魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい
朏猫(ミカヅキネコ)
第1話
年に一度の勝負の日、チョコレートに想いを込めて愛を告げる日が今年もやって来た。
元々この日は大女優バレンタイン嬢の誕生日だったそうで、彼女の心を射止めるために世界中の男たちが好物のチョコレートを手に告白していたらしい。王子様から庶民まで様々な男たちが告白したものの、最終的にバレンタイン嬢の心を射止めたのは貴族ですらない一人の魔術師だった。そんな奇跡を起こした彼にあやかり、チョコレートを手に告白するブームが世界中で巻き起こったと聞いている。
(もう何十年も前の話らしいけど)
それでもチョコレートとともに告白するイベントは今も続いていた。そんな流れに俺自身も乗っかっている。
俺がザイハム・フォリュン様に初めて会ったのは八歳のときだ。馬車に轢かれそうになったところを助けてもらった。逞しい腕に抱えられ「大丈夫か?」と顔を覗き込まれた瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。キラキラした金髪に青空のような眼をしたザイハム様に一目惚れした瞬間だった。
三日後がバレンタインの日だということに気づいた俺は、さっそくチョコレートを持って会いに行った。「好きです」と告白した俺にザイハム様はにこりと微笑み、「礼なんて律儀だな。子どもは気にしなくていいんだぞ?」と言った。初めてのバレンタインは玉砕という苦い思い出になった。
それからというもの、俺は毎年チョコレートを贈り続けている。そのたびに「いつもありがとう」と微笑んではくれるものの本気だとは思われていない。それが悔しくて、五年前からは手作りチョコレートを用意するようになった。
(今ならわかる。十歳も年下の子どもにチョコレートをもらっても本気だと思うはずがない)
それでも諦めきれなかった。いつか俺の気持ちが届いてザイハム様も俺を好きになってくれたら……なんて妄想もしている。望み薄だとわかっていても、九年間想い続けた俺の気持ちは膨れ上がる一方だ。
(せめて本気だってことが伝わるまで諦めたくない)
そう思いながらチョコレートの入ったカバンをひと撫でしたところで、前方からヒュンと風を切る音が聞こえてきた。咄嗟に防御魔法をくり出すと、ガキンと鈍い音がして足元に何かが突き刺さる。視線を向けると石畳に薄桃色のカードが刺さっていた。それが何かわかった瞬間、怒りがこみ上げた。
「何しやがるんだ、ファルス!」
叫びながら視線を上げると、建物の影から金髪の男が現れた。魔術学院の制服を嫌味なほどきっちり着ているその男は学院のクラスメイト、ファルス・フォリュンだ。
「何って、去年のカードを返しただけだ」
「これはザイハム様に渡したバレンタインのカードだ。おまえにやった覚えはない」
「性懲りもなく毎年こんなゴミを兄上に渡すなんてどうかしてるよな。いい加減諦めろよ」
「おまえには関係ないだろ」
返事にファルスがフフンと鼻を鳴らす。見下すような視線にも腹が立つが、一年前のカードに魔術を施して俺を攻撃してきたことのほうが何倍も腹が立った。ザイハム様は自分がもらったものを他人にあげたりしない。ということはファルスがザイハム様の部屋から盗み出したに違いない。
「一七にもなって兄離れできない弟を持って、ザイハム様も大変だな」
「はぁ? 兄上が大変に思ってるのは、おまえみたいな諦めの悪い男に追い回されていることだ」
「兄貴の恋路を邪魔する弟なんて、相手をするのも面倒くさそうだよな」
「一方的に想いを寄せてつけ回してる奴が何を言う」
「重度のブラコンが偉そうに」
ハンと鼻で笑うとファルスが眉をつり上げた。
「おまえなんかが我がフォリュン家に言い寄るほうが間違ってるんだ! おまえみたいな東方人が兄上にチョコレートなんて、しかも何年も追いかけ回すなんて身の程知らずだと自覚しろ!」
ファルスの言葉にカチンときた。いまや西方人だの東方人だの区別するのは無意味だというのに、こうした言葉を聞くたびに西方人の根強い価値観を見せつけられるようで気分が悪い。
(東方人が西方人に恋して何が悪い)
気がつけば両手をグッと握り締めていた。ただの紙に戻ったカードを拾いながら「ふざけんなよ」と腹の中で悪態をつく。「いっそコテンパンにしてやろうか」なんていくつか魔術を思い浮かべていると、「ファルス」という艶やかな声が聞こえてきた。
「そういう発言はフォリュン家の品位を落とす。慎め」
「姉上」
「ミシェイラ様」
振り返ると、長い金髪にすらりとした騎士姿のミシェイラ・フォリュン様が立っていた。相変わらず凛々しい姿で、同じ騎士姿だからかザイハム様に少しだけ雰囲気が似ている。
「クーノ、申し訳ない。ファルスにはもう一度歴史学を学ばせるように教師陣に頼んでおこう」
「姉上!」
「それとも、ザイハムから直接注意してもらうほうがいいか?」
「……申し訳ありません。以後気をつけます」
「謝る相手を間違っているぞ」
ミシェイラ様の言葉にファルスが眉を寄せながら俺を見た。一瞬睨むような目をしてから「言い過ぎた」と勢いよく頭を下げる。しかし顔を上げたときにはもう俺のほうは見ておらず、そのまま逃げるように走り去った。
「すまなかったね」
「いえ、俺もちょっと言いすぎました」
「ファルスが重度のブラコンだというのは当たっているから気にしなくていい。まったく、いい加減兄離れをする年だというのにな」
「それには大いに賛成です」
「相変わらずきみは正直だな」
「すみません」
「そういう正直さは好ましい。これに懲りず、ファルスを見捨てないでやってほしい」
「……善処します」
渋々答えた俺にミシェイラ様が「ははは!」と声を上げて笑った。
ミシェイラ様はこの国でも数少ない魔導騎士の一人だ。魔術師や騎士は数多くいるものの、魔術と剣技を組み合わせて使える人は少ない。フォリュン家は昔から優秀な魔術師や騎士を数多く輩出してきた家柄だそうだが、魔導騎士はミシェイラ様で三人目だと聞いた。
(ザイハム様もすごいけどミシェイラ様もすごいよなぁ)
それなのに末弟のファルスがあんなだなんて残念すぎる。
「それで、クーノは今年もザイハムにチョコレートを渡す予定かな?」
「まぁ……そうですね」
一瞬何て答えるべきか迷った。俺なんかがザイハム様にチョコレートを渡すのは身の程知らずだとわかっている。それでも諦めきれず毎年渡していることをミシェイラ様は知っていた。
ちろっと視線を向けるとにこりと微笑み返された。そうして「ザイハムはたしか、午後から王立図書館に行くと言っていたな」と教えてくれる。
「そうでしたか」
てっきり騎士団の訓練所にいるものだとばかり思っていた。教えてもらわなければ無駄足になるところだった。
「自分の気持ちに正直なのはいいことだよ」
「俺にはそのくらいしか取り柄がないので」
ハハハと自嘲気味に答えると「そんなことはないだろう?」と返ってくる。
「きみには優れた魔術の才がある」
「ミシェイラ様に褒めていただけるほどじゃないです」
「謙遜しなくていい。そうした気持ちは時に自分を縛りつけることになる。誰かに認められたら素直に受け取るべきだよ」
ミシェイラ様の言葉にハッとした。以前ザイハム様にも似たようなことを言われたことがある。改めて礼を言おうとしたところで「ミシェイラ様~!」と黄色い声が聞こえてきた。振り返ると着飾ったご令嬢たちが数人近づいて来る。
「お探ししましたわ、ミシェイラ様!」
「今日はバレンタインパーティへ行かれるのでしょう?」
「どうしてもご一緒したくてお迎えに参りましたの」
ご令嬢たちはあっという間にミシェイラ様を取り囲んだ。そうしてチラチラと俺のほうを見る。
(さっさと消えたほうがよさそうだな)
ご令嬢の半分くらいが俺を見て眉をひそめていた。残り半分は表情を変えることなく「ご機嫌よう」と声をかけてくるが、内心は快く思っていないに違いない。
(東方人ってだけで嫌がる人が多いから仕方ないか)
この国では百年以上前から地域差別は合理性に欠けると教えている。しかしそう簡単に変わらないのが人だ。とくに東方人が使う式神は西方人には野蛮に見えるらしく、今でも嫌う人が多いのは俺もよく知るところだ。
(見た目の色からしてよく思われていないんだろう)
東方人は髪も目も暗い色をしている。一方、西方人には明るく華やかな色が多い。魔術において暗い色はよくない存在を示すことが多く、西方人たちには暗い色を持つ俺たちがよくない存在に見えるのだろう。
「それじゃ、俺は失礼します」
「クーノ、すまないがザイハムに今夜は屋敷を頼むと伝えておいてくれないか?」
「わかりました」
俺の返事にミシェイラ様がにこりと微笑んだ。そうしてご令嬢たちを連れて王宮のほうへと去って行く。
(そういや今日は王妃様主催のパーティがあるんだったっけ)
貴族出身の学生たちが華やかに着飾っていたのはそういうことだったのだろう。王妃様主催ということは、ほかにも大勢の貴族たちが参加するに違いない。
(でも、ザイハム様は参加しない)
だからミシェイラ様はあんな伝言を口にしたのだ。俺は軽やかな足取りで歩き始めた。
(パーティに参加しないなら今年もザイハム様は安全だ)
王宮で行われるパーティに参加すれば間違いなく肉食嬢……もとい熱烈なご令嬢たちの餌食になる。優しいザイハム様は差し出されたチョコレートを断ったりはしない。そのせいで変な誤解をするご令嬢たちが出てきたら面倒だ。
(ミシェイラ様は大変そうだけど)
男装の麗人っぽく見えるミシェイラ様はご令嬢たちからの人気が凄まじい。同じくらい王子たちからも注目されていた。何人かの王子から言い寄られているそうだが、本人曰く「わたしの恋人は剣だ」ということらしく誰も落とせずにいる。
(ザイハム様も手強いけど、今年は別の意味でも大事なんだ)
俺は来年、魔術学院を卒業する。この国では魔術学院を卒業した者だけが魔術師を名乗ることが許され、国の機関で働けるだけでなく騎士付きの職に就くこともできた。多くは騎士団付きだが、指名されれば騎士付きになることもできる。
俺はザイハム様付きの魔術師になりたかった。だから東方人にとって厳しい魔術師学院に通い続けた。
(指名されればずっと一緒にいられる。たとえ恋が叶わなくても魔術師として役に立てる)
騎士付きの魔術師は生活を共にすることがほとんどだ。普段からそばにいて互いの魔力を馴染ませ、魔術付与の効果を最大限にする。
(問題はザイハム様が俺を指名してくれるかなんだけど……)
これまでザイハム様は一度も魔術師を指名したことがない。フォリュン家ほどの家柄なら一人くらい指名してもよさそうなのに、本人の魔力耐性が高いからか騎士団付きの魔術師で事足りているようだ。
そんな人が新米を指名する可能性は低い。それでも俺は諦められなかった。だから今年は、チョコレートと一緒に指名してほしいと告白するつもりだった。
(指名がもらえないなら、いっそのこと……)
斜めがけカバンから小さな箱を二つ取り出した。一つは赤い箱に金のリボンが、もう一つは青い箱に白い花飾りが付いている。しばらく二つを見比べた俺は赤い箱をカバンに仕舞い、青い箱を手に王立図書館へと向かった。
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