第2話
王立図書館は王宮の敷地内にある。城下にある施設とは違い、貴族や魔術師しか利用することが許されていない場所だ。ちなみに魔術学院の学生も使うことはできるものの、俺は使ったことがない。
(東方人が利用するのは歓迎されないだろうからなぁ)
思わずため息が漏れたけれど、ここにザイハム様がいるなら入らないわけにはいかない。そう思って重厚な扉を開けて中に入った。図書館の案内をする窓口をチラッと見ると、案の定嫌な顔をされてしまう。それでも何も言わないのは俺が魔術学院の制服を着ているからだろう。
(せめて表情くらい隠せよな)
そんなことを思いながら内扉を開けて円形状の部屋をぐるりと見渡した。
王立図書館は巨大な円柱のような形をしている。ドーナツのように空いている中央部分は中庭で、おかげで建物のどこにいても日が入るから明るい。代わりに書架には日焼けしないように本を保護する魔術が施されていた。
建物は地下一階を含む六階建てで、上の階に行くに従って貴重な本や禁書などが収められている。地下にも貴重な魔導書が保管されていると聞いているけれど、見ることができるのは一握りの魔術師だけらしい。
(ま、俺には関係ない話だけど……って、それにしても人が少ないな)
一階に並んでいる庶民の娯楽本は貴族たちにも人気だと聞いていたのに、その辺りにもほとんど人影がいなかった。
(もしかしなくても、ほとんどの貴族がパーティに行くってことか?)
さすがは王妃様主催ということだけはある。その準備のために図書館に来るどころじゃないのだろう。「そのほうが探しやすいけどな」なんて思いながらぐるりと見回したところで「クーノじゃないか」という声がした。
「ザイハム様!」
斜め前方にザイハム様の姿を見つけた俺は、ここが図書館だということも忘れてつい声を上げてしまった。慌てて口を閉じたものの、もし利用者が多かったらあちこちから睨まれていたに違いない。
そんな俺に苦笑しながらザイハム様が近づいてきた。
「きみも本を探しに来たのか? ……っと、そうか、今日はバレンタインの日だったな」
毎年恒例になっているからか、ザイハム様は俺の目的を簡単に言い当てた。こうやって覚えていてくれるのは嬉しいけれど、気軽に口にする様子に「やっぱり本気だって思ってくれてないんだな」という気がして切なくなる。
「毎年こうして届けてくれるなんて、きみは本当に律儀だな」
「律儀とか、そういうことじゃないんですけど」
「律儀だろう? あのとき八歳だったから……もう十年になるのか。ほら、やっぱり律儀だ」
「ははは」と爽やかに笑う顔はかっこいい。でも俺の気持ちがまったく伝わっていないんだとわかって胸がチリリと痛んだ。
(毎年違うって言ってるのに、ザイハム様はまだお礼のチョコだと思ってるんだ)
八歳の時、馬車に敷かれそうになった俺を助けてくれたのがザイハム様だった。逞しい腕に抱えられ「大丈夫か?」と顔を覗き込まれた瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。キラキラした金髪に青空のような眼をしたザイハム様に一目惚れした瞬間だった。
三日後がバレンタインの日だったこともあり、俺はチョコレートを持ってザイハム様に会いに行った。もちろんお礼を伝えたい気持ちもあったけれど、それより初めて強烈に感じた“好き”という想いを伝えたくてしょうがなかったのだ。でも、俺の気持ちはザイハム様には届かなかった。
「わさわざ礼を届けてくれるなんて律儀な子だな。たしかに助けはしたが俺がやりたくてやったことだ。子どもは気にしなくていいんだぞ?」
いまでもあのときの言葉や声は鮮明に覚えている。ニコッと微笑んでくれた眩しい笑顔も心にしっかり刻み込まれていた。同時に、子どもとしか見てもらえないことに傷ついて「好きです」と告白できなかったことも刻み込まれている。
(そりゃまぁ八歳の子どもに差し出されたチョコなんて、普通は本気だとは思わないか)
いまなら理解できる。あのときのザイハム様と同じ年になったいまの俺が、十歳年下の子どもにチョコレートをもらっても同じように思うだろう。でも、当時の俺はショックでしばらく立ち直れなかった。
それでも俺はめげなかった。翌年もチョコレートを手にザイハム様に会いに行ったものの結果は同じだった。次の年もその次もチョコレートを持って会いに行った。それなのに毎回微笑みながら「律儀だな」と言われるばかりだった。
俺はこれまで九回、チョコレートを贈っている。五年前からは気持ちを込めた手作りチョコレートにした。それなのに俺の想いはほんの少しもザイハム様に届いていない。
(そりゃあ十歳も年下の、しかも東方人の俺なんかじゃ気に掛けてもらえないんだろうけどさ)
それでも諦めきれなくて今年もこうして渡しに来ている。
「ちょっと待っていてくれ。本を書架に戻してくる」
今年もザイハム様の笑顔は優しい。このあとチョコレートを受け取り、一粒食べて「うん、おいしい」と感想を言うのだろう。優しい笑顔も言葉ももちろん嬉しいけれど、俺の想いが届いていないのは正直つらかった。
(やっぱりチョコを渡すだけじゃ駄目ってことか)
三年前からカードを添えるようにしたものの文字でも伝わっていない。ちゃんと「心からの気持ちを込めて」と、流行りの文言をしたためているというのにだ。
(だからって直球で伝わるかというと、そんなこともないんだよな……)
十歳のときに一度だけ「好きです!」と直接伝えたことがある。それなのに玉砕してしまった。「わたしも好きだよ」と言ってくれたものの、頭を撫でながらということは弟のようにしか見ていないという表れだ。
あのとき俺は、告白してもいいことなんてないのだと痛感した。それでも今年はちゃんと言葉にしなくてはいけない。告白は無理でも、指名がほしいと言わなくては絶対に伝わらないからだ。
(俺も年明けには十八になる立派な大人だ。正式な魔術師にだってなる。今回こそは一人の男として見てくれるはず)
あわよくば告白も、なんて思わなくもないけれど、それよりも明るい未来を手に入れるために指名のことを言わなくては。
「さて、それじゃあ中庭にでも行こうか」
笑顔のザイハム様にそう言われるだけで胸がきゅんと切なくなった。
(やっぱりザイハム様が好きだ)
好きだと思うだけで顔が熱くなる。体の奥がポカポカして腹の奥がムズムズした。好きで好きでたまらない気持ちが溢れそうになり、慌てて唇を噛み締める。
俺は「はい」と答えると、チョコレートの箱をしっかり持って広い背中を見つめながら後をついていった。
円形の中庭にはあちこちにベンチやテーブルが置いてある。ここでお茶を飲みながら本を読むことができるんだそうだ。そんな優雅な読書スペースがあるのは、やはり貴族が利用する施設だからだろう。
(学院の書庫にも、もう少し読書スペースがあるといいんだけどな)
狭くてもいいから個室もほしい。そうすれば俺も気兼ねなく書庫に入り浸ることができる。書庫にはまだ読みたい本が残っているし、誰の目も気にすることなく没頭できれば全部読み終わるのにと残念でならなかった。
思わず出そうになったため息を呑み込み、代わりに前を歩くザイハム様に「来年、ようやく卒業なんです」と話しかける。
「あぁ、聞いているよ。ファルスもうるさいくらい卒業後の進路について話していたな」
「進路」と聞いてドキッとした。「まさかファルスのやつ……」と思いながら金髪の頭を見る。
「あの、ファルスは卒業したらどうするんですか?」
「さて、どうするのやら。姉上は従兄弟のところでもう少し学ばせたほうがいいと言っているようだが」
「従兄弟?」
「母方の従兄弟に宮廷魔術師がいるんだ。ファルスは渋っているようだが、最終的には彼の弟子に落ち着くんじゃないかな」
ということは、ファルスはザイハム様のお抱えにはならないということだ。思わず「よし」と拳を握ってしまった。
「そういうきみはどうするんだ?」
振り返ったザイハム様がかっこよすぎて思わず見惚れてしまった。「クーノ?」という声にハッとし、慌てて「き、騎士付きの魔術師になりたいと思ってます!」と答える。俺があまりにも威勢よく答えたからか、一瞬碧眼を瞬かせたザイハム様が「そうか、きみならいいお抱え魔術師になりそうだ」と微笑んだ。
(く~っ。その笑顔だけでパンが何個でも食べられる)
ザイハム様は優しくて強くてかっこいい。二十八歳という大人の色気も漂っている。俺もあと十年経てばこんなふうになれるんだろうかと想像してみたものの、うまく想像できなかった。
(俺も早くザイハム様みたいな大人になりたい)
そしてザイハム様の隣に立ちたい。魔術師として、あわよくば恋人として隣に立ちたいと本気で考えていた。そばにいるのがふさわしい大人の魔術師になりたいと切望してもいる。そんな欲ばかりがどんどん膨らんでいく。
「きみの術式はとても美しいと聞いている。とくに対魔獣防壁の魔術は無駄がなく完璧だと、教師たちの間でも評価が高いと聞いた」
「そ……んなこと、なく……もないですけど」
「ははは、きみは正直だな」
一瞬謙遜しそうになった言葉を呑み込み、あえてアピールするような返事をした。もしかしてこういう男は嫌いだろうかと窺い見ると、思っていた以上に優しい表情でザイハム様が俺を見ている。
「きみのそういう真っ直ぐなところが好ましいとずっと思っている。きみなら騎士たちからの指名も集まることだろう。いや、争奪戦になるかな」
「……っ」
心臓が飛び出るかと思った。これまでいろんな褒め言葉をもらったものの、ここまで言われたのは初めだ。もしかしていまがチャンスなんじゃないだろうか。
(いまなら指名してほしいこと、言える気がする)
そう考えた俺は気合いを入れながら一歩踏み出した。
「ザイハム様、俺、じつは……って、ぅわっ」
踏み出した足がつるんと滑った。こんな何もないところで滑るなんて最悪だ。慌てて踏ん張ったものの、今度は横にふらついてしまう。結局踏ん張りきれずにそのままドスンと尻餅をついてしまった。
「……ってて、」
なんて格好悪いんだろう。いまから大事なことを告白しようってときに最悪だ。地面についた手の周りにはカバンの中身まで散らばっている。赤い箱を仕舞ったときにしっかり口を閉じていなかったせいだ。
「大丈夫か?」
「はい、だいじょ……」
「大丈夫です」と言いかけた言葉が止まった。手の下に青い箱があることに気づいたからだ。思い切り手をついたからか箱は原形を留めないくらいぐしゃっと潰れてしまっている。
(ザイハム様に渡すチョコが……)
最悪な展開に言葉も出なかった。今日は大事なバレンタインの日で、しかも魔術学院卒業前の最後のバレンタインだ。チョコレートと一緒に指名をもらうためのアピールをするつもりだったのに、肝心のチョコレートがないなんて最悪以外の何ものでもない。立ち上がることもできずに思わず「最悪だ」とつぶやいてしまった。
「チョコは大丈夫そうだな」
「え……?」
ザイハム様の言葉に顔を上げると、大きな手のひらに赤い箱があった。「きみは本当に律儀だな」なんて笑う顔にときめきながらも「しまった」と冷や汗が出る。
「さて、今年はどんなチョコだろうか」
「それは……!」
「ん? どうかしたか?」
「……いえ、何でもないです」
箱を開けようとしている手を止めるべきだ。わかっている。それでも止めたくない気持ちがほんの少しだけ上回ってしまった。それに渡そうと思っていた青い箱のチョコレートは潰れてしまったわけで、ほかに渡せるチョコレートはそれしかない。
(ごめんなさい、ザイハム様……!)
そう思いながら散らばっていたカバンの中身を急いで掻き集めた。潰れた青い箱も一緒に隠すようにカバンに突っ込む。
「今年もおいしそうだな」
「……口に合うといいんですけど」
「きみが作るチョコは毎年おいしいよ」
「……ありがとうございます」
駄目だ、見ていられない。そう思っているのにどうしても気になって上目遣いでザイハム様の様子を窺ってしまった。
太い指が摘んでいるハート型のチョコレートは黒と赤の二層になっている。黒いほうはビター味でザイハム様が好きな甘さにした。そして赤いほうは……。
(媚薬系魔術を練り込んだベリー味のチョコだ)
魅了系ではなく、あえて媚薬系の魔術を仕込んだ。これなら効果は一時的なものだからザイハム様に迷惑をかけることもない。念のため、魔術が掛かっている最中の記憶は消えるように忘却の魔術も時間差で発動するように仕掛けておいた。
(こんな魔術を使ったチョコなんて卑怯で最悪なのに)
それでも用意してしまった。普通のチョコレートを詰めた青い箱と、媚薬系魔術を施した赤い箱、どちらを渡すか悩みに悩んだ。最終的に青い箱を選んだのに、結局こうなってしまった。
(ごめんなさい、ザイハム様!)
一時的でもいいから恋人っぽい雰囲気を味わってみたいと夢見てしまった。毎年振られているからか、それとも想いが強くなりすぎたのか、つい欲望のままにチョコレートを作ってしまった。
「赤いのはベリーか?」
そう言ってザイハム様がチョコレートを口に入れた。モゴモゴと動く口から目が離せない。「最悪すぎる」と思っているのにどこか期待する気持ちもあって、固唾を呑んで様子を見守った。すると視界の端で何かがパチンと弾けるように光った。地面を見ると、騎士服の胸についていた飾りボタンが一つ落ちている。
(いまの光は……)
光ったことに気づいていないのか、ザイハム様が「糸が切れたのか?」と言って金色のボタンを拾い上げた。そうして「今年もうまいな」と言いながら俺を見る。
「ほろ苦さにベリーの酸味がいいアクセントになっている。ますます腕を上げたんじゃないか?」
「そうだったらいいんですけど」
「この味なら毎日でも食べられる。クーノなら魔術師と菓子職人の二刀流もできそうだな」
「そんなことないですよ」
「自信を持っていい。小さい頃からチョコが苦手なわたしでも、こうしておいしく食べられるんだ。きみには菓子作りの才能があるよ」
「褒めすぎですって」
「いいや、クーノなら有名な菓子職人になれる。しかし、そうなったらこの味を独り占めできなくなるのか。うーん、それは惜しいな」
ザイハム様は今年も優しい。ただのお礼のチョコレートだと思っているのに、こんなにも褒めてくれる。それは嬉しいことのはずなのに、やっぱり胸がツキンと痛くなった。
「ザイハム様は褒め上手ですよね」
「お世辞じゃないぞ? 毎年こうして食べているからわかることもある」
「それじゃあ、来年も俺の手作りチョコ、食べてくださいね」
「ははは、嬉しいことを言ってくれる。はてさて、こうしてチョコをくれるのもいつまでやら」
にこりと笑いながら「そう考えると大事に食べなくてはもったいないな」なんて言って頭をポンと撫でてくれた。それから箱の上に添えておいた桃色のカードを開く。
(念のため両方に付けておいてよかった)
そう思いながらカードを読むザイハム様を見ることができない。後悔しつつ少し俯いていると「今年もありがとう」という優しい声が耳に入ってきた。
「お礼なんて、別に」
「今年もおいしかった。それに、じつは毎年この日を楽しみにしているんだ」
「え……?」
囁くように告げられた最後の言葉に慌てて顔を上げると、ザイハム様は「残りも大事に食べるよ」と右手を軽く上げて立ち去った。
(毎年楽しみにって……空耳じゃないよな?)
味の感想は毎年聞くけれど、楽しみにしていたなんて言われたのは初めてだ。思わず頬がにへらと緩んでしまう。
こうして今年も例年どおりの、そしてほんの少しだけ違うバレンタインの日が終わった。去って行くザイハム様の背中を見送りながら「指名のこと、結局言えなかったな」なんていまさらながら気づく。
(別のタイミングを作らないと)
指名をもらう時間はまだある。最後まで絶対に諦めないぞと決意しながらしゃがみ込み、飾りボタンが落ちていた地面に手のひらを当てた。
(この術式は……やっぱりファルスか)
残った魔術の気配から、金色の飾りボタンに魔術をかけたのはファルスだと確信した。おそらく魅了系を弾く魔術を施していたのだろう。それに俺の媚薬系魔術が引っかかったのだ。
(ちょっと強くかけすぎて引っかかったってことか)
つまり、魅了系と間違われるほどの威力をあのチョコレートに施してしまったということだ。教師たちにも散々気をつけるようにと言われてきたのに、感情が昂ぶるとつい加減を間違えてしまう。逆に言えばそれだけ魔術の力が強いということなんだろうけれど、ザイハム様に指名してもらえなければ宝の持ち腐れでしかない。
(つまり、今回はファルスの魔術に助けられたってことだ)
そう思うと感謝すべきなのかもしれないけれど、とことん邪魔しようとするファルスにはやっぱり腹が立つ。
(今年もチョコは渡せたけど、次はどうやって指名のことを話すかだな)
指名してくれと言うためだけに騎士団の詰め所に行く勇気はない。でも、ただの学生でしかない俺にはほかにザイハム様に会える場所なんて思いつかなかった。だからこそ今日という日にアピールしようと考えていたのに失敗してしまうなんて、やっぱり最悪だ。
(とにかく作戦を練り直そう)
何とか自然に近づける方法をひねり出さなくては。改めてそう決意した俺は、足早に学院の寮へと戻った。
その後、俺はこれまで興味がなかった騎士団の訓練見学に毎回参加するようになった。騎士団の訓練は新人が行うものだからザイハム様は参加しない。それでも堂々と詰め所に入ることができるチャンスだと思い、毎回必死に姿を探した。
そんな俺の目論見に気づいたのがファルスだった。おかげで毎回邪魔をされて詰め所を歩き回ることすらできない。
それならと次に考えたのが騎士団付きの魔術師が募集する手伝いを買って出ることだった。ところがファルスもその手伝いに手を挙げたらしく、やっぱりこれでもかと邪魔をしてくる。 そうこうしているうちに季節は夏になってしまっていた。
(これじゃ時間がない)
騎士や騎士団から学院に指名がある場合は大体が秋までに届く。つまりアピールできる最後のチャンスが夏というわけだ。
焦る俺を嘲笑うかのように、夏になってもファルスはとことん邪魔をしてきた。あまりのうっとうしさに、夏期休暇の前に俺は決闘を申し込んだ。
決闘はこの国で許されている正式な手続きだ。ほとんどは騎士が行うものの魔術師でもやらないわけじゃない。しかし学院は学生同士ということを理由に決闘を認めなかった。過去には学生でも決闘が認められたのに許可されなかったのは、おそらく俺が東方人だからだろう。もしくは相手がフォリュン家という名家だったからかもしれない。
(結局、説教と懲罰で夏期休暇が終わってしまった)
元々卒業前の夏期休暇は忙しい。魔術師になったときに何ができるかアピールするための魔術試験が山のように用意されているからだ。
俺は卒業予定者の中で最多の試験に申請を出し、すべてに合格した。それもこれもザイハム様に指名してもらうためにと受けたのに、残りの貴重な休みは教師たちの雑用という名の懲罰で消えてしまった。
(本当にもう時間がない。このままじゃ俺は……)
焦るあまり最近あまり眠れていない。若干ぼんやりした頭で「それでもまだだ」と諦め悪く考える。最後までザイハム様のお抱え魔術師になる夢を諦めたくはない。そうして最終的にはザイハム様の心も射止めたいと願っていた。
それなのに今日もまた教師に呼び出されてしまった。懲罰はもう終わったはずなのに、今度は何をさせるつもりなんだろう。
(一日だって惜しいってのに)
夏期休暇はとっくに終わり、季節は秋に差しかかっている。窓の外にほんのり色を変えた葉っぱと秋薔薇が咲き誇っているのが見えた。
そんな景色も俺には東方で見かける墨一色の絵のようにしか見えなかった。何もかもが焦燥感をかき立てるだけで、口を開けばため息ばかりが漏れる。
このときの俺は、教師から「フォリュン家からおまえを指名したいとの知らせが届いている」と聞かされることになるとは予想もしていなかった。もちろん指名してくれたのはザイハム様で、それを聞いた俺は「っしゃぁ!」と雄叫びを上げながら火の玉を放出してしまい、またもや教師にこっびどく説教されたのは言うまでもない。
その後、俺がザイハム様に指名されたことはすぐさま学院中に知れ渡ることになった。おかげでファルスから決闘を申し込まれることになるが、それはさらにもう少し後のことになる。
魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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