第四話 選定・前

 

 (すっげぇ……!)

 

 ノックスは目元を隠す面布をそっとめくり、潜水艦から降り立った場所から見える景色に感動していた。まるで、西洋版の竜宮城のような城と、辺りを彩るサンゴ礁、海中を泳いでいく小魚の群れ……どれも美しかったのだ。

 海中に浮かぶ各国や島は、不思議な気泡で覆われており、問題なく生活できる。前世は地上で当たり前のように生きていたノックスは、いつだって海の中を感じさせる光景に弱いのだ。

 ガラスデッキから見えていた珊瑚は近くで見るとより美しく、輝いていた。

 

 「若様、面布はめくらないでください。これは、貴方の身を守るためでもあるのです」

 「あ、ごめんなさい」

 

 執事長の注意にハッと意識を戻し、いそいそとめくっていた面布を整える。

 外から見れば目元がわからないが、視界は良好というご都合主義である。 特注品だと聞いているため、貴重なものなのだろう。

 

 (恨みを買わないように、買ってもわからないように顔バレ防止対策するなんて徹底してんな……いや、こういう場では普通なのか?)

 

 ちらほらと見える人々は皆目元を仮面や布で覆っていた。仮面を付けている者が多く、仮面舞踏会のようだ。

 ちらりと父ーーアーテルを見ると、ノックスとおそろいの面布を付けている。あらわになっている口元は、ワイルドな色気を携えていて、少なくない女性の視線を集めていた。

 真の色男は、顔の一部だけでも魅了するらしい。自分も将来そうなるのだろうか。原作のノックスは小物の印象が強く、格好良さとは無縁だった。確かに、登場当時は顔がいいなと思っていたのだが……。

 執事長も、同じ面布をつけている。人目を引く辺り、できた執事であるといえよう。ロマンスグレーの紳士だ。

 

 (けど……原作と同じように推しの上司になるんなら、側にいても見劣り……は無理だな。見苦しくない程度の見た目を維持しないと……は? 俺将来推しの上司になるの? アッそうじゃん俺ノックスだったわ!!)


 「どうした、ノックス。顔が真っ白だぞ? 初めての遠出で疲れが出たか」

 「あ、いや……ちょっとだけ、きんちょうしてます」

 「それもそうか。こんな往来に出るのも、はじめてだもんな」

 「ご夫婦揃って若様を大層大事になさっていますので……まだ少数とは言え、普段より人の気配を感じたことで軽く酔ってしまったのでしょう」

 

 膝をついて目線を合わせる二人は本当にできた大人だと感心するも、無用な心配をかけていることに罪悪感を抱いた。


 「こればっかりは慣れるしかねえからな。ノックス、ちと我慢できるか。ダメならいつでも言え。抱えてやる」

 「ありがとうございます、ちちうえ。執事長も、ありがとう」

 「恐縮です」


 ノックスは心配してくれる二人に微笑んだ。

 

 

 所変わり、アロエの中心地に聳え立つドーム型会場。

 薄暗い会場内は中央にサークルステージがあり、それを囲むように客席が設置されている。

 ノックスはアーテルに連れられるまま、見晴らしの良い団体席に居た。

 団体席は柵で区切られているため、他の客と接することもない。

 

 「……はぁ、憂鬱だ」

 「幾度来ようとも、あまり慣れませんね」

 

 アーテルはどっかりと座り心地の良い座席に腰を下ろし、脱力する。それに、いつもは注意をする執事長は何も言わない。

 ノックスは、会場内を見回していた。

 まるで、サーカス会場みたいだと遠い昔の思い出を懐かしみ、胸を弾ませる。

 これから行われることを思えば不謹慎であるが、高揚は隠せない。その時にしか味わえない特別感があったのだ。

 

 「楽しそうですね、若様」

 「えっ……あ、いや……」

 「責めておりませんよ。普段訪れない場所にワクワクする気持ちは十分わかります。そう感じる罪悪感も。心配ご無用、あなた様が優しいことは身をもって知っております故」

 「そう……かな」

 

 頷き、にっこりと微笑む執事長にノックスは安心してほっと息を吐く。

 その時、会場内に男の声が響き渡った。

 

 「御来場の皆様ァー! 本日はご足労いただき誠にありがとうございまァーす!」

 

 バン! とスポットライトがステージ中央に立つペストマスクの男に当てられた。司会進行役なのだろうか、マイクを口に当てている。

 

 「おや、始まりましたか」

 「そこまで待たなかったな」

 

 二人は言葉を交わし、視線をサークルステージに向ける。ノックスも同じように、ステージに立つ男をじっと見つめた。

 ピエロを連想させるスーツとマスクは、不気味な印象を抱かせるのに十分だろう。

 ノックスは、ドキドキする胸をそっと抑える。これから始まるのだ、残酷な選定が。

 司会は芝居がかった身振りで来場者と向き合う。

 

 「間もなく奴隷選定を開幕致します! 禁忌に近しい哀れな種族たちに与えられた最後のチャンス! 慈悲深い御心で栄誉をお与えいただきたい!」

 

 (何が栄誉だ)

 

 ノックスは大声でそう吐き捨てたくなった。

 司会の言葉に、集まった客はザワザワと言葉を交わしだす。興奮、嘲笑、憐憫が熱を持って会場内の体感温度を上げていった。

 

 「はじまるわね」

 「さて、今回はどんなものが出されるか」

 「状態が良いといいのだけど」

 

 (胸糞悪い……)

 

 漏れそうになった舌打ちを抑え、面布の下から冷たい視線を送る。サーカスのような雰囲気でワクワクしていた心はすっかり凪ぎ、理解できないものへの不快感が蝕んでいく。

 しかし、ノックスも選ばなければならない。他の客と同じように、奴隷たちの中から選ぶのだ。自分の従者を。

 

 (……俺は、選べるのだろうか」

 

 一抹の不安が、ノックスの心に滲むのだった。

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推しの屑上司に転生したのだが 四季ノ 東 @nonbiri94n

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