第14話 漏れた本音は調子を狂わす
「うぅ。こんな展開、『モブ彼』にはなかったのに」
お店の店員さんにあらぬ誤解をかけられた俺たちは、慌てるようにして先程の店を後にした。
鈴原は独り言を呟いた後、俺に背を向けながら顔をぐにぐにとさせて、表情を整えようとしていた。
……男女で服を買いに行くと、あんな展開になることもなるなんて思いもしなかった。
うん、いつか『モブ彼』の続きを書く時が来たら参考にしてもいいかもしれない。
「それじゃあ、気を取り直して服を選んでもらおうかな。服を、ね」
「お、おう。分かったから粒立てないでくれ。意識しちゃうから」
いつの間にか自由になっていた腕には、まだ微かに鈴原の手のひらの感触が残っている気がした。
店を出るときに腕を引かれた感触が、嫌じゃない違和感として腕に残っている。
……この感触、いつか薄れることあるのか?
「一会先生。もうこのお店に入っちゃおう。このお店ならさっきみたいな展開にはならないし」
「さっきみたいな展開にならない? ……あ、なるほど」
俺は目の前にある店を軽く見渡して、小さく頷く。
うん、この店には女性物の下着は置いていないみたいだ。ん? いや、よく見ると端の方にそれらしき物があるような気もする。
「一会先生、私に似合う『服』だからね」
鈴原は俺の視線に気づいたのか、ジトっとした目を俺に向ける。
微かに朱を差したように頬を赤くしているのは、先程までの出来事を思い出しているのだろう。
「わ、分かってるって。さすがにクラスメイトの下着を選ぶのはハードルが高すぎるから」
「今日は『モブ彼』のデートだからね。一会先生のR15作品のデートじゃないんだからね」
鈴原はそう言い残して、一足先にお店に入っていった。
『今日は』って言われると、色々と想像してしまうものだ。
今後も『モブ彼』のようなデートをするのかとか、今日じゃなければR15作品のようなデートもしてくれるのかとか。
いや、さすがに後者の考えなんてしていたと思われたら、鈴原に気持ち悪がられるな。うん、気持ち悪い。
……。
「一会先生! なにぼーっとしてんの?」
「あー、いや、何でもない」
俺が視線を鈴原に戻すと、鈴原はハンガーに掛かっている近くの服を二つ手に取って俺に見せる。
「一会先生はどっちの方が好み?」
鈴原の手にあったのは、白色のワンピースとフリルが拵えている白色の半袖のシャツだった。
鈴原は交互に二つの服を胸のあたりに持っていったあと、可愛らしく小首を傾げる。
ちくしょう、本当に可愛いな。
俺はそんなことを思いながら、ふむと小さく頷く。
「純白ワンピースはオタクの憧れではあるけど、フリル付きのシャツの方がフワフワしていて可愛いかもしれん」
「なるほど、一会先生はこっち派か」
鈴原はそう言って頷いてから、白色のワンピースの代わりに空色のフリル付きのシャツを手に持った。
「これとこれはどっちの方が好き?」
「そ、空色かな?」
「あ、即答。ふーん、こういう色が好きなんだ」
鈴原はそう言うと、じっと俺が選んだ空色のシャツを見ていた。
別に、ただ空色が似合うと思っただけで他意はないのだ。
さっきの店で空色が似合うなと思ったから、即決したわけではない。
うん、他意はないのだ。他意はない。
「ええっと、一会先生はスカートとパンツだったらどっちの方が――って、聞くまでもないよね」
「え、な、なんで?」
鈴原は白色のシャツを元の場所に戻してから、当たり前のようにそんな言葉を口にした。
俺が不思議そうに聞くと、鈴原は首を傾げる。
「だって、一会先生の作品に出てくる女の子ってスカートの割合多いし。あ、あとホットパンツとかも好きだっけ?」
「っ」
俺はいじるわけでもなく、まっすぐ言われた言葉を前にたじろぐ。
ラブコメという物は、書いているうちに自分の願望とか好みが漏れ出るものだと思う。
異性の好きなタイプとか部分とか、フェチニズムとか。
俺の書いた小説を全て読んでいる鈴原が、俺の好みを知らないはずがないのだ。
どうしよう、今さらながら凄い恥ずかしくなってきた。
まてまて、R15作品まで読まれてるってことは、好みだけじゃなくて性癖までも……。
「あ、一会先生って脚好きだったよね? 靴下も選ばないとだよね?」
「やめてくれ、やめてくれ、そんな純粋な目で見ないでくれ。俺だけじゃないんだ、男子はみんな好きなんだよ」
俺は顔を覆って小さくなってから、スカートかホットパンツかよりも先に、靴下を選ぼうとしている鈴原を必死に止めるのだった。
このスカートを穿いてくれならまだしも、この靴下を履いてくれっていうのは、さすがに業が深すぎる。
……まぁ、結局選ばされることにはなったんだけどな。
それからスカートやらを選んだあと、俺は鈴原に連れられてとある場所に来ていた。
というか、とある場所で立っていた。
後ろで聞こえる衣擦れの音に鼓動を高鳴らせて、俺は意識しないように目をつむる。
あ、これだめだ。視覚を遮断したら他の感覚がより敏感になって、鈴原が後ろで着替えている音に集中してしまう。
「な、なぁ、ここはさすがにマズいんじゃないだろうか? 俺、外で待ってようか?」
「店員さんに許可取ったし問題ないって。あ、あと、着替え最中に声かけないで欲しい、かも。なんか恥ずかしい」
「え、お、おう」
俺が立たされていた場所は試着室の前だった。
鈴原は俺の選んだ服に着替えてくれるとのことだったので、それを俺は試着室で待つことになったのだ。
まぁ、これも『モブ彼』にあったシーンではあるのだが……カーテン一枚挟んだところで、同級生が着替えているというのは中々来るものがある。
衣擦れの音に想像を掻き立てられて、俺はその度に頭を振ることになった。
「うん、よっし。こんな感じかな」
「着替え終わったのか?」
「うん。開けていいよ」
え、俺が開けるのか? 今まで鈴原が着替えていた場所を俺が?
俺は妙な緊張感を抱きながら、生唾を呑み込むとカーテンに手をかけた。
そして、意を決してカーテンを開け先にいたのは――俺を見て微笑む鈴原の姿だった。もちろん、眼鏡は外されている。
淡い空色のフリルが拵えているシャツに、白色のヒダのあるミニスカート。足元は小さなフリルのクルーソックス。
それだけでなく、鈴原の髪型は先程と違って結ばれおり、ポニーテールになっていた。
体育の時に結んでいる動きやすさ重視ではなく、少しの大人っぽさも感じるふわっとした形のポニーテール。
そんな鈴原を前にして、俺は少しの間見惚れてしまう。
俺が選んだ服を着ている学校の一の美少女。
そんな状況も相まってか、自分がフィクションの中にいるかのような感覚に陥る。
「一会先生ってポニーテール好きなんでしょ? だからね、髪型も変えてみました! ふふっ、どうかな?」
「……かわいいな」
表情がころころと変わる様子と、先程まで来ていた服とのギャップのせいだろう。
俺は自分でも無意識のうちにそんな言葉を漏らしていた。
ん? 言葉を漏らした? あれ、俺何か言ったか?
「へ?」
鈴原はそんな間の抜けたような声を漏らしてから、徐々に体の内側で熱されるように顔を赤くする。
その顔は、初めて可愛いと言われた乙女のような顔だった。
「いやいや、まて、待ってくれ。そんな照れないでくれ。言われ慣れてるだろ、可愛いって言葉くらい」
「い、言われ慣れてない。言われ慣れてないから!」
「そんなわけないだろ、クラスの奴らが言っているのを聞いたことあるぞ」
今さら鈴原が可愛いと言われたくらいで照れる意味が分からない。
困惑する俺を置き去りに、鈴原は耳の先まで赤くなっていく。
羞恥の感情は鈴原の頬を赤く染め上げるだけでなく、大きく透き通った瞳を潤ませる。
「言われ慣れてないよ……そんなふうに、本心が漏れちゃったみたいに、可愛いって言われたことなんてない」
上目遣い気味に向けられた瞳に見つめられ、俺の鼓動が跳ね上がる。
青春の香りが急に強まった気がした。
まずいまずい、心臓の音がでかすぎる。こんな爆音ご近所迷惑になるレベルだ。
「い、いや、別に本心が漏れたわけでは――」
「違うの?」
「違わないけど――い、いや、」
慌てて立て直そうと思った所を、微かに甘くなった声に撃ち抜かれて俺は後退る。
やばいやばい、このままじゃマジで恋する数秒前だ。
俺は頭を高速で働かせて、咄嗟に現状に対する打開策を思いついた。
そうだ。これはあくまで今は『モブ彼』のデートの再現中だ。
それなら、『モブ彼』にあったセリフを返せば鈴原なら乗ってくるはず!
そうすれば、この甘い空気も薄まるはずだ。
確か、『モブ彼』のデート回ではヒロインの静原玲がイメチェンをするのだ。
服だけではなくて眼鏡もコンタクトにして、髪も切って美少女になる。
そして、鏡を見て驚くヒロインに、主人公が少しキザに笑いながらこう言うのだ。
「『ナンパに気をつけないとな。勇気さえあれば、俺も声をかけたくなる可愛さだ』」
さぁ、返して来い鈴原!
「ふぇっ」
俺があえてノリノリでそう言うと、鈴原は間の抜けた声を漏らして、やかんでも沸かせるんじゃないかというくらいに顔を赤くさせてしまった。
いや、このタイミングで恥ずかしがられたら、俺が鈴原を口説いたみたいになるだろ!
「ち、違うからな! 今のは『モブ彼』のセリフだからな!」
俺の呼びかけ虚しく、しばらくの間鈴原はフリーズしたように動かなくなってしまった。
ちくしょう、中々原作通りにいかないな。
俺はただ恥を重ねただけの結果に、頭を抱えることになるのだった。
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