第56話 深まる謎に勝る匂い

「え、昨日のうちに起きてたの?」

「ちょっと調べたいことがあってな」

「それって……もしかして、あの男のこと?」

「ああぁ」


 クゥールは端末をコタツの上に置くと、宙にスクリーンが映し出された。


「名前はガラード・ロック。長年、アメリカを中心に魔獣退治を行っていたベテランナイトだ。三年前に退役してからは、傭兵ようへいとして世界中を転々としていたらしいが、ちょうど一年前に消息不明になったらしい」

「傭兵……。そんなヤツが、どうしてアンタに会いたがってたの?」

「さぁーな。知り合いにあんな暑苦しいやついねぇーし」


 と言ってクゥールはシャツの襟元をバタつかせた。


 ――じゃあどうしてアイツ……。


「なにか目的があったのは間違いないみたいだが、俺との闘いを優先したって感じだったな」

「あ、それアタシも思った!」

「ほんとか?」

「ほ、本当よ……っ!」


 アイラの心情が顔に出やすいことをわかっているクゥールは「ふぅーん」と呟いた後、話を続けた。


「そんなことより、俺が気になるのは…――――どうしてあいつが魔具もなしに魔力を使えたかだ」


 ――魔力の実体化。なぜ、あの男はそんなことができたんだ……?


 これまでの魔力研究を一変させてしまうほどの大発見。本来なら喜ばしいことなのだが……。


「そして、どうして……アイツの傷口からは一滴も血が流れていなかったんだ?」

「え。……確かに変ね」


 いくら屈強な体だとしても、斬られれば傷口から血が出るものだ。


 ――それなのに……。


「……結局、なにもわからずじまいだな」

「そうね……誰かさんが海まで吹き飛ばさなければ」

「お前なぁ……誰のおかげで助かったと思って…………はぁ」


 あの後、ガラードが水没したと思われる範囲を中心に徹底的に捜索が行われたが、発見することはできなかった。


 ――自力で逃げたのか、それとも……。


「……まっ、次の機会に期待しよう」

「次もあるなんてごめんよ……。あ、そういえば、アイツ……アンタに止めを刺そうとする前に言っていたわ。確か……俺たちにとって厄介な存在にあーだこーだって」

「俺“たち”……か」


 あんな重症を負った状態で海を泳いで逃げたとは考えにくい。となると……あのとき、あの場所に“協力者”がいた可能性が十分に考えられる。


 魔獣の襲撃、ガラード・ロック、魔力の具現化。


 これだけの情報では、まだなにも見えてこない。


 ――どうやら、まだまだ調べる必要があるようだな。


 ぐぅううう~~~。


「おい」

「あぁー……あははは……」

「人が真剣な話をしてるときに鳴らすなよな」

「っ……だ、だってしょうがないでしょ!? 起きてからなにも食べてないんだからっ!」


 と言った後も、時折アイラの腹からはサイレンの音が鳴っていたのだった。


「まったく……あ、前から聞いてみたかったんだけどさ。お前、どうしてナイトになろうと思ったんだ?」

「なによ、急に。そんなこと、いちいち言わなくてもいいでしょ?」

「………………」


 クゥールのつぶらな瞳? が、アイラを捉えて離さない。


「っ……わかったわよ、話せばいいんでしょ?」

「いいのか? 見るからに言いたくなさそうな顔してるけど」

「アンタが言ってほしそうな顔をするからでしょ!?」


 ――あぁー……これ、いつものパターンだ……。さっさと言わなきゃ永遠に終わらないヤツだ……。


「はぁ。……小さい頃、山の中で魔獣に襲われたときに、綺麗なお姉さんが助けてくれたの」


 あの風に舞う綺麗な長い髪は、幼いアイラを魅了した。


 そのお姉さんに憧れてアイラは髪を伸ばしているのだが、そのことはちょっぴり恥ずかしかったため、ここでは話さなかった。


「あの人みたいに強くなりたい。ナイトとしても……人としても……」

「へぇー、それで?」

「……それで、じゃないわよ! もういいでしょ!! 次はアンタよ、どうしてナイトになろうと思ったのか聞かせてもらおうじゃない!」

「俺か? そぉーだなー」


 クゥールは腕を前で組み、「うぅぅーん……」と唸り声を上げる。


「忘れちまった」

「ちょっ、それズルくない? こっちは話したのに!」

「いつか話してやるよ。思い出したらな」


 そんなやり取りをしていると、簡易キッチンの方からいい香りがした。


「二人ともーっ、カレーが温まったよー」

「おっ、待ってました!」

「へぇー、これが『カレー』なのね」


 カレーが乗った皿とサラダボールを並べると、三人はコタツを囲んで手を合わせた。




「「「いただきますっ」」」

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対魔騎士学園の英雄譚 白野さーど @hakuya3rd

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