第12話 思春期と葛藤
「ねぇ、一会先生! どこのお店がいいかな?」
すっかり調子を取り戻した鈴原は、ショッピングモールのフロアマップの前でニコッとした笑みを俺に向けてくる。
うん、互いのためにも並んでいる距離を拳二個分にしたのは正解みたいだ。
俺は髪を耳に掛ける鈴原の仕草にどきりとしながら、フロアマップに目を向ける。
今日は『モブ彼』のデートのように、鈴原に似合う服を買いに来たのだ。
その店選びに失敗にしたら、どう足掻いても服選びも失敗することになるだろう。
俺は真剣にフロアマップに載っているお店を吟味してから、ふぅっと小さく息を漏らす。
「……いや、店名だけで何を判断しろと言うんだ」
書かれてある情報といえば、店名とレディースかメンズかと、店の位置ぐらいのものだ。
これだけの情報から一体何を判断しろと言うんだ、ショッピングモールよ。全部横文字の店名ばっかで違いなんか分かるか、馬鹿にしてんのか。
「一会先生って、服にあんまり興味ないの?」
鈴原は長考した上で漏らした俺の声を聞いて、不思議そうな顔で俺を見る。
ええい、覗き込んでくるな。可愛いかよ。
俺は知識の乏しさに情けなさを感じながら、小さく胸を張る。
「俺の服装見れば分かるだろ?」
今日の俺はジーンズに白の半袖シャツというシンプル過ぎる服装だった。
ファッションセンスがないなりに色々と調べた結果、白シャツとジーンズなら無難だということが分かった。
無難ということは、悪くはないということだ。
ダサいと思われるよりは、無難の方がいいだろう。
だから、俺は今の服装に程々の信頼を置いているのだ。
「え、これって『モブ彼』の主人公の感じを表現してるのかと思ってた。あ、これが私服なんだ」
「何か言いたげな顔してるな、おい」
「いやいや、そんなことはないよ。うん」
鈴原はそう言うと、ハハッと作った笑いをしながら俺から目を逸らす。
おかしい、無難なら問題ないんじゃないのか?
俺が自分のファッションセンスとネットの知識を疑っていると、鈴原は何かを思い出すような声を漏らす。
「あれ? でも、一会先生って女の子の服もちゃんと書いてたよね?」
「今はネットがあるし、雑誌とかもある。最悪、マネキンが着ているのを文字に起こせばいいし、何とかなるんだよ」
「ふむ、いちおう少しは知識がある感じなのかな」
鈴原はそう言うと、フロアマップに向けていた体を俺の方に向ける。
「えっと、私はどんなのが似合うと思う? ガーリー系とかロリータ系とか、色々あるでしょ?」
「とりあえず、今着ている……クソダサ系? 以外のがいいと思うな」
「っ! そ、そんな系統はないよっ!」
鈴原は顔を赤らめてそう言うと、恥ずかしそうに着ている服を隠しながら俺を軽く睨む。
そんな目で見ないでくれ、まだそちらの世界の扉は俺には早いから。
鈴原は小さくため息を漏らしたあと、ジトっとした目を俺に向ける。
「もういいよ、全体的に色々ありそうなところにしよ。そこで一会先生に選んでもらえばいいから」
「なんだ、そんなところもあるのか。というか、全ジャンル扱っている店があるなら、みんなその店に行くんじゃないのか?」
「そんな単純でもないし、全ジャンルあるわけでもないよ。それに、好きな系統の服屋さんの方が、自分が好きな服とか多くあるし」
というか、今さらながら女の子の服には系統が存在するのか。
……もしかして、俺が知らないだけで俺の今着ている服にも系統があったりするのだろうか?
「すずさんはファッション詳しいのか? 服が好きとか?」
「別に好きじゃないよ……ファッション雑誌は買ったりしてるけど」
「なんだ、雑誌買うくらいなら好きなんじゃん」
ファッション雑誌って売っているのは知ってたけど、買う人もいるんだな。あまりにも無縁過ぎて知らな過ぎた。
「……」
そんなことを考えて俺が小さくふむと感心していると、鈴原がなぜか俺をじっと見てきた。
「な、なんだ?」
「別に何でもないよ。お店は二階みたいだから、早くいこ」
鈴原はそう言うと、それ以上何も言わずに近くにあったエスカレーターへと向かっていった。
慌てるように鈴原の後ろを追いかけて、俺は少し遅れてエスカレーターに乗る。
何かあったのだろうかと鈴原の後ろ姿を見つめていると、不意に思い出したことがあった。
そういえば、『モブ彼』のヒロインの静原玲も主人公に言われてファッション雑誌を買うようになるんだったっけ?
ん? ということは、今のはファッション雑誌のくだりは、『モブ彼』のネタだったことか?
もしかして、何かしらのツッコミ待ちか何かだったのかもしれない。
いや、さすがに作者と言えど、『モブ彼』ネタすべてを拾うことはできんぞ。
俺はそう考えて鈴原の後ろ姿にジトっとした目を向ける。
そして、そのとき不意に目に入ってしまった。
七分丈のジーンズ越しに見える、臀部の形が。
いやいや、別にパンツスタイルなら臀部の形が見えることは珍しくはない。何もやましいことがあるわけではない。
じゃあ、なんで俺は咄嗟に視線を逸らした? そして、なぜもう一度ちらっと視界に入れようとしている?
……そんなの、俺が思春期だから意外に理由はないだろう。
いや、他にも理由はあるか。
「すずさん。そのジーンズっていつ買ったもの?」
「え、いつだろ? 中学生の頃かな? なんで?」
「いや、今日でそのジーンズとはおさらばした方がいいかもだぞ」
「む、ダサいって言いたいんでしょ? 知ってるし、もう穿かないよ」
いや、他にも理由はあるんだけどな。
……。
俺はそれ以上そのことを言及せずに、そっと俺よりも後ろの人たちに鈴原の後ろ姿が見えないように立つことにした。
多分、『モブ彼』の主人公もこうしていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はそっと目を閉じたのだった。
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