第13話 似合うモノを想像する
「とりあえず、ここが無難かな」
「おぉ」
鈴原に連れられてきた店の前に着いた俺は、思わずそんな声を漏らしていた。
店の外から見ても分かるほどおしゃれなそのお店は、若い女性客と店員さんしかいない。
いや、あそこに男の人もいるか。でもあれって、カップルの距離だよな?
「えーと、それじゃあ、服を買ったら集合って感じにするか?」
「感じにするわけないでしょ。一会先生、急にどうしたの?」
俺が頬を掻きながらした提案はすぐに却下され、鈴原は俺にジトっとした目を向ける。
俺は誤魔化すように視線を逸らすが、鈴原は不満げな顔をずっとこちらに向けている。
俺は耐えかねて、言葉を漏らす。
「いや、ここって俺が入ったらダメな場所だろ?」
「え? 別にダメじゃないでしょ? ほら、男の人もいるし」
鈴原は俺が先程見た彼氏さんを見ながらそう言う。
いや、だから彼氏なら入ってもいいんじゃないか? 彼氏なら、な。
「んー? 何が気になるんだろ?」
いくら説明を求めるように見られても、俺がそんな考えは言えずにいた。
だって、明らかに俺が意識しているみたいで恥ずかしいだろ。今だって恥ずかしいぜ。
俺が何も言えずにいると、鈴原は辺りをきょろきょろと見てから小さく手を上げる。
鈴原の視線の先にはお店の店員さんがいた。
「あっ、すみませーん。男の人も一緒に入っても問題ないですよね?」
「もちろん問題ないですよ。彼氏さんも一緒に彼女さんのお洋服を選んであげてください」
店員さんは微笑ましいものを見るかのような目で俺たち見てから、そんな言葉を口にした。
「ち、ちがっ……あっ」
鈴原は店員さんの言葉を予想していなかったのか、慌てるように手を横にブンブンと振る。そして、それから何かに気づいたような声を漏らして俺を見た。
やめてくれ、羞恥の感情がこもった瞳で俺を見ないでくれ。そうだよ。もしかしたら、期待してたよ。彼氏とかと間違えられるかなとか調子乗って考えてたよ。
「よーし。入店の許可はもらえたようだし、入るとするか」
俺は沈黙が続けば続くほど、恥ずかしさが増すと察して、咳ばらいをしてから店の中に入ることにした。
「う、うん」
少し上擦った鈴原の声に気づいていないフリをして、俺は店内の配置もろくに理解せずに闇雲に歩いていく。
しばらく経てば、上がった俺の体の熱も下がるだろうと思いながら。
「あっ、ま、まって」
しばらくの間、静かに俺の横をちょこちょこと歩いていた鈴原が、少し焦るように俺の服の裾を引く。
少しだけ強くクンっと引かれて、俺の足が止められた。
「すずさん?」
何事かと思って鈴原を見ると、鈴原は俺に視線を合わさずに微かに瞳を揺らしていた。
え、なに、なんで急に乙女チックな顔してんだ?
俺がそんなふうに困惑していると、鈴原は唇をきゅっと閉じたあと、小さく口を開く。
「……そっちは、ランジェリーとかだから行かない方がいいかも」
「へ?」
鈴原に言われて、バッと俺が向かおうとしていた方向を見ると、女性物の下着が並んでいるコーナーがあったことに気がついた。
そして、そこにはいつの間にか移動していた先程のカップルたちがいて、イチャイチャとしている。
まてまて、少し情報を整理してみよう。
女性服が売っているお店に入る際、普通なら取らないであろう入店許可を取った。
そして、俺は彼氏と間違えられた恥ずかしさを隠すために、足早に店内を移動している。
その移動した先にあったのは、下着コーナー。
つまり、これを店員さん視点で取るとどうなるのか。
……。
俺がちらっと先程の店員さんの方に振り向くと、店員さんは意味ありげな笑みを浮かべている。
「くすっ、似合うモノ、選んであげてくださいね」
「「っ!!」」
店員さんの一言を受けて、俺の間に異性の緊張感が走る。
店員さん、俺たちが下着を見に来たと確信していやがる!
俺がそのことを察したと同時に、隣でコミカルなぽんっという音が聞こえた気がした。
ちらっと見てみると、鈴原は耳の先まで赤くして口をあわあわとさせている。
やめてくれ、慌てないでくれ。ポンコツ具合いとダサい服がマッチして、余計可愛く見えるから。
鈴原は目をぐるぐるとさせてから、俺の腕を引く。
「ほ、他のお店も見てきます!」
「でしたら、あちらのお店とかリーズナブルですよ」
「あ、ありがとうございま――」
鈴原は店員さんが指さす方に視線を向けたあと、すぐにぴたりとその足を止めた。
それもそのはず。だって。店員さんが指さした方向に合ったお店は、ランジェリーショップそのものだったのだから。
そうだよな。まずは誤解を解かないと、他のお店で下着を見てくるって捉えられるよな。
「~~っ」
俺はぷるぷると小さく震える鈴原の背中から目を逸らす。
鈴原に見られていないうちに、俺も赤くなっている顔の熱をどうにかしないとな。
……いや、無理だろ。
離すタイミングを失った鈴原の手は、ずっと俺の腕を掴んでいる。
鈴原の体の熱が手のひらから伝わってきて、俺の腕をじんわりと温かいものにする。
その温度感や手のひらの柔らさが生々しく、俺の鼓動は速くなるばかりだった。
鼓動の音を誤魔化そうと辺りを見渡すと、不意に下着を選んでいるカップルたちが目に入った。
そのカップルの女性が持っている下着を見てしまい、俺は考えずにはいられなくなった。
……空色が似合うかもしれないな。
そんなことを考えてしまい、また少しだけ鼓動が早くなった。
そんな気がした。
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