EP1「我らが商会を設立せよ」2
地の民は生後半年頃には歩き出すし喋り出す。そして一歳過ぎには走れるようになり、思考もしっかりしてくる種族である。
それでも初等学校が四歳からなのは、子供時代を無邪気に伸び伸びと過ごさせようという大人の配慮である。
一方、王族の付き人となる為に英才教育を受けてきた子供達は、遊んで過ごせるはずの幼少時代を勉強と鍛錬に費やしてきたと言える。(とはいっても、この年頃に求められるのは簡単な読み書き計算と、最低限の礼儀作法くらいだが)
物心つく前から厳しい王族教育を受けてきたツバル王子は、同じように厳しい教育を受けてきた付き人候補の子供達に、仄かな共感を感じていた。
それでも基準に満たない相手、自身と気の合わない相手は不採用にするしかないが、有能な相手は出来れば全員採用したいというのが本心だ。
実際には、傍系王族の分を残しておかなければならないし、何より予算の関係で、採用人数の上限が決められているのだが。
「ツバル様、フィフィー様とフキ様が到着なさいました」
「そうか。丁度いい頃合いだな」
同い年の傍系王族が到着したとの知らせを受けて、王子は鷹揚に頷いた。
実はツバル王子は本日の、将来の付き人となる者を選ぶ為の選考会に彼らを招いていたのである。
従来ならば付き人候補の子供達は、直系の王族との面接が終わった後で、傍系王族との面接があるはずだった。同じ歳の王族であっても、傍系よりも直系が優先されるのは当然の倣いなので。
だがツバル王子は自分が付き人を選ぶ場に、同い年の従兄弟を招いた。「優先権は貰うが、全員が同時に選ぶ事で、付き人候補の子供達と接する時間を通常よりも長く取れるぞ」と、彼らを誘ったのだ。
これまでは、王族が付き人を選ぶ期間は五日と定められていた。
そしてその後、付き人候補達が傍系王族が暮らす王家直轄地の城まで移動して、休日を挟んでから傍系王族の一人と面会。
そこでまた選考に五日かけ、その後また別の直轄地に赴き、別の傍系王族と面会というふうに、選考期間中は付き人候補達にとって忙しない日程となっていた。
そのような日程の都合上、個々の王族が付き人候補達と共に過ごし、彼らの
だが今回はツバル王子の提案によって、一か所に同い年の王族男子を全員を集め、纏めて面接を終えられるよう手配した。その為、付き人候補の選考時間を三倍の十五日と、これまでよりも格段に長く取れるようになったのだ。
「本日は招いてくれてありがとう、ツバル様。おかげでゆっくりと付き人を選ぶ時間が取れて嬉しいよ」
「私からもお礼を言わせて下さい」
ツバル王子の私室の一つに、同い年の傍系王族二人が、それぞれの付き人を伴って訪れた。彼らは現王の弟達の子供の内の一人であり、ツバル王子にとっては父方の従兄弟にあたる。
アルマ王国では、直系より血が離れた王族は、小爵になるか他の貴族家に婿入りもしくは嫁入りし、王族から離れる決まりとなっている。
それ故、王族の血を引く貴族や平民はそれなりの数がいる。地の民が多産種族であるのに王位を継ぐのが一人だけである以上、王になれなかった兄弟姉妹が、世代を重ねるごとにどんどん増えていくからだ。
現在王族として残っているのは、現王の両親(元国王と元王妃)との他は、現王の弟が四人、そしてその子供達だけとなっている。
そのようにして王族の数を抑制していても尚、王弟の子供達はかなりの数が存在する。それぞれの夫婦に十人前後の子供がいるのだから、総数も多くなるのも仕方がない。
そしてその内、ツバル王子と同じ歳に生まれた王子は二人。それがフィフィー王子とフキ王子だ。
にこやかな微笑みを浮かべ、親し気にツバル王子に声を掛ける金髪に赤目の子供がフィフィー王子。彼は第三王弟(前王の三男)の三番目の息子にあたる。
そして、生真面目そうな表情で短くお礼を述べる、金茶の髪に水色の目をした子供はフキ王子。彼は第四王弟(前王の四男)の二番目の息子である。
「失礼します。お茶会の準備を整えます」
ツバル王子、フィフィー王子、フキ王子の侍従と侍女が優雅な動作で素早くお茶とお茶菓子の準備を整えていく。主の身近の世話をするのが彼らの仕事だ。
一方で護衛騎士達はそれぞれの主の背後に立ち、いつでも非常事態に対応できるように備えているし、公的な場では主の補佐として立ち回る文官達は、私的なお茶会においては仕事がないので、壁際で静かに控えている。
王子達が同じテーブルにつき、主催であるツバル王子が自らの侍従の淹れた茶を一口飲んで、周りにも「どうぞ」と勧める。その後、それぞれが持ち寄った茶菓子を先に一口食べてから周りに勧める事で、ようやくお茶会が始まる。
これらの手順は、自分のもてなした食物に毒は入っていませんという証明の為であり、暗殺などを警戒する王族や貴族特有の決まり事である。
「今回、我々男子はこうして全員纏めて選考会を行える事になりましたが、女子の方は同じようにはいかなかったようですね。私の妹のアフィールは例年通り、直轄地の
フキ王子が気づかわしげに、ここにはいない相手をそっと慮った。彼が言及したのは自身の妹についてと、ツバル王子と同い年生まれの妹であるカリエラ王女についてである。
地の民は妊娠期間が三か月程なので、同時に生まれずとも同じ歳の生まれとなる兄弟姉妹が存在しうる。ツバル王子にもフキ王子にも、そうした同い年生まれの妹が存在する。その為、彼女らの方もまた、同時期に付き人候補との面会を実施する予定となっているのだ。
同性の方が付き人として有利である為、候補の女子達は王子の選考会には参加せず、まずは王城にいるカリエラとの面接に向かうとの知らせが届いている。
「
ツバル王子はそう言って肩を竦めた。彼にも仲の悪い親族はいる。もしもそれらが同い年だったなら、今回のような変則的な選考会は開催不可能だったろう。
こうして他の土地に住まう者を王城に招く場合、一行の食事をどうするか、道中の旅費を誰が持つかなど、決めねばならない事項は多岐に渡る。
また、その為の特別予算も組まなければならない。手紙のやり取りでそれらを事前に同意できなければ、このような変則的な催しなど行えない。
今回の選考会にツバル王子がフィフィー王子とフキ王子を招く際にも、事前に文官同士で何度も文のやり取りを綿密に行い、様々な取り決めを行った上で決行されているのだ。
王女達の方では、その事前の根回しがうまくいかなかったのだろう。傍系王女の内の誰か一人でも王城に来るのを嫌がれば計画は破綻するのだから、カリエラ王女の不手際とは言えない。
「カリエラ様と同い年の傍系王女は、アフィール様を含めて三人だったよね。付き人になりたい子供達にとっては、今年は女性の方が当たり年だね」
フィフィー王子がそう述べてふんわり笑った。
王族の数が限られているのだから、いくら望んでも付き人になれる人数は限られてくる。その為、幼い頃から厳しい教育を受けてきて、充分に付き人になれるだけの能力を持っていても、選ばれない子供が出てくる。
そういった子供達は、また翌年に他の王族の付き人候補として招集されるが、歳がいくつも離れてくると、次第に「残り物」と敬遠されて、候補にも挙がらぬようになってしまう。
「予算の都合もありますし、我々が採用できる付き人は二人ずつが限界ですから」
自分の傍にいる侍従にちらりと目をやってから、フキ王子は申し訳なさそうに目を伏せた。
大人が六人、子供が六人と、潤沢な数を付き人として揃えられる直系と比べると、傍系である彼らが揃えられる付き人の数は半分にまで減る。現在傍にいる大人三人と乳兄弟の子供一人の他は、選べるのは二人だけだ。
理由は当然、傍系に与えられる予算が直系よりも少ない為だ。予算が決められているのはツバル王子も同じではあるが、採用枠が五人のツバル王子と、採用枠が二人しかない傍系とでは、やはり心持ちは違ってくる。
その上、こうして同じ場で付き人を選ぶ権利こそ貰えても、優先権を持っているのはあくまでもツバル王子だ。彼らはツバル王子が選んだ後でなければ、自らの付き人を選べない。
「現在ついている大人の付き人も三人だけだしね」
フィフィー王子はそう宣う。けれどその表情は穏やかで、語る口調も柔らかかった。直系であるツバル王子を責めるでもなく、自らの不遇を嘆くでもなく、あるがままに物事を受け入れている様子だ。
「下位貴族では、付き人は全部で一人から三人を付けるのがやっととも聞きます。それに比べれば、大人と子供を三人ずつ付けてもらえるだけ、我らは厚遇されていると言えるでしょう」
フキ王子も冷静にそう述べた。
二人とも、招かれた場で不満を漏らすような真似はせず、その幼さに似合わぬ落ち着いた対応を見せている。
彼らがそのような分別ある性格だからこそ、ツバル王子はこうして気軽に同席していられるのだ。仲の悪い親族相手ではこうはいかない。
「藍爵や青爵は、当主もその子息達も、
ツバル王子がふんと鼻を鳴らし、高位貴族の予算の潤沢さを揶揄した。
藍爵や青爵といった高位貴族は、傍系王族よりもよほど多い付き人を従えている。流石に直系王族よりも多い数は不敬と取られかねない為に自粛しているが、それでも本拠地たる領地には予備の人材を揃えていたりする。
広大な領地持ちで自領地に住む領民から税金を得られる高位貴族の方が、厳密に予算を組まれている王族よりも豊かな場合もあるのだ。
「高位貴族の方々は、己の一門の中から、付き人や側近を引き立てねばならぬ立場ですから」
彼等と我等では立場が違います、とフキ王子は苦笑した。
「下位貴族と高位貴族とでは、擁する配下の数も違うからね」
フィフィー王子も同じように苦笑して肩を竦める。
高位貴族の付き人は、王族の付き人を排出する下位貴族の家系からは選ばれない。何故なら彼らにはもれなく直属の家臣がおり、その家系から付き人を選ぶからだ。
貴族とその家臣はある意味一心同体である。主家の付き人をあえて他所から雇う理由などないのだ。
ユスター王国建国記 アリカ @alikasupika
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