ハルシオンを浮かべた君と
有理
ハルシオンを浮かべた君と
「ハルシオンを浮かべた君と」
夕凪 聖奈(ゆうなぎ みな)
久留米 由良(くるめ ゆり)
由良「ハッピーバースデートゥーユー」
聖奈N「白いテーブルと天井からのぞくドライフラワー。背もたれに置かれた淡いピンクのクッションと温いシミ。」
由良「ハッピーバースデーディア、」
聖奈N「テーブルに置かれた画面には淡いブルーの」
由良「ハッピーバースデートゥーユー」
聖奈(たいとるこーる)「ハルシオンを浮かべた君と」
____
由良「久しぶり。」
聖奈「久しぶり、元気だった?」
由良「まあ、元気っちゃ元気やった。聖奈ちゃんがいなくて寂しかったぐらい。」
聖奈「あら、嬉しいこと言ってくれる。」
由良「私ば置いて、東京なんか行ってから。もう都会に染まったっちゃない?今日は私を焼き付けてから帰ってよ?」
聖奈「都会に染まっても由良ちゃんのことは忘れないよ。みくびらないように!」
由良「本当?じゃあ良いとする。」
聖奈「あ、カフェ場所分かる?一応マップ出してるけどイマイチ分かんなくて。」
由良「私もわからんかも。え、今ここ?こっち向いとるってこと?」
聖奈「うーん、多分?」
由良「方向音痴が2人おっても何の役にも立たんね。」
聖奈「本当よ。あ、ほらやっぱりこっち向いてない?」
由良「とりあえず歩けば動くけん、歩いてみよっか」
聖奈「そうだね。」
……
由良「なんか懐かしい。聖奈ちゃん上京してそんなに経っとらんのに。」
聖奈「でもやっぱり会えないとさ、私もちょっと懐かしいよ。」
由良「そ?歳取るのはあっという間とに、会えん間は長いとか理不尽すぎん?」
聖奈「確かに。世は理不尽だな。」
由良「結婚生活はどげん?上手くやっとる、か。聖奈ちゃんは器用やし、旦那さんも優しいもんね」
聖奈「今回ばかりは見る目濁ってなかったね」
由良「ばっちり視力補正かけたっちゃない?前の前とか濁りまくっとったやろ。」
聖奈「え、待って?由良ちゃんにだけは言われたくない」
由良「私の目はもう補正もかかりません」
聖奈「何でそんなのばっかり好きになるかな」
由良「こっちが知りたい。」
聖奈「まあ、女友達を選ぶ目は腐ってなかったけどね」
由良「なんそれ、それも聖奈ちゃんだけやん。他は多々間違えとーし」
聖奈「てか少ないからそもそも選んでないのか。」
由良「少数精鋭やけん、定員制っちゃんね。」
聖奈「数少ない中に入れてる私は勝ち組だね」
由良「いつもお世話になってます」
聖奈「こちらこそ」
由良「あれ、そういえば今日旦那氏は?」
聖奈「福岡観光してくーって朝から別行動してる」
由良「え、よかったと?一緒じゃなくて」
聖奈「私は由良ちゃんに会いたかったし、彼も彼で1人が苦じゃないし。気にしないで」
由良「うわーそりゃあ悪いことした気分」
聖奈「いやいや本当に気にしないで!今頃ラーメン屋ハシゴしてるだろうから、私がいた方が好きなとこ行けなかっただろうし」
由良「申し訳ないって思っとるけど、優越感もある不思議な気持ち。なんか帰りにお土産持たさせて」
聖奈「もー。いいってば」
由良「いーや!これがスジってもんやけん!」
聖奈「相変わらず、ありがとう。」
由良「いつ帰ると?」
聖奈「明日の夕方」
由良「じゃあナマモノじゃないのがいいね。てか荷物になるけん送るわ。」
聖奈「助かる、ありがとう。」
由良「お、ここやない?」
聖奈「なんか隠れ家的な?」
由良「コンセプト通りやね。隠れすぎやろ、絶対通りすがりとか入らんそう。」
聖奈「本当。予約してるから聞いてみよ」
由良「いつもありがとう」
聖奈「お安い御用よ」
聖奈「あ、もう入って良いって」
由良「まだ開店前なのに」
聖奈「準備できてるってさ」
由良「やった。」
聖奈「そういえば勝手に個室を予約したけどよかった?」
由良「え、最高すぎる」
聖奈「よかった。」
由良「さすが私の人見知り度をよくご存知で。」
聖奈「後方腕組み彼女ヅラしました」
由良「じゃあお言葉に甘えて入ろっか」
聖奈「うん」
由良「映えやん。まさしく。」
聖奈「本当!花すごいね」
由良「料理もオシャレすぎてどっから食べたら良いか分からん。本当個室で助かった」
聖奈「人目気にしなくて良いもんね」
由良「それ。まあ気にしとるほど見られてないっちゃろうけどね。」
聖奈「でも気になる気持ちわかるよ」
由良「本当?ありがとう」
聖奈「最近なんかないの?由良ちゃん」
由良「え?恋愛的なこと?」
聖奈「それでもいいし、なんか良いこと」
由良「ないね。全く変わり映えのない日常を生きとる」
聖奈「それも案外良いことか。」
由良「うん。」
……
聖奈「…薬は減ったかい?」
由良「んー?」
聖奈「減薬。まだしてない?」
由良「まあ、もうあんまり行ってない」
聖奈「…そっか。」
由良「行っても行かんでも変わらんしさ。オンライン診療?で薬だけ貰いよる」
聖奈「なんかハイテクなことしてるね」
由良「そう。なんか花みたいな名前の薬があってさ、青いやつ。知らん?」
聖奈「えー分かんない」
由良「ハル、なんとか」
聖奈「ふーん。」
由良「もうさ、会いたくないんよ病院の先生とか。調子はどうですかしか言わんしさー。よかったら来んだろって。」
聖奈「セカンドオピニオンとかした?」
由良「三件行ってもうやめた」
聖奈「えらいね、よくそんなにまわれたね。」
由良「ね。」
聖奈「まあ、今のが由良ちゃんが辛くないやり方ならそれで良いと思う」
由良「そうやね。」
……
聖奈「あのさ、」
由良「ん?」
聖奈「私、まだ幸せだよ。」
由良「…うん。」
聖奈「心配しなくていいからね。」
由良「させてよ、心配くらい。」
聖奈「嬉しいけどさ。由良ちゃんだって、そろそろ」
由良「ううん、まだ大丈夫やけん。」
由良「てかさ、聖奈ちゃん珍しいねビニール傘。」
聖奈「ああ、天気予報晴れてたからさ、わざわざ持ってきてなくて。よく考えたら東京の天気しか見てなかったみたいでさ。昨日コンビニで買ったの」
由良「そうなんや。珍しいなーって思いよった。」
聖奈「しないけど、忘れたってまあ良いかってなるし、意外に悪くないもんだよ」
由良「私あんまり使わんやったけんさ。」
聖奈「いつも可愛い傘持ってたもんね」
由良「だって私が出かけると毎回降るっちゃもん雨。傘くらい凝りたくなるよね」
聖奈「確かに雨の日多いね」
由良「雨雲に好かれてもね」
聖奈「私のだって、嫉妬するわ本当。」
由良「うん。」
聖奈「あ、そういえばねこの間、」
由良N「彼女の足を伝う雨粒が、スッと靴下にキスをする。吸い込まれて飲み込まれて、跡形もなく消えていった。ガチャガチャ音を鳴らさずに慣れた手つきで扱われるカトラリー達。置かれたお冷は1つだけ。」
聖奈「アンスリウム、咲いたんだけどさ。」
由良「何色やった?」
聖奈「赤。また違ったよ」
由良「赤も可愛いけどね」
聖奈「いや白を引くまでやめないね」
由良「最初から咲いとるのを買ったら良いのに」
聖奈「それじゃ意味ないの。運命にならない」
由良「なんそれー」
聖奈「アンスリウムガチャ。SR由良ちゃん引くまで」
由良「私なんかただのNだよ」
聖奈「ね、何でSSRじゃないのか突っ込んでよ」
由良「え?何で?」
聖奈「SSRにはさ、私も写りたいから。」
由良「…」
聖奈「だからまだ、SRなの」
由良「そりゃ、ずいぶん先の実装だ」
聖奈「…そうだね。」
聖奈「ね。見てこれ。」
由良「んー?」
聖奈「ベランダの花壇」
由良「この花、何やったっけ」
聖奈「ハルジオン。」
由良「あー。春に咲く紫苑。」
聖奈「さすが。よく知ってるね」
由良「これでも創作趣味やったけんね」
聖奈「由良ちゃんはハルシオンだったでしょ」
由良「そうやね」
聖奈「それ聞いて、すぐ買いに行った。園芸コーナーとか初めて行ったよ」
由良「なかったやろ。季節違うけん」
聖奈「そうなの。なかった」
由良「春の花やけんね。」
聖奈「うん」
由良「…似た色やったよ」
聖奈「知ってる」
由良「綺麗に咲いとーやん。可愛い」
聖奈「でしょ?」
由良「うん。ありがと。近くに置いてくれて。忘れんでくれて」
聖奈「うん」
由良「さて、と。そろそろ言う気になった?」
聖奈「なにが?」
由良「帰ってきたってことは、なんかあったっちゃろ?」
聖奈「…何も。」
由良「正月でもお盆でもないのに来るのは珍しいやん。」
聖奈「そんな日もあるよ」
由良「嘘が下手くそやね。これは詐欺師にならんで正解やった」
聖奈「…」
由良「聖奈ちゃん。心配くらいさせてよ。」
聖奈「…由良ちゃんのせいで、誕生日が怖くなった」
由良「それは悪いことしたね。ごめん」
聖奈「私より長く息してって言ったのに」
由良「うん。」
聖奈「嘘つき。」
由良「そうやね。」
聖奈「…あのさ。」
由良「うん。」
聖奈「にこにこ笑うのに疲れちゃって。」
由良「聖奈ちゃんは柔いけんね。」
聖奈「そんなことないけど、」
由良「ううん。あんパンの戦士なら配りまくってもう顔ないよ」
聖奈「彼、星らしいよ」
由良「それは初耳。あんパン座は流石にダサい」
聖奈「はは」
由良「とにかく、聖奈ちゃんはなんだかんだみんなに優しいけんさ。そりゃ疲れるよ。私やったら表情筋が痙攣するよ。疲れたーってすぐ。」
聖奈「確かに由良ちゃんよりは話しかけやすいだろうな…」
由良「昔流行ったやん?嫌われる勇気ってやつ」
聖奈「あったねそんな本」
由良「私はさ嫌われる勇気も特になかったけど、好かれる恐怖はあったよ。」
聖奈「好かれる恐怖?」
由良「人間ってさセールスマンやと思っとって。だって何でも押し付けてくるやん?エゴとか我儘もやけど好意とか友情とかもさ。相互ならいいけどそうでもなかったらおんなじくらい嫌やけどね。嫌悪も好意も。」
聖奈「うん」
由良「だって怖くない?理由のない好意とか。」
聖奈「相変わらず疑心暗鬼だなあ」
由良「聖奈ちゃんが疲れるのもわけないって。全然間違ってない。当たり前よ、おかしい事やない」
聖奈「そ、うかな」
由良「…じゃあSSRになるのを待っとる私がおるって思えばいいよ。周りに誰もおらんくなって、いよいよってなったらさ迎えに行くけん。」
聖奈「鎌でも持って?」
由良「うん。鎌でも持って黒い服着てさ」
聖奈「やめちゃおうかな。愛想よく笑うのも大人のふりするのも」
由良「やめなやめな。金銭の発生しない愛想なんか何にもならんけん」
聖奈「あのさ。」
由良「ん?」
聖奈「そんな考えできるのに、何で死んじゃったの?」
由良「…本当ね。」
聖奈「本当ね、やないよ。他人事みたいに。」
由良「相談しに来たかと思ったら、説教かい」
聖奈「まだ許せん。黙って死んで、フラッと現れて」
由良「地縛霊?ってやつ。未練あったみたい」
聖奈「そりゃあるやろ。未練もなかったら逆に寂しい」
由良「その内の1つが聖奈ちゃんよ」
聖奈「…」
由良「私、こんなに幸せ願ったことないよ。」
聖奈「…」
由良「聖奈ちゃんのこれからの一生が幸せかどうか、見ていたかったのが私の未練よ。」
聖奈「じゃあ、」
由良「私の分も幸せになって」
聖奈「由良ちゃん不幸人間だから、由良ちゃんの分なんてゴマ数粒よ」
由良「あはは、ゴマ数粒でも貰ってよ」
聖奈「要らないって突き返したいのに、おらんっちゃもん。どうしようもないよ」
由良「ね、人間ってセールスマンやろ?」
聖奈「本当。」
由良「やっと戻った。私の聖奈ちゃん」
聖奈「なんが?」
由良「ん?内緒。」
聖奈「…あ、」
由良N「テーブルの上、画面がついたままのスマートフォンには、淡い青色のハルジオンが寂しげに写っている。あの日私が見たさいごの景色とよく似ている。淡いブルーのハルシオン。」
店員「お誕生日おめでとうございます。」
聖奈「ありがとうございます」
店員「…バースデーソングは要らないと承っておりますが、お連れ様いらっしゃらないようなら我々が」
聖奈「あ、良いんです。お気遣いありがとうございます」
店員「…はい。では、失礼します」
聖奈「ハッピーバースデートゥーユー」
由良N「白いローテーブルとグレーのカーテン。ソファーに置かれた淡いピンクのクッションと赤いシミ。」
聖奈「ハッピーバースデーディア、」
由良N「テーブルにぶち撒けたのは淡いブルーの」
聖奈「ハッピーバースデートゥーユー」
由良「お誕生日おめでとう、私の愛しいあなたへ」
ハルシオンを浮かべた君と 有理 @lily000
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