いの目を向けてくる。
どうやら、試着をした鈴原を褒め過ぎたのが悪かったらしい。というよりも、余計な『モブ彼』のセリフを言ったのが悪かったのだろうな。
俺はそんなことを考えながら、隣を歩く鈴原をちらっと見る。
「別に無理して俺が選んだ服を買わなくてもよかったのに」
今の鈴原は朝のクソダサい格好ではなく、先程服屋で試着した服装に着替えていた。
試着を終えた鈴原は店員さんに頼んでその場でタグを切ってもらって、俺が選んだ服とかスカート、靴下までも購入した。
まぁ、隣を歩く身としては、クラスの憧れの鈴原さんらしい可愛らしい今の服装の方が助かりはするけどな。
「私もあの服は恥ずかしかったし、いいの」
「でも、あと家に帰るだけだろ? そこさえ我慢すれば出費も抑えられたんじゃないか?」
試着した手前一着くらい買ってもいいかもしれないが、何も靴下まで俺が選んだ物を買わなくてもいいんじゃないかと思う。
鈴原が会計をしている時の値段を見ただけに、俺は割と本気でそんなことを考えていた。
「それに、だって、『モブ彼』のヒロインの静原玲ちゃんも買ってたし」
「そりゃあ、あの回はイメチェンをするって回だからな」
俺は当たり前のようにそう言ってから、鈴原の顔が微かに赤くなっていたことに気がつく。
なんでこのタイミングで赤くなってんだ?
俺が首を傾げて考えていると、鈴原は少し恨むような目で俺を見上げる。
恥ずかしがるように朱色に染まった頬のせいか、不満げな顔も可愛らしく見える。
「一会先生、わざと言わせようとしてるでしょ?」
「言わせようとしている? なんのことだ?」
俺がきょとんとしていると、鈴原は微かに顔を伏せる。
「……一会先生って、女の子にそういうこと言わせるのも好きだったよね」
鈴原は『うぅっ』と小さく唸ってから、耳の先を赤くさせる。
そして、鈴原は意を決したように顔を上げた。
鈴原の瞳は微かに潤んでいて、羞恥の感情を帯びていた。
「お、男の子と初めて一緒に服を買いにいって、可愛いって褒められて、それが嬉しかったから、選んでくれた服を全部買ったのっ」
「っ!」
ちょ、ちょっと、直球過ぎやしないか、鈴原さん。
俺は初めてという言葉と、俺ごときに可愛いと言われて喜んでいたという言葉に胸をきゅんとさせられる。
……初めてって言葉に男は弱いんだよ、鈴原さん。
うるさくなった鼓動を落ち着かせようにも、鈴原に見つめられているせいで鼓動の速さは加速していく。
鈴原さんの瞳にあった熱が俺に伝わるまで、時間を要さなかった。体が熱くなってきたのを感じる。
俺が何も言えずにいると、鈴原はぱっと俺から目を逸らした。
「こ、これでいいんでしょ? 一会先生、女の子にこういうこと言わせるの好きすぎ」
「え? そ、そうだっけ?」
「……よくR15作品の方で女の子にえっちなこと言わせてた」
目を合わせずに鈴原にそう言われ、俺は一気に体が熱くなった。
そうだった。鈴原の前では、フェチニズムや性癖に関しては、惚けようとしても惚けられないのだった。
だって、そこら辺が凝縮されたような俺のR15作品を鈴原は読破済みなのだから。
ちくしょう、学校一の美少女にそこら辺がバレてるって、どんな羞恥プレイだ。
「ま、まぁ、あれだな。鈴原が無理して服を買ったんじゃないと聞いて安心した」
「女の子に言わせるの好きなのは否定しないんだ?」
「ぐっ」
話を逸らそうとしたのだが、ジトっとした目を向けてきた鈴原に追撃されてしまった。
視線を逸らしても見続けられている気配を感じたので、俺は諦めるように言葉を漏らす。
「……可愛い女の子が恥ずかしがる所を嫌いな男はいない」
「……一会先生のえっち」
「お、男の子はみんなえっちなんだよ」
鈴原の『えっち』という言葉に少しの興奮を覚えそうになる頭を横に振って、俺は目をきゅっと閉じる。
これ以上はあえて言わないけど、えっちっていう響きがもうえっちだからな!
「ふふっ」
追撃が来るかと思って構えていると、鈴原から笑い声が漏れた。
「今の返しは完全に一会先生だったね。うん、辱めにあった仕返しもできたし満足かな」
俺が鈴原の方に視線を戻すと、鈴原はいらずらを成功させた子供のような笑みを浮かべている。
俺はそんな鈴原の表情を前に、俺は胸をなでおろす。
ふぅ、圧倒的劣勢の状態だったのに何とかなったみたいだな。
「じゃあ、一会先生。そろそろ帰ろっか」
「そうだな。これ以上ぼろが出る前に帰りたい」
俺たちはそう言うと、改札をくぐって帰路につくことになった。
こうして、『モブ彼』のようなデートは幕を閉じたのだった。
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