ユスター王国建国記
アリカ
EP0「かの王子はどのようなお方か」
ロイエラ大陸の南には、大国「アルマ王国」がある。
この大陸は、人類三種族の内、「地の民」と呼ばれる、頭に枝分かれした角を持つ種族が支配する地域だ。
他の二種人種……「空の民」と「海の民」は、ほぼ見られない土地である。
そんなアルマ王国に、人の耳目を集める王子がいた。
ツバル・ユスター・アルマ。
アルマ王国現王の第三子。……この国の第三王子である。
彼の王子は、人によって評価が真っ二つに割れる存在である。
ツバル王子は外国から有能な人材を誘致したり、国内で不遇な扱いをうけている有能な人材を救済したりしている事で名を馳せている。
また、自ら商会を作り商会長となって、画期的な商品を次々と売りに出しては、多大なる利益を上げている事でも有名である。
彼には人を見る目があるらしく、経歴も血筋も身分も問わず、本人の資質を見て取って、有能な者を次々に採用していく。それが例え他国の権力者に睨まれている訳ありの者であっても、構わず受け入れる。
そうやって掬い上げられた人材はツバル王子に忠誠を誓い、彼の役に立とうと、己の得意分野で躍起になって仕事を熟すようになる。
そうした人材の中には、後に輝かしい成果を残す者も多かった。
ツバル王子は大国の王子としてでなく一商会の会長として、多くの権利を持ち、多大なる資金を持ち、王でさえも無視できない程の一大勢力を築いているのだ。
そんな有能な王子であれば、評価が真っ二つに割れる事など有り得るだろうか?
……実は、評価が割れるのには理由がある。
ツバル王子は有能な相手には度量が広いが、無能な者には厳しい面があるのだ。
そして直截に物を言うので、人を怒らせる事も多いのである。
例えば過去の出来事から、一つの例を挙げるとする。
アルマ王国と隣接する国に、一人薬師の男性がいた。
彼は隣国の宮廷薬師の一人として、とある流行病の特効薬を作り出す為、専門家として研究をしていた。
だが隣国は、神々が人類に与えた「試練の迷宮」にて、その流行病をたちどころに完治させる神薬が産出される事を理由にして、彼の研究費を一方的に打ち切って、宮廷薬師の地位から追放したのだ。
彼は名誉ある地位を追われ、周囲の心無い人々からの迫害を受け、国にすら居づらくなった。そこにツバル王子が人をやり、かの薬師を自分の商会の薬剤研究部門に、好条件で勧誘した。
もしそれが自分一人の勧誘だったならば、彼は自身を慕う者の為に、勧誘を断っていたかもしれない。だがツバル王子の勧誘は、彼が連れていきたいと思うすべての者を受け入れるという破格の条件だった。
ツバル王子の誘いを受けて、家族や助手や友人といった大勢の関係者ともども、国を移ったのだ。
そうしてその後、商会で恵まれた研究環境を与えられ、思う存分特効薬の研究に打ち込んだ。
そしてその結果、三年の月日の後に、ついに薬師は特効薬を作り出す事に成功した。
その流行病は近隣の国のみならず、他の大陸でも深刻な被害を齎す厄介な病だった。特効薬が開発された事で多くの命を救う事が可能となり、かの薬師の名は世界中で称賛された。
同時に、その薬師を保護し、研究を支援したツバル王子とその商会も、同じように世界中に名を馳せた。
……そこまでならば、ただの美談で終わる。だがツバルの評価が分かれるのは、その後の、薬師を追放した隣国とのやり取りに原因があった。
かの隣国はツバル王子の商会に対して、「元はうちの国で行われていた研究なのだから、利益の一部はうちの国に権利がある」と申し立ててきた。
だがツバル王子はこれを、けんもほろろに却下した。
彼は隣国の外交官に、「かの薬師殿を一方的に追い出したのはそちらだろう? 我が商会は豊富な資金援助と大規模な研究施設を用意して、彼が成果が出せるように、存分な後押しをしてきたのだが? 随分と身勝手で図々しい申し出だな」と、隣国の言い分を切って捨てた。
そもそも、隣国が迷宮から産出する神薬を頼りにしずぎて、病の特効薬の開発を打ち切ったのが悪いのだと、ツバル王子は述べる。
試練の迷宮は各地の神殿すべてに出入り口が設置されているので、どこの地域、どこの国でも、迷宮に挑みさえすれば産出品を得られるという利点がある。
そして神薬は、神々の齎した奇跡の産物であるからか、どんな病にも一定の効果を持つ。
だがその性能故に需要が高くなっているのだ。
そういった事情から神薬は数が揃わず、市場での値段が非常に高くなる。
故に効果の高い神薬は、庶民では手が出ない値段、……下手すれば金があっても現物を入手できないような代物となっている。
一方でかの薬師が開発した特効薬は、他の病には効果がないものの、特定の流行病にのみ高い効果を発揮するものである。
研究開発した薬師と商会の努力によって、特効薬は安定した供給量と、庶民にも手が届く廉価な値段を実現した。
それがどれだけ多くの人の命を救うかは、結果を見るまでもなく明らかである。
隣国が薬師を宮廷薬師の地位から追放し、国にすら居辛くさせたのがどれほどの損害だったのかなど、最早論じるまでもない。
そんなツバル王子の言い分は客観的に見れば正しいのだが、しかし相手国の側から見ると、非常に心象が悪いものであった。
外交とは時に嫌いな相手や愚かな相手とも、本心を覆い隠して笑顔で接しなければならないもの。
愚者に一切配慮をしないツバル王子は、外交に向いていないと言える。
現にその件で、隣国との関係は悪化した。
保有する戦力的に、大国であるアルマ王国の方が隣国よりも立場が強かったおかげで、隣国はその件で戦争を仕掛けてくる事こそなかった。
だがその代わりとばかりに、輸出入に制限を掛けたり高い関税を吹っかけてきたりと、しばらく国境は落ち着かない状態となった。
ツバル王子は、「かの薬師殿は我が商会に所属する者であって、特効薬の成果も国の物でなく、商会で特許を取っている。初めから国同士のやりとりではないというのに、隣国がそれを理由に、我が国に一方的に制裁を科すのは不当だ。断固として抗議すべきだし、早期に撤回しないならば対抗措置を取るべきだ」と述べた。
アルマ王国は外交官を通じて隣国に制限の撤回を働きかけたが、隣国は制裁の撤回をしなかった。
結局、王国側からも隣国に対して、輸出入の制限と関税の引き上げに踏み切る事となり。……事態は国力の違いで隣国が先に音を上げ、王族が外交特使として苦い顔で謝罪に来るまで、一年もの間続いた。
隣国の謝罪を王国が正式に受けた事で制裁合戦は終わりを告げたが、現在もその影響で、隣国との関係は良くないままである。
一連の出来事が周囲に広まった後、自国内におけるツバル王子の評価は二つに割れた。
一つは、「有能な人材をうまく囲い込み、高い成果を上げて利益を得た、先見の明のある王子」。
もう一つは「周辺国との外交も熟せない、自分の利益優先の身勝手な王子」。
後者の言い分は、「薬師の開発した特効薬の利益がツバル王子の商会に入っているから、国への利益が少ないのに、隣国との制裁合戦で、国内経済に少なくない影響が出た」事を批判するものだ。
国内の貴族の中には、ツバル王子に「隣国とのいざこざの詫びとして、特効薬の特許を王国に献上すべき」と申し出て、鼻で冷たく笑われた者もいるとか。
それはともかく、批判的な意見を言う者の多くは、「ツバル王子は我が国の王子として、もっと国全体に利益を齎し、周辺国との関係を鑑みるべき」というもの。
だがツバル王子はそのような意見には一切耳を傾けないので、かの王子の評価が割れるのは、ある意味仕方がない事なのであった。
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