EP1「我らが商会を設立せよ」1

 頭に左右二本の枝分かれした白い角。これが鹿系動物から進化した種族であると言われている「地の民」最大の特徴であり、民の誇りであり象徴でもある。

 身長は角を含めても100セーテ(センチ)前後。その中でも女性の方が男性よりも小柄で、角も短めだ。

 角の他にも、子供体形、乳白色の肌、足腰の丈夫さなどが、種族特有の特徴として挙げられる。

 また、この世界には地の民以外にも、「空の民」と「海の民」が存在する。

 空の民は黄色い羽と尾羽を持つ鳥類から進化した種族であり、海の民は下半身が鮫の胴体と尾からなる人魚であり、鮫系魚類から進化した種族である。

 三種族はそれぞれまったく別の系統で進化してきたので、意思の疎通はできても交配繁殖は不可能だ。

 遥か昔には、地の民と空の民が地上の覇権を争っていた時期もある。

 制空権を持つ空の民と、多産種族で手先が器用な地の民との戦いは、最終的には地の民が数で圧倒して勝利した。

 現在はその争いも落ち着き、二つの民は和平を結び、概ね平和に暮らしている。

 一方で海の民は鰓呼吸の種族なので、生活圏が海中となる。地上に暮らす他の民と争う必要もなく、独自の文化を貫いている。

 このせかいは、そんな三種の人類が文明を築いている。

 そしてロイエラ大陸は、かつて地の民が他大陸から入植して発展していったという歴史を持っている。その経緯故、現在も地の民以外は殆ど見かけない土地となっていた。

 この大陸の南方に位置する大国、アルマ王国もまた、地の民が治める土地だ。




「先触れが到着しました。まもなく、付き人候補の子供達が城に到着します」

 侍従の言葉に、ツバル王子は口の端をニイッと歪めた。

 金の髪に青紫の目。幼いながらも涼やかに整った顔立ちに浮かぶのは、やや意地の悪い笑みである。

「楽しみだな。早く彼らに会いたいものだ」

 尊大な言葉遣いだが、彼はそれに相応しい地位の持ち主だ。

 アルマ王国第三王子。それが彼の立場である。

 大人達に周りを囲まれていてもそれに萎縮したりせず、当然の事として受け止めている。それもそのはず、王族は付き人に取り囲まれるのが日常茶飯事なのだ。


 アルマ王国において王族や高位貴族といった貴顕きけんは、常に周りに人を従えて過ごすのが慣例だ。それを示すように、今も王子の周りには六人の大人と一人の子供がいて、彼の世話をしている。

 唯一の子供であるアルクは、王子の乳兄弟だ。

 本日王城に子供達が呼び出されたのも、アルクのように幼い頃からの付き人となる存在を選ぶ為である。

 王子の現在の付き人はアルク以外は皆大人なので、いずれは世代交代する。

 付き人候補の子供達はその際に滞りなく交代できるよう、今から王子の傍で学んでいく事が求められているのだ。

 王族の付き人は、下位貴族家出身の子供達の中から選ばれる。


 アルマ王国では、爵位は色で区分けされている。

 王、王妃は金爵きんしゃく。 王太子、王太子妃は銀爵ぎんしゃく。 その他の王族は紫爵さいしゃくと称される。

 貴族は身分が上の方から順に、 藍爵らんしゃく青爵せいしゃく緑爵りょくしゃく茶爵ちゃしゃくと定められている。

 その内、藍爵と青爵が高位貴族、緑爵と茶爵は下位貴族に分類される。

 そして、一代限りの貴族を小爵しょうしゃくと呼ぶ。

 こちらも小銀爵、小紫爵、小藍爵、小青爵、小緑爵、小茶爵があり、このうち小銀爵と小紫爵は、王族だけがその爵位を賜る資格を持つ。

 公式において身分は王、王妃、王太子、王太子妃、王族、藍爵、小藍爵、青爵、小青爵、緑爵、小緑爵、茶爵、小茶爵の順となっている。だが実態は、一代貴族である小爵は世襲貴族より影響力が弱いと言われたり、女性の継承権や発言権が低いといった問題もある。

 また、貴族は己の身分より下の小爵の任命権を持つが、小爵は任命権を持たないという決まりもある。


 今回、第三王子の付き人候補として王城に呼ばれているのは、緑爵や茶爵といった下位貴族家出身の子供達だ。その全員がツバル王子と同じく齢四歳前後の年齢の者ばかりだ。地の民は生育が早いので、四歳ともなればしっかりと言葉を話し思考できるようになっているのだ。

 王国内には王族の付き人を多く排出する家系が複数存在し、その中から同じ年頃の賢い子供が選ばれ、連れてこられる。これから数日かけて、ツバル王子はそれらの子供達と面会し、その中から自分に合う相手を選ぶ。

 付き人となる子供の出身家が予め決まっているのは、それらの家が早くから一族の子供を英才教育しているからだ。

 王国では、庶民は四歳になる年から六歳の終わりまでの三年間を初等学校で学ぶ義務があるのだが、高位貴族はまた別で、子供に家庭教師を雇って、本人の学習進度に合わせて勉強させている。そうして通常の学習に加えて、貴族として必要な知識や教養を習得させている。

 一方で下位貴族は金銭的余裕がない家が多く、我が子を庶民と同じ学校に通わせる家も多い。

 しかし、これから王城にやってくる子供達は、それらの通常の下位貴族の子供とは違う。下位貴族出身でありながら、既に初等教育で受けるべき内容を網羅している優秀な子供ばかりなのだ。

 これは家の方針として、早くから計画的に子供を教育しているからこそ可能となる。そうでなければ王城に付き人候補として送り込む歳までに子供に教育を叩きこむなど、到底間に合わない。よって、王族の付き人となる子供を排出する家系は、数家に限られているのだ。 

 ちなみに高位貴族の子供はどれだけ優秀であっても、王族の付き人にはならない。親しく付き合う場合は、友や側近といった立場になる。同じ相手に仕えるにしても、下位貴族と高位貴族では、果たすべき役割が違うのだ。



「鍛えがいのある者が来てくれればいいのですが」

「私は字の綺麗な者を希望します」

「おや、計算の得意な者も必須でしょう」

「ツバル様にはぜひ、賢くて見目愛らしい子を引き抜いてきて頂きたいですね」

 王子の付き人である大人達が、後輩となる存在に思いを馳せている。彼らが欲しいのは当然ながら、己が役割を補佐する優秀な人材である。仕事を教えるにしてもどうせなら、優秀で賢く可愛らしい後輩の方が嬉しいに決まっている。

 ……それにしても、彼らは付き人でありながら、割と言いたい放題に意見を述べている。まあ、当の王子がそれを許しているからなのだが。

 ちなみに大人の付き人は、子供と違って特定の家の出とは限らない。下位貴族家の出身である事には違いないが、優秀な者であれば問題ない。ここにいるのも能力の高さを示して採用された者が殆どである。


「どうせ、それぞれの役割を複数採用するのは決まっているだろう」

 周りで好き勝手に意見する大人達に王子が物申す。

 採用すべき人数は、初めから決まっているのである。

 付き人の役割は「侍従もしくは侍女」といった身の回りの世話役と、「書記官もしくは交渉官」といった文官の実務者、そしてその身の護る為の「護衛騎士」の三種類に大別される。

 個人の休暇や交代を視野に入れると、侍従、文官、護衛が、最低でも三人ずつは必要となる。

 王室から与えられている予算の関係で、給与を支払える総額は決定済みだ。既に仕えている者を除いて五名。それが今回採用できる人数の上限だ。

 更に付き人となる者は、仕えるべき貴顕と同性である方が望ましい。その方が自然と傍に居られて便利だからだ。ツバル王子の付き人候補として連れて来られる子供達も、その殆どが男子だろう。

 とはいえ例外もある。

 例えば乳母。乳母はお役目的に、当然ながら女性である。

 ツバル王子の乳母であるララナもまた、専任の侍女の一人である。

 ただ乳母は、仕えるべき相手が成人する頃に引退するという決まりがある。

 これは、実の母より多くの時間を共に過ごす乳母が、主に悪影響を及ぼさないようにと定められた決まりである。よって今は王子の傍にいるララナも、いずれは引退する事が決まっている。

 そして乳兄弟であるアルクは特別な事情がない限り、王子にとって同世代で最古参の家臣となる。


「ツバル様のお気に召す者がおれば宜しいですね」

 ララナが穏やかに微笑んで総括を述べる。

「私もツバル様の侍従として彼らに負けぬよう、より一層励みます!」

 アルクは好敵手たる子供達の出現を前にして、今から既に張り切っている様子。

「これから会う者達の中に相応しい者がどれ程いるか、早く見定めたいな。万が一の時の為、準備もしているが……」

(あるいは、「こんな事もあろうかと」という、あの有名な台詞の出番があるかもしれない)

 脳内で、この世界ではおそらく自分にしかわからぬだろう類の、転生者特有の楽しみを想定しながら、王子は口元を綻ばせた。

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