第三話 初の遠出

 

 ノックスは執事長に連れられ、玄関ロビーに移動した。煌びやか、というより落ち着いた雰囲気の邸内は、そこに住まう人物の内面を表している。

 どれも高級品だが、さほど主張しない。程よい品の良さが心地いい。それでも、自分はこの場に相応しくないのではないかと不安になってしまうのだが。

 

 「おお、連れてきてくれてありがとうな爺や。おはよう、ノックス」

 「おはようございます、ちちうえ」

 

 (かーっ、やっぱノックスに似てんなぁ……なんでこの人から人格破綻してる息子ができたんだ?)

 

 子供らしい無邪気な様子を装いながら内心そんなことを思っていると、アーデルはノックスの頭を撫でた。

 アーデルは真っ黒なスーツに身を包んでいる。所謂、仕事着というやつだ。原作でノックスも、推しであるルクスやその他ウンブラの人間も皆が黒いスーツを着用していた。

 

 「今日はノックスが初めて他国に行くからな。疲れるだろうし、そん時は言えよ?」

 「どこにいくのですか?」

 「スカイケアの保有地、アロエだ。俺の職場の海底都市からおおよそ二週間ほどで着く珊瑚の島にある。海面禁忌に近いから忌避されるが、きれいなところだぞ」

 「アロエ……」

 

 原作ではまだ登場していない地名だ。ノックスはそんなところがあったのかと驚いた。

 

 (そういや、ノックスの側付きといえば……原作で登場したアイツらだよな。まさか、奴隷だったのか?)

 

 数コマしか登場しなかったため、よく覚えていないが、どちらも男だった気がする。この従者選定で出会うのだろうか。

 思考に耽っていれば、ふわりとした浮遊感と温もりに包まれ目を瞬かせる。

 ノックスは、アーデルに抱き上げられていたのだ。

 

 「なーに考えてるか知らんがな。お前はまだ三歳のガキなんだ。気楽に構えとけ」

 「旦那様、ノックス様の前で乱暴なお言葉遣いはご遠慮ください」

 「今更だろ」

 「幾つになっても、やんちゃなお方だ」

 

 見た目と違わぬ粗雑な口調に、執事長は苦笑した。

 

 (もしかしたら、執事長も従者選定で選ばれたのだろうか)

 

 彼のアーデルを信頼してるのだと物語る穏やかな雰囲気に、ノックスはそう感じた。

 

 ※

 

 初めての遠出は、潜水艦での移動だ。海底都市近郊に住んでいるため、基本的に海を潜るのだ。これが地底地域であれば違う交通手段なのだが、蛇足だろう。

 母は友人達と会う予定があるらしく、泣く泣く同行を辞退した。

 そんなこんなで、前世では馴染みのない海中世界を当たり前のように航海している現状に、ノックスの少年心は大層くすぐられるのだった。

 船独特の揺れはなく、ただ静かな水の世界が広がる。時々窓際に魚の群れや海洋動物が映り、その美しさに驚く。

 そんな二週間と数日を過ごし、遠路遥々やってきた目的地ーーアロエは、想像以上の美しさであった。

 

 「あれが、アロエ……」

 「キレーな所だよなぁ」

 

 ガラス越しに映る景色に言葉を失い、立ち尽くすノックスの隣でアーデルはそう言った。

 目的地まで数時間で着岸するため、せっかくなら景色を楽しもうとアーデルに誘われ、ガラス張りのデッキにやってきたのだ。

 「ノックス、茶でも飲もうか」

 「はい!」

 

 年相応にはしゃぐノックスを、アーデルと執事長は微笑ましく見守っている。

 そんな様子に恥ずかしくなるも、精神は立派な大人であるというのに、わくわくとする心を抑えきれないのだ。

 ガラス製の椅子は座面と背面にクッションがついており、座り心地がいい。同じガラス製のテーブルも、脆さを感じさせないしっかりとしたつくりだ。

 どうやら、このデッキはガラスで統一しているらしい。

 

 「ノックス様、ココアはいかがでしょう? この辺りの海域は暖かいのが特徴ですが、水に包まれていることに変わりありません。お腹は温めておく方がよろしいかと」

 「ありがとう」

 「恐縮です」

 

 ノックスはほかほかと湯気をあげるココアの入ったマグカップを受け取って、一口煽る。見た目に反して、中のココアは程よい熱さに調整されており、火傷はしなかった。

 本当に綺麗な所だと、ノックスは実感する。視界の端にちらちらと映り始めた珊瑚礁は、海面から差し込む日の光で宝石のようにキラキラと輝いており、所々で屈折した光がオーロラのように降り注いでいた。

 遥か前方にポツンと見える珊瑚の島、アロエは、海中に漂う真珠のような存在感を放っている。

 

 (あそこが、禁忌に近いから忌み嫌われるとか、本当にわけわからねぇな、この世界)

 

 ふと、アーデルが呟いた。

 

 「あんな綺麗な場所で、奴隷を集めて選定なんて胸糞悪いことが起こるんだから、嫌になるぜ」

 「……アーデル様」

 「わかってる。もう言わねぇよ、爺や」

 「貴方の優しさは身に沁みて理解しておりますが、波風立てることを外で話すのはお控えください」

 「一応、このデッキには俺たちしか居ないけどな」

 「念には念を、ですよ。あなた方に何かあれば、私は何をするか分かりかねますので」

 

 にっこりと笑みを向ける執事長にひやりとする。表情とは正反対の、凍えるような雰囲気を身に纏っていたのだ。

 

 「……こっわい脅しだことで。まぁ、爺やが心配する事態は起こさせねぇよ。安心しな」

 

 そんな執事長にアーデルは苦笑した。

 二人のやりとりを聞いて、ノックスはまともな親で良かったと思うのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る